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【サブ】クロイスとヒアッカが、互いの香水を選ぶお話
***〈クロイス視点〉
僕は今日、香水を買いに行くというケイト様の護衛任務で4班の皆と香水のお店に入っていた。
店舗に入ってすぐは、すごく色んな匂いがして鼻がびっくりしたのに、しばらく過ごしていたらすっかり慣れてきた。
店の外にもこの部屋の入り口にもそれぞれ1班ずつ護衛が入っているので、ケイト様に一番近い僕達の班は、同じ部屋にいるあの店員だけ警戒していればいい。
そもそも、あの店員だけならケイト様のお隣に並ぶディアリンド様だけで十分なんだよね。
僕は護衛対象のケイト様から目を離さないようにしながらも、4班の皆に倣って店内に沢山並ぶサンプルの匂いを嗅いでいた。
こんな風に自由にさせてもらえるのは、ケイト様が「騎士の皆も、順番にお買い物してもらって大丈夫だよ」なんて言ってくださって、さらにはディアリンド様という専属護衛がお側にいて、その上ケイト様ご自身もお強いという三拍子が揃って初めて可能なんだと、班長のドルーグさんも言っていた。
来年はこんなのんびりは出来ないぞって、今回は特別なんだって、騎士の皆が口を揃えて言うけど、僕はこの巡礼が初めてなので比べようがない。
そんなことを考えながら吸い込んだ匂いは、スッと爽やかに鼻腔を通り抜けた。
「あ……、この香りヒアッカに似合いそう……」
僕の呟きが聞こえたのか、ひとつ向こうの棚を見ていたヒアッカが僕の隣にやってくる。
「あー、それな。俺もいいと思ったんだよな」
ヒアッカは僕の手元を覗き込んで、棚のラベルを眺めて頷く。
それから、僕をじっと見つめて尋ねた。
「クロイスは、この匂いのどこが良かった?」
「え……、えっと、ヒアッカみたいに凛としてて明るくて、溌剌とした感じで……いいなって思った」
「うんうん」
僕の言葉に、ヒアッカは満足そうに目を細めて頷いている。
そんな嬉しそうな顔されたら、なんか、抱きしめたくなっちゃうよ……。
「んじゃ、それにすっかな」
ヒアッカが棚から新品の小瓶を手に取ろうとするので、僕は慌ててそれを先に取った。
「これは僕が買うよ」
「ん? なんで?」
「僕が買って、ヒアッカにプレゼントしたいから」
僕の言葉にヒアッカが赤い瞳を丸くする。
「え、マジで?」
「うん、その……、ヒアッカが、嫌じゃなければ」
もしかして、男から香水のプレゼントなんて気持ち悪かったかな……と不安がよぎる。
「嫌なわけねーじゃん。嬉しい」
ヒアッカが人懐こい笑顔でニッと笑う。
その顔は、皆に見せるいつもの笑顔よりももう少し、嬉しそうに見えた。
「そっか……、よかった」
「そんじゃあ俺がクロイスの分買うなっ」
ヒアッカはそう言ってグッと力こぶでも作るような仕草をする。
「え、僕は香水なんて……まだ早いよ……」
なんだか、急に大人ぶっていると妹達に笑われそうな気がして、僕は慌てて首を振った。
「んな事ねーって。俺もつけ始めたのは騎士団入ってからだったし、今のクロイスと同じ歳だったかんな」
そうなんだ……。
ヒアッカは、16歳から香水をつけるようになったんだ……。
「だって夏の暑っちい最中も一日中甲冑着て動き回るんだぜ?」
え……?
「何日も体すら拭けねーこともあるしさ。今はまだセーフでも、そのうちクロイスの甲冑もめっっっちゃくちゃ臭くなるからな?」
ひぇぇ……。
「今年はケイ……じゃなくて聖女様が超強いおかげでほぼ毎日寝られるし食べれるし、体も拭いてる時間あるけどさ、前ん時はけっこー厳しかったぜ。んでも皆これが普通っつってたしな」
ひぇぇぇぇ……。
「だから、巡礼に出る騎士は皆、香水の1つくらい持ってんだって」
「そ、そうなんだ……」
「この町出たら、次は結界柱3本浄化するまで野営地生活になるしさ、ぜってー今買っとくのがいーぞ」
「そっか、わかった」
僕は先輩騎士の助言に、大きく頷く。
護衛騎士にとっての香水は、生活必需品だったのか。
「俺がクロイスに合うの選んでやっからさ、俺からもプレゼントさせてくれよ。俺、クロイスにはなんか、してもらうばっかだしさ……」
そう言って、ヒアッカはちょっと照れ臭そうな顔で笑う。
その頬が少し染まったのは照れたからだって、わかってるけど。
『してもらう』だなんて言われると、なんだか……。
毎朝髪を結んだりとかそういう事だってわかってるけど、それでも、なんだか……。
「クロイス……?」
「わっ、え、え、えっと……」
ヒアッカが肩を寄せて、下ろした腕の小指の先でチョンと僕の小指に触れてくる。
『なんで顔赤くしてんの? かわいーな』
っ……っっ。
『なあ、俺に選ばせてくれよ。クロイスがこれから纏う香りをさ』
なっ……、なんでわざわざ、そんな言い方するんだよ……。
『クロイスにはきっと、ふわっとした優しい香りがいーだろーな……えーと、ベースはあれか、あれだろ……あとは……』
ヒアッカの頭の中が、いろんな香水の情報でいっぱいになる。
僕の返事はまだなのに、ヒアッカはもう僕に香水を選ぶ気満々みたいだ。
「わ、わかったよ。その……お願いします……」
「へへっ、任せとけ、俺がぜってークロイスにピッタリなやつ選んでやっからなっ」
うう、すごい可愛い顔してそんなこと言う……。
僕は赤くなりそうな顔を隠すように、棚の方を向いて俯いた。
僕の手の中には、ヒアッカにプレゼントするつもりの香水がある。
ヒアッカにこの香水をあげて……、この香水をヒアッカがつけてくれたら……。
きっと、服を脱いでも……この香りがほのかに残ってるんだろうな……。
ヒアッカの、あの滑らかでしなやかな肌に……。
そう思った瞬間、僕の胸にあの日のヒアッカの扇情的な姿が蘇ってしまう。
僕の体で悦んでくれるヒアッカの声が、その息使いまでが、生々しいほどに鮮やかに……。
口の中に溜まった唾液を飲み込むと、ゴクリと喉が音を立てた。
僕は思わず自分の下半身を視線だけで確認する。
幸い、甲冑のデザインのおかげで、少しくらい大きくなってもバレることはないだろうけど……。
ううぅ……恥ずかしい……。
店を出るまでには鎮まってくれないと困るよ……。
……ああ、そうか。
今更ながらに、分かってしまった。
全然関係ない日常生活の中で、場違いなほど卑猥なことを考えてたアークさんの気持ちが。
あんな強烈な経験を一度でもしてしまったら、ふとした瞬間に思い出すのを止めることなんて……出来ないよね……。
あーあ……。
僕にも、わかってしまったよ……。
皆が僕に触れられたくない気持ちが。
僕だって、誰かにこんな事考えてるなんて知られたくないし。
何より、僕だけが知ってるヒアッカの姿を、他の人には絶対見せたくないから。
僕は、離れた棚からお試し用の香水を手に駆け寄って来るヒアッカを見つめながら思う。
「これこれ! これぜってークロイスに合うと思うんだよな!」
ワクワクした顔で僕に香水を勧めるヒアッカ。
そんなヒアッカにカイルさんが「声が大きいぞ、控えろ」と注意をする。
でもヒアッカはまるで聞こえてないみたいで、そちらを振り返りもしない。
ああ、今、ヒアッカの頭の中は僕の香りを選ぶ事でいっぱいなんだろうな。
それに気づくと、僕の胸の奥がじんわりと熱くなる。
できることなら、このままずっと……、ずーっと、ヒアッカが僕のことだけ考えててくれてたらいいのにな……。
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