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僕、アオイの字好きだな

 〈引き続きセリク視点〉 「腹減ってねーか? オレはこっちくるとあんま空腹も眠気も感じなくなるけど、お前はちゃんと食って寝ろよ」 「う、うん……」  思わず頷きはしたけど、そうだよ、休んでる場合じゃないよ。  僕は一刻も早く、僕の時間の流れを変える魔術陣を完成させないと。   じゃないと、僕とアオイの歳が、どんどん離れていってしまう。  アオイはずっと16歳のままなのに、僕は今年21歳になっちゃうから……。  僕達より先に入ったディアリンド様はもう25歳になっているはずだから、18歳のケイ様との歳の差は7歳まで広がってしまっている。  僕が鞄からハディルド様と一緒に解析したレポートの束を取り出すと、アオイは大きなため息を吐いて片手で額を押さえた。 「ったく……。マジで無理はすんなよ? 夜になっても寝ねーよーならオレが強制的に寝かせるからな?」  そう言いながらも、アオイは立ち上がると僕のために机と椅子を出して、高さまで調節してくれている。 「そのままでいいよ」 「ダメだ。お前一度机に向かったらずっとその格好だろ、腰でも痛められちゃオレが困る」  えっ………………と、それって……、その……。  言葉の意味に気づいてしまうと、僕の顔はどんどん熱くなってしまう。  そ、そうだよね。  ベッドもひとつなんだもんね。  アオイの世界に行ってから、小さくなった僕のことをアオイがずっと可愛い可愛いって言ってくれてたから、なんだか小柄な僕が可愛いって言われてる気がして、ちょっと不安だった。  僕が元の大きさに戻ったら、アオイはガッカリしてしまうだろうなって……。  でも、そっか……、アオイはこの大きさに戻ってしまった僕の事も、今までみたいに可愛がってくれるんだ……。 「アオイ……ありがと……」  僕と目が合うと、アオイは口端を片方だけグッと上げて、悪い顔で言った。 「久々に腕突っ込んで欲しけりゃそう言えよ?」  途端、アオイの細い腕と小さな拳の感触がお腹の奥に蘇って、じんわりと熱が広がる気がした。 「そ、そんなこと、急に、言わないでよ……」  僕はそれ以上考えないように、慌てて机の上にレポート用紙を広げる。 「……お前、あんま可愛い反応してっと今すぐ押し倒すぞ?」  アオイが僕をジロリと睨む。  なにそれ、どういう脅しなの……?  僕、何にもしてないよねっ!?  どうしたらいいのか分からなくて、ただアオイを見つめていると、アオイは僕の頬に伸ばしかけた手を、途中でぎゅっと握って引っ込めた。  アオイは僕に背を向けると、ベッドにゴロンと寝転がってスマホを弄り始める。 「……兄貴にメール送ってみる」 「あ。うん……」  これって、僕のために我慢してくれたのかな……。  大きい僕は抱く気にならなかった……って、事じゃ、ないよね……?  胸の奥に少しずつ湧き出てくる不安をなるべく端に追いやりながら、僕はレポート用紙の新しいページをめくる。  取り出した筆箱は、アオイがいつも使っている筆箱らしい。  今まで僕が使っていた筆記用具はディアリンド様が持っていったリュックサックに入っていたから……。  紺色のツルッとした硬い布でできた筆箱は、シンプルで機能的で、なんだかとてもアオイらしかった。  そこから、アオイが普段使っているだろうシャーペンを手に取る。  手に取ったペンは、ずっしり重くてツヤツヤしていた。  これ、金属製なんだ……。  僕が握ってたのは軽いプラスチックのだったけど、金属製のもあるんだね。  消しゴムは僕が使っていたものの半分ほどのサイズで、紙でできたケースが消しゴムのサイズに合わせて切られていて、大事に使われているのがわかった。  なんとなく、アオイの筆箱からは普段のアオイの姿が見えるような気がして、そんな物を貸してもらえたことに、言葉にされない信頼を感じて嬉しい。 「んー……、一応メールは送ってみたけど、これ届いてんだか届いてねーんだかわかんねーな……」  アオイの呟きに、僕はアオイを見た。  そういえば、アオイとハディルド様はさーばーがなんとかとか、めーるぼっくすがなんとかとか、僕のよく分からない話をしてたな……。  そういうアオイの世界のてくのろじーってやつも、そのうち僕も勉強したいな。  そのほうがもっと、アオイの役に立てるだろうから。 「その魔道具、ケイ様のとミノル様の分も作ったらいいんだよね?」 「そーだな、父さんと通信する分だけは早めに作ってもらえると助かる。オレのと父さんのと1つずつな。えーと、オレの電話番号はこれで、父さんのは……」  言いながら近づいてきたアオイが、筆箱からもう一本ペンを出すとレポート用紙の端に11桁の番号を2つ書いた。  アオイって、意外と字が綺麗なんだよね。  アオイの書いた字は数字までもが凛としていて美しい。 「ふふふ」 「何笑ってんだよ」 「僕、アオイの字好きだな、アオイみたいにスッとしてて綺麗で、カッコイイから」  アオイの書いた文字を、僕は指でそっとなぞった。  でも、僕の言葉にアオイの反応はなかった。  あれ? と思って顔を上げると、片手で口元を覆い隠したアオイがこっちに背を向けて、ふらりと歩き出したところだった。  その耳がほんのり赤くなっているように見えて、僕は目を丸くする。  もしかして、アオイ、照れたの……? 「あー……、オレはちょっとそこの柱に浄化試してくっから。ちゃんと護衛に守られとけよ。テントの中に入れとくからな」 「うん、わかった。気をつけてね」 「目と鼻の先だ」  そう言って、アオイは僕の方を一度も振り返らないままテントの外に出てしまった。  それって……照れてたからだよね……?  僕のこと、もう見たくなくなったとかじゃないよね……?  そんなはずないって頭ではわかってるのに、ついついそんな事を考えてしまうのは、どうしてなんだろう。  僕は、アオイが出て行った天幕の揺れる様を、なんとなく寂しい気持ちで見つめていた。  ***〈蒼視点〉  オレは父さんのテントに入ると声をかける。 「今からそこの結界柱に浄化試してくっけど、いいな?」  父さんは意外なことにPCから離れて優雅にお茶を飲んでいて、オレの言葉にすぐ返事をした。 「うん? 構わないが、既にその柱は圭斗が浄化していたよ?」 「浄化ん時に話せるとかって聞いたし、オレも試してみよーかと思ってな」 「それについては私も試してみたが、反応はなかったね」 「ま、ものは試しだ」 「ああ、行って来るといい。バレル君、息子を頼むよ」  父さんはそう言って、オレの後ろにぴったり付き添う男に視線を投げた。 「はい、お任せください」  軽やかに返事をしたのは、オレの専属護衛のバレルだ。  髪を高い位置で括ったその男は、顔もそこそこ綺麗だし所作も綺麗なので、貴族の出なのかも知んねーな。  父さんの私兵達のほとんどは宰相様の手配だって言ってたからな。 「行くぞ」  声をかければ「はい」と素直な返事が返ってくる。  そういやセリクの方は今頃あの護衛とテントで2人きりなのか……。  しばらく一緒に生活してた父さんがオレらの護衛にって選んだ奴だし、変な奴じゃねーんだろーけど、そんでもやっぱ多少の不安は残る。 「なぁマリー、もし手が空く事があったら、セリクの様子を時々見てくんねーか?」  オレの言葉にマリーが答えるより先に、父さんが勢いよく立ち上がる。 「それなら私が行こう!」 「父さんはセリクを質問攻めにすっからダメだ」 「いやいや、もう私は十分にこちらの知識を身につけた。そう質問攻めにはしまいよ」  どーだかな。  セリクは多分お前の知らねーこと山ほど知ってっからな。  今はぜってー言わねーけど。 「父さんがセリクに会っていいのはオレがセリクの隣にいる時だけだ」  オレはキッパリ言い切って、マリーに視線を向ける。 「兄貴と同じよーなこと頼んで悪ぃんだが、父さんの事見張っといてくれな。その男は悪気なく他人を傷つけるような事を口にすっからな」 「おやおや、酷い言い草じゃないか」 「てめーは致命的にデリカシーが欠けてんだよ」 「よく言われるね」 「わかってんなら少しは直せよ」 「非効率的なことはあまり好きではないんだよ」 「そーゆーとこだろ!」  オレは吐き捨てるように叫んで、マリーと視線を交わしてからテントを出る。  今年の猛者中の猛者は、オレの視線に『お任せください』と聞こえるくらい強い眼差しで頷きを返してくれた。

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