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面白い事になってきた

 ***〈カラサディオ視点〉 「これで全員配置についたな!」  ダリスの声に衛兵達が「「「はい」」」と声を揃えた。  交代時の手順に抜かりがないか、近衛兵の隊長と事細かに確認を始めたダリスの姿を眺めながら、私はここまでの一週間を振り返る。  とはいえ、そのほとんどが、この結界柱と城への往復時間ではあったが。  ケイト様からヒビの入った結界柱の保護依頼を受けて、私はすぐに城へ戻り兄に相談した。  先に伝令を走らせていたこともあり、私が城に戻った頃には、兄は派兵の準備を進めてくださっていた。  兄は私を部屋に迎え入れると、いつものように遮音をかけてから楽しげに口角を上げて言った。 「カラサディオ、よく知らせてくれた。お前を聖女につけていてよかった。面白い事になってきたな」  未だかつてないほどの国家存亡の危機だというのに、兄にとっては「面白い事」なのか。  私は兄の言葉にどんな顔をすればいいのかも分からず、半ば呆然と兄を見つめる。 「面白い事、ですか……」 「ああ。早馬の知らせが届いてからの父上は実に面白い。やれ腹が痛いだの頭が痛いだのと言って、とうとう今朝には寝込んでしまわれた」  そう言って兄は笑みを深めるとグラスを傾けた。  ……それのどこが面白いのだろうか。 「父上のご容態は……、お見舞いは可能なのですか……?」  父がそんな事になっているとは露知らず、真っ先に兄の元にきてしまった。  兄との話が終わり次第、私もお見舞いに行かなくては。  そう思う私に、兄はまたも笑って言った。 「あんなものは仮病だ仮病。放っておいて構わない。医者は原因不明の奇病でしばらくは起き上がることもできないだろうなんて言っていたが、大方父上が医者に金でも握らせたんだろう」 「ぇ……?」 「父上は悪い王ではないが、とても堅実で臆病だ。そうやってあちこちに気を配り神経をすり減らして守り続けていた国の『最後の王』になるのが、どうしても嫌だったのだろう」 「で、では、王位は……」 「早急に私の物になりそうだ」  ええと……それは……。 「おめでとう、ございます……?」 「ああ、もっと心を込めてくれると尚良いな」  言われて、私は姿勢を正すと礼とともに伝えた。 「兄上、おめでとうございます」  心を込めて微笑めば、兄も満足げに歯を見せて笑う。 「これでこの国は名実ともに私の物だ。もう父の方針に気を使う必要もない」  確かに表立って対立することはなかったものの、これまで保守的な父と革新的な兄では、意見が分かれがちだった。  しかし、兄はこのタイミングで王位を譲られることに不満はないのだろうか……。 「兄上は……、最後の王になるのは怖くないのですか……?」 「そんなものを恐れる必要などないだろう? 考えてもみろ、結界が崩れれば我らに逃げ場などない。全ての人が死に絶えた後で、一体誰が私を最後の王だと言うのだ?」  言われてみれば確かにそうかもしれない。  だがそれでも、滅亡までのひと時に、兄は全ての国民から非難を受けてしまうのではないのだろうか……。  兄は私の心配に気づいたのか、父と同じ真っ赤な瞳を、少しだけ優しく細めて私へ腕を伸ばした。  ポン、と兄の大きな掌が私の頭の上に乗る。 「その時はその時だ、大博打を打つなら、賭けに負けた時痛い目を見るのは仕方がないだろう」  大博打を打つなら、と兄は言ったが正確には『どうしたって大博打を打たなくてはならない』状況だ。  そして、父はそれこそが怖かったのだ……。  賭けに挑む事が、そもそも怖かった。  そのくらいなら、有能な第一王子に全てを任せてしまおう。  責任も、その罪と罰も。  そう思ってしまったのか……。 「可愛いサディオ、そんな顔をしてくれるな。私はこれを良いチャンスだと思っている。まさかお前は私が賭けに負けるとでも思っているのか?」  私の頭を優しく撫でた兄の手が、滑るように頬を撫でて、いつの間にか俯いていた私の顎を引き上げた。  真っ赤な瞳が、私の心の内までを見透かそうとするように私の瞳の奥を見つめている。 「いいえ。兄上ならば必ず輝く未来を手にできると、心より信じております」  私の言葉に、兄がゆっくりと目を細める。  私は、兄の期待通りの返事が出来ただろうか。  これより先、この国全ての民の命運は、兄の肩にかかっているのだ。 「私に出来る事ならば、なんでもおっしゃってください。私は全力で兄上をお支え致します」 「……ふむ。少し見ない間に、随分と良い顔をするようになった。それは聖女の影響なのか?」  兄の視線が私と、私の後ろに立つダリスに注がれる。  兄の言葉を聞いた途端、思わず胸にケイト様のお姿が蘇った。  胸に描くケイト様のお姿は、見慣れた優しいピンク色をした聖女様のお姿ではなく、なぜかいつも、一度見たきりの男性の姿だった。  優しい色をした黒髪と、控えめな黒い瞳。  ふわりと微笑んだ彼の横顔はあまりに可憐だった。  いつまで経っても鮮明な彼の姿に、私は思わずうっとりと目を細めてしまう。 「はい。……聖女様は本当に、素晴らしいお方です……」  私の言葉に、兄ががっくりと頭を抱えた。  盛大なため息と共に、嘆くような声で兄は言う。 「私はお前に聖女を懐柔するよう言ったのだがな……。これはどう見ても、お前が籠絡されているではないか」 「ろ、籠絡だなどと……、あのお方は誰の心も利用しようなどと思ってらっしゃいませんっ」  ケイト様が、そんな事を思うはずがない。  思わず反論してしまうと、兄は赤い瞳にどこか冷たい色を浮かべて言った。 「……だが、ブラウはあちらについたのだろう?」  返す言葉を失った私の後ろで、ダリスが息を詰める気配がした。  ***  カラサディオ達と別れて10日が過ぎる頃、伝令の私兵さんが巡礼中の俺達にカラサディオからの手紙を届けに来てくれた。  そこにはまず、結界柱の保護は確実に行われている事がはっきり書かれていた。  それじゃあもうあと5日もすればカラサディオ達もまた巡礼に合流するのかな、なんて思いながら読み進めると、カラサディオ達はしばらく城でやることがあるらしい。  どうやら近々戴冠式が行われるとかで、カラサディオもダリスもその準備で忙しいようだ。  そうか、ついにカラサディオのお兄さんが正式に王様になるのか。  これでカラサディオも王位争いのゴタゴタから解放されるといいなぁ。  6月頭の帰還式は必ず教会へ観に行きますと書かれた手紙を、俺はそっと畳んで封筒に戻す。  そうか、カラサディオ達にはしばらく会えないのか……。 「処分しますか?」  不意に聞こえた不穏な言葉に顔を上げると、リンが俺に手を差し出していた。  えっ、なに?  手紙を……?  そんな見られて困るような事は書いてないよ?  書いてない、よね……?  俺はもう一度手紙を確認する。  カラサディオはその辺りも気を配ってくれたのか、立場を伝えるようなものは一切使われていないように見えたし、具体的な内情が書かれたりもしていない。  戴冠式に関しては国民にも伝えられるわけだし、別に処分しなくてもいいんじゃないのかな……?  くるりと手紙をひっくり返した時、不意にふわりと優しい香りがした。 「……あ。これ、カラサディオの香りだ」  カラサディオの赤い髪が揺れる時にふんわり香る、爽やかでちょっとだけ華やかな香り。  手紙に香水がつけてあるのかな?  これなら、カラサディオを知ってる人なら家紋も何もなくても、彼の手紙だってすぐ分かるね。  なんだかオシャレだな。  さすが正真正銘の王子様だ。 「いい匂いだな……」  優しい香りに俺が目を細めていると、リンがもう一度口を開いた。 「処分しますので、それをこちらにいただけますか」

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