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ルクレイン家の図書塔

 *** 「どうぞお入りください」  リンがほんの少しだけ口元を緩めながら、重そうな扉を俺のために開けてくれる。  ふわりと鼻先をくすぐるのは古い本の香りだ。  リンに案内された図書塔と呼ばれるそこは、3階分ほどの高さの塔が吹き抜けになっていて、見渡す限り本のぎっしり詰まった本棚でびっしりと埋め尽くされていた。 「うわぁ……、すごいな……」  俺達以外誰もいない図書塔はシンと静まり返っている。  今日は護衛騎士の皆には塔の外で待機してもらっていた。  リンが内側から鍵をかける音を聞きながら、俺は久々に、日中の明るい時間に変身を解いた。  リンの視線を感じて、俺はリンを振り返る。 「そのお姿で行かれるのですか?」 「うん。……不用心かな?」 「いえ、ここでなら構わないでしょう」 「ありがとう、出る時にはまた変身するよ」  リンは「はい」と答えてから、うっとりと目を細めて言った。 「ああ……やはり貴方はそのお姿が一番お美しい……」  ……いや、なんで? そんなことないよね?  俺の元の姿って、もう本当に、平凡などこにでもいる男子大学生だと思うんだけど……?  リンは仕事中だからか、男の姿の俺にもいつも通りの敬語だな。  それにほんの少しがっかりしつつも、しばらく進むと、少し開けた場所に出た。  真上から降り注ぐ光がここだけカラフルになっていることに気づいて見上げると、中央部の天井はステンドグラスになっているようだ。 「わぁ……」  日差しを浴びて鮮やかに輝くステンドグラスの中央には、どうやらルクレイン家の紋章が描かれているようだ。  ルクレイン家の紋章は、赤い炎を纏った青い獅子のデザインだ。  代々青髪を受け継いで、火魔法に適性のある者が多いルクレイン家の特徴を示した意匠なんだろうな。  涼やかな青髪のクールな外見に、内に秘める燃えるような激情をそのまま具現化したような炎。  リンは、正にルクレインの紋章そのものだと思う。 「綺麗だな……」  うっとりと眺めていると、リンが優しい声で囁いた。 「気に入っていただけましたか?」 「うん、とっても素敵な場所だね。連れてきてくれてありがとう」  感謝を伝えると、リンが幸せそうに目を細める。  ああそうか、リンには扉を開けた時にはもう俺が喜ぶのが目に見えてたのか。  それで、あの時既に嬉しそうだったんだな。  俺は、そんなリンにまた心を温められてしまう。  今日、俺とリンはルクレイン家の本邸にある図書塔に来ていた。  ルクレインの本邸は、西側の一番大きな町にある。  この大きな町も、その前に寄った2つの町も、さらにはこの先にある小さな村までが、全部ルクレイン領地にあるらしい。  うーん。改めてすごいな、ルクレイン家。  リンがあれだけ沢山の宝石やら金塊を持ち出せるだけはある……。  しばらく、治癒術や付与魔法等の本が並んだ書架の前で、まだ読んだ事のない本を見つけてはパラパラと中を捲って過ごす。  10冊ほど中を見たあたりで「弟が来たようです」と声をかけられた。  振り返ると、こちらに向かって壮年の男性が侍従と護衛を連れて歩いて来るところだった。 「兄上、ケイト様、ご無沙汰しております。本日はルクレイン邸においでくださり誠にありがとうございます」 「こちらこそ、忙しいところ時間を作ってくれてありがとう。本当に久しぶりだね」  俺の感覚ではそう久しぶりでもないんだけど、彼からすれば40年弱経ってるからね。 「兄上とケイト様は本当に……、あの頃のままお変わりないのですね……」  50歳を過ぎた弟に兄と呼ばれて、リンはどこか寂しそうに微笑んで、頷いた。 「リックは随分と立派になったな」 「ディア兄様にそう呼ばれるのは久しぶりですね」  リンの弟のリック君ことフィリックさんがここに来てくれたのは、ルクレイン家の現当主の指示で、図書塔の奥で秘蔵されている『空間転移の書』というものを俺達に渡すためだ。 『空間転移の書』は、代々ルクレイン家が引き継いできた秘蔵書だったけど、この緊急時に結界が壊れるのを防ぐために少しでも役立つのなら……と情報開示に踏み切ったらしい。  そんな貴重な本を、ルクレイン家はなぜか不思議な事に、教会でも魔研所でもなく俺に預けることにした。  ……なんでだろう。  現当主はリンの一番上のお兄さんオルアンデスさんの長男、セルジオラスさんだ。  第一王妃であるリディアナ妃の実の弟でもある。  セルジオラスさんには、町に入った最初の日に接待の席でお会いしてご挨拶したんだけど、握手を交わしただけで、なぜかめちゃくちゃ感動された。  もう手は洗わないって言ってて、ちょっと心配になった。  リンのお兄さんは、お子さん達に俺の事をなんて説明していたんだろう……。  お兄さんのオルアンデスさんはもう73歳になっていたけれど、リンを見て懐かしいと目を細めてくれた。  三男さんと五男のフィリックさんは領地を離れていて先日はお会いできなかったんだけど、フィリックさんは図書塔の管理を任されているとかで、今日は当主に呼ばれて馬車で駆けつけてきてくれたらしい。  リンのご両親と次男さんは既に亡くなっていたので、昨日リンとお墓参りに行ってきたんだよな……。  リンはフロウリアに来てすぐにフィリックさんと手紙をやりとりしていたので、ご両親とお兄さんが亡くなっている話は既に聞いていた。  でも、いざお墓に参ったリンは、ご両親の墓標の前で何も言えずに立ち尽くしていた。  言葉を失ったリンの背中には、早すぎる時の流れに取り残されてしまったような、迷子にも似た気配を感じた。  そんなリンの背中をぼんやりと眼裏に浮かべていると、フィリックさんが「こちらです」と足を止めた。  俺達は、フィリックさんの案内で、図書塔の地下へと続く隠し通路を通って薄暗い中をしばらく歩いたところだった。  台座の上にはいくつかの魔法がかかった箱が置かれている。  フィリックさんが懐から指輪のようなものを取り出して翳すと、箱を覆っていた防護魔法のようなものはスルリと解けた。  箱の鍵をフィリックさんが開けて、箱の中から厳重に鎖までかけられた本が取り出される。  さらに、その鎖にかけられた南京錠をフィリックさんが懐から取り出した鍵で開けた。  うーん……かなり物々しいな……。  こんな貴重そうな物を、本当に俺が預かってしまっていいんだろうか。 「ケイト様、こちらがルクレイン家が代々守り続けていた『空間転移の書』です。どうかフロウリアの未来のため、お役立てください」  艶やかで高級そうな青い布にくるまれて、本が差し出される。 「あの……、本当に俺が預かってもいいんですか……?」  思わず尋ねると、フィリックさんは「もちろんです」と微笑んだ。  本当にいいのかな……?  いや、悪用する気はないけど。  ちゃんと正しく使うつもりだけど。  それでも、王様でも宰相様でも、教会でも魔研所でもなく、ただの聖女代理の俺が受け取っていいんだろうかという不安は残る。 「ケイト様でなければ、私も当主も渡すつもりはありませんでしたから」  俺は思わず瞬く。 「……どうしてルクレインの皆さんは、俺をそんなに高く評価してくださるんですか?」 「そうですね……、兄上が家に居た頃、毎日のようにケイト様の素晴らしさを説いていたからでしょうか」 「えっ!?」  バッと後ろを振り返ると、リンがスッと視線を逸らした。

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