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上がり続けていた俺の株
いや待って!? 本当に……!?
「というのは半分冗談ですが」
半分は本当なの!?
「両親もケイト様を心から尊敬しており、ケイト様のお話を沢山聞かせてくださいました」
なんで!?
確かに俺はしばらくルクレインの別邸でお世話になっていて、その頃リンのご両親とお夕飯をご一緒したりお茶をご一緒したりと沢山良くしていただいたけれど……。
「父も母も、亡くなる直前まで、兄上がケイト様にご迷惑をかけていないだろうかと事あるごとに口にしていましたよ」
「だっ、大丈夫ですっ、ディアリンドにはいつも助けられてますっ!」
俺は思わず叫んだ。
そんな、亡くなる直前まで俺達の事で心労をかけてたなんて、申し訳なさすぎる。
フィリックさんが俺の声にビクリと身を竦める。
「ごめんなさい、つい大きな声を……」
けれどフィリックさんは、ハハハと朗らかに笑って、目を細めた。
「お気になさらないでください。父と母にとっては、あんな風に兄上の心配をするのが楽しみの一つだったんです」
「楽しみ……?」
「はい。きっと迷惑をかけているのだろうと言いながら、それでもケイト様に優しく諭されて、幸せに過ごしているんだろうと思っていたのでしょうね……、両親は心配をするフリをしながら、その度に兄上の幸せな姿を想っていたんですよ」
俺の後ろで、リンが小さく息を呑む気配がした。
フィリックさんは、どこか満足そうにリンを見つめて言う。
「それは、私や兄達も同じでしたから……」
その言葉には、今もリンが幸せである事を確認するような響きがあった。
俺の後ろでリンが深く頷いた気配がする。
俺は、リンのご家族の、リンへの愛情に深く頭を下げていた。
「フィリックさん……、ありがとうございます」
感謝で胸がいっぱいだ……。
きっと、リンがとても愛情深い人なのは、こうやってリン自身が沢山の愛情を注がれて育ってきたからなんだろうな。
「私も兄達も、この40年ほどの間、ディア兄様のことを想うたびにケイト様への信頼が増していたんだと思います」
……そ、そうか……。
それはまた……随分と長い年月をかけて俺の株が上がり続けていたんだね……。
「それに、ケイト様の今回の巡礼での行いは、私共も聞き及んでおります」
この巡礼での行いかぁ……。
確かに、今年は俺が代理とはいえ聖女をしてるので、どうしても今までみたいにこっそりとはいかなかったんだよね。
火事を消火したり、村人達を浄化したり治癒したり……。
聖球をめぐるゴタゴタでは人攫い集団を潰した上で村長や司祭も捕縛されてしまったからなぁ……。
ロウフォード領地でも村人全てに目の治療をしたし……。
……ちょっと派手に色々やり過ぎたかな。
「その上で、ルクレインは現在第一王妃の生家であり、教会や魔研所に手を貸しづらい立場にあります」
なるほど……?
「かといって王家にこの本を捧げてしまうと、せっかくの技術が民達に役立てられない可能性が高いのです」
あー…………、うん。それは確かに……そうかもしれないな……。
「ですので、我々は一族の皆が信頼するケイト様に、一縷の望みをかけることにしたのです」
つまり、俺への信頼が土台にあったとはいえ、立場上では消去法だったわけか。
それなら納得できるな。
「ケイト様のお人柄とお力に全てを託してしまうのは私としても心苦しいのですが、……どうか我々を助けると思って、お受け取りいただけませんか」
もう一度大切そうに差し出された本を、俺は今度こそしっかり受け取る。
「分かりました。この本は、必ずフロウリアの平穏の為にのみ役立てますね」
受け取った本をリンに渡すと、リンはフィリックさんに小さく頷きを返して、本を丁重に仕舞った。
フィリックさんは俺の手をぎゅっと握ると、泣き出さんばかりの勢いで、感謝の言葉を繰り返した。
「これで私も安心して息子に後を任せられます」
そうか……、図書塔とこの本の管理を行ってきた彼にとっては、これが最後の大仕事だったのか。
「では、俺がこの本を返すのは息子さんなんですね」
俺の言葉にフィリックさんは俺をしばらくじっと見つめて、それからしみじみと頷いて、息子の紹介がてら昼食を一緒にどうかと提案してくれた。
ああ、彼は一瞬だけ二つの未来を想像してしまったんだな。
結界が今にも壊れそうだという情報は、一般の人達には知らされていない。
きっとこの先も、ギリギリまで王族に近い人しか知らされないままなんだろう。
知ったところで、フロウリアの人達には逃げ出す場所が無いからな……。
パニックになったり自暴自棄になる人が出てしまうと、生活にも支障が出るし、結界の破壊が早まるかもしれないもんな。
頭では理解できる。できるんだけど……。
何も知らないままの人達が、ある日突然瘴気に包まれて死んでゆくなんて、そんな未来もあるのかと思うと、背筋が凍る。
それはきっと、この事実を知っている人だけが等しく抱えている恐怖なんだろう。
俺は、フィリックさんのお子さん達の未来も、結界柱の中の人達も、全部守りたい。
その為には、まだまだ準備が足りない。
父さんは今頃何してるのかな。
結界柱の調査と研究は、どこまで進んでるんだろう。
図書塔の窓から空を見上げる。
淡い色をしていた春空は少しずつ色を濃くしていて、季節は春から初夏へと変わりつつあった。
夏になれば、蒼とセリクもこちらに入ってくるだろうか。
そんな風に思っていた俺のスマホに、蒼からメッセージが届いたのはその日の午後だった。
宿に戻った俺は、リンと寝室に引っ込むと真っ先に『空間転移の書』の写真を撮り始めた。
万が一汚したり破いたりしてしまったら取り返しがつかないからな。
スマホに写真を撮っておけば、万が一本が悪い人の手に渡りそうなときにはリンに燃やしてもらうという手も選べるし……。
『空間転移の書』は、やっぱり俺にはなんのことやらサッパリわからない魔術陣が内容の半分を占めていた。
そもそも文字が古語で書かれてるっぽいんだよな……。
これが読めるのは、俺みたいに文字が自動的に翻訳される元聖女や聖女か、セリクみたいな魔法技師だけじゃないかな……。
リンが「私にはまるで分かりません……」とうなだれるので「俺にも分からないよ」と答えながら丁寧にページをめくっては一枚ずつ写真に収めてゆく。
普段はスマホのバッテリーが無駄に減らないように、フロウリアでは機内モードにしているんだけど、写真を撮っているうちにうっかりプルダウンメニューに触ってしまって、さらにはうっかり機内モードのボタンに触れてしまった。
……まあ、後から戻そう。
今は、リンが明るい窓際で本のページを押さえてくれてるので、先に撮影してしまわないとな。
本も古くて日光にも弱いだろうし……。
そうして60ページちょっとの本を撮影し終わる頃、スマホが鳴った。
「えっ!?」
驚きに思わずスマホを取り落としそうになって、あわあわと握り直す。
危ないとこだった……。
本の上に落とさずに済んでよかった……。
ふぅと息を吐くと、リンが尋ねる。
「どうなさいましたか?」
「いや、えーと……メールが来てびっくりして……」
リンが『?』みたいな顔をしている。
そもそもスマホについてよく分かっていないリンにとっては、スマホにメールが届くのは驚くほどの事じゃないんだろうな。
けど、フロウリアでスマホにメールが届くのは物凄く驚くべき事なんだよ。
俺は本の片づけをリンに頼んでメールを開いた。
さっきちらっと見た通知では蒼からだったような……。
凄く短いそのメッセージを読んで、俺はさらに驚く。
「リン……、蒼とセリクがこっちにきてるみたいだ」
「今ですか……?」
「うん、多分」
蒼とセリクがこちらに来ている……。
そう思うだけで、なんだかすごく心強い気がする。
けれど同時に、この世界は危機に瀕してるのに……と2人が心配にもなった。
「2人は父さんのテントに紛れてるらしい。蒼達に連絡を取ることってできるかな?」
「でしたら、ルクレインの私兵に行かせましょう」
なるほど、ここはルクレイン領だから私兵さんもいっぱいいるのか。
予定では、もう3週間足らずで俺達は巡礼を終えて教会へと戻る。
一番の問題は、途中で回収した大量の聖球の事なんだよな……。
あれをこのまま持って帰ると、全部マルコメロ司祭に没収されそうな気がする。
まあ、俺が道中で拾った3名に関しても問題ではあるけど……。
心配していた3人の生活費に関しては、フィリックさんが俺への資金援助は惜しまないと申し出てくれたので、ひとまず困ることはなさそうだ。
聖球は、ルクレイン領内で預かってもらうと、見つかった時にルクレイン家の立場が悪くなりそうだし。
ルクレイン領を出て教会につくまでのわずかな間で、どこかに埋めようかなんて騎士団長さんと話してたところだった。
でも、蒼がいてくれるなら、父さんのところに預ける事ができるかもしれない。
俺は、本がしっかり仕舞われていることを確認すると、寝室から出て言う。
「アンナ、手紙を書きたいんだ、準備してくれるかな」
アンナは、巡礼に出た頃とは比べ物にならないくらい落ち着いた所作で「かしこまりました」と答えると、便箋や封筒を銀のトレーに並べて出してくれた。
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