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金色の王冠と、銀色の雨(1/2)(14巻 金の冠と赤い渓谷)

 ***〈ダリスガンド視点〉  夏の始まりを感じる日差しに、爽やかな風。  これから、ここ王城ではリヴァルド殿下の戴冠式が行われる。  中庭を囲む渡り廊下はいつにも増して美しく磨き上げられ、美しい花々で飾られていた。  石造りの壁にはフロウリアの歴史を感じさせる重厚な紋章が掲げられ、礼装を纏った貴族たちが居並ぶ。  私は、自身の甲冑に傷ひとつない事を再度確認すると、豪奢な椅子に品良く腰掛けているカラサディオに視線を落とした。  カラサディオは私の視線に気付いたのか、ふっと顔を上げて言う。 「天候に恵まれて良かったな」  それは皮肉だろうか。  我々は数時間前、この晴天の下で、銀色に輝く矢の雨を浴びたところだった。  会場に視線を巡らせると、リヴァルド殿下の叔父であるルクレイン家の当主セルジオラス公は、反対側で我々と同じ程度の位置に座している。  カラサディオにとっても叔父である彼は、目にも鮮やかな青髪を肩口でひとつに結んでいた。  あの青色は、ここ最近ずっと聖女様の隣に控えているディアリンドと同じ色だ。  また彼らに借りを作ってしまったのかと思うと憂鬱ではあったが、聖女様とルクレイン家の助力がなければ私もリヴァルド殿下も、今頃こうして立ってはいなかっただろう。  今朝は、なぜか朝早くからリヴァルド殿下に王城を囲む外壁の上へと呼び出されていた。 「なぜ部屋ではなく、わざわざこんな場所へ……」  文句を言う私に、リヴァルド殿下は「風通しの良いところで話したかったのだ」と言った。  するとカラサディオが「ダリス、すぐ動けるか?」などと小声で尋ねてくる。 「当然です。私は貴方の護衛として常に万全であるよう心がけています」  早朝だからといって、手抜かりはない。  王城がカラサディオにとって思うほどに安全ではない事も、私はもう身にしみているのだから。  私の返事にカラサディオが満足そうに小さく微笑む。  信頼の滲んだ表情に思わず見惚れそうになって、私は気を引き締め直した。 「昨夜はよくお休みになれましたか?」  カラサディオに声をかけられて、リヴァルド殿下が「それなりにはな」と答える。  リヴァルド殿下は、3歩ほど私達から離れると、遠くを眺めるようにしながら言った。 「サディオは海を知っているか?」 「聞いたことはあります」  ウミ……、湖よりもずっと大きいというあれか? 「私はね、海というものを見たいと思っているんだよ」 「海……ですか……」  カラサディオが何かを考えるように顎に手を当てて俯く。  3つ編みに編まれたカラサディオの髪が、さらりと頬の横で揺れる。  こんな些細な仕草一つで、本当に絵になる男だと思う。 「サディオ、私は王になる。……だがお前は、聖女の国に渡っても構わないんだよ?」  なんだそれは。  いつの間にそんな話が出ていたのだ。  聖女の国だと……?  カラサディオを別の世界へやってもいいと、殿下は言っているのか。  こことは別の、まるで違う世界に……。  そこでなら、カラサディオは何に気を遣うこともなく過ごせると……?  カラサディオが私を置いて行こうとするなら絶対に許さないが、私と共にと言うのなら考えない事もない。  だが、私の考えは杞憂だった。 「私は……、兄上とともに、この国で海を見たいです」  少しだけ困ったように眉を下げて、カラサディオが答える。 「ふふ、そうか。相変わらず可愛い事を言う弟だ」  そう言って目尻を下げるリヴァルド殿下は、けれどカラサディオとの距離を保ったままだ。  いつもならば無遠慮にカラサディオの頭を撫でそうなものだが……。 「ああ、全く、ダリスにはもったいない。そうだ、私の即位を機にお前を私の補佐官とするのはどうだ? 城なら近衛も詰めているし、私の護衛もいる。ダリスと縁を切るには丁度良いだろう」  おい、いきなり何を言い出すんだ。 「お前ほどに優しく美しい男がダリスのような男に捕まっているのは、兄としても心配なんだよ。何か弱みでも握られているのなら言ってごらん、私が家ごと潰してやろう」  言われて、ハッとする。  そうか。  王が変わるということは、父もまた王の専属護衛の地位を失うという事か……。  背後の守りを失うような感覚に、小さく背が震える。  そうして、リヴァルド殿下が王位を継げば、私は殿下の一言でカラサディオの護衛の任すら解かれてしまうと……?  息を詰めた私に、カラサディオが振り返って「心配いらない」と小さく告げる。  たったそれだけの言葉に、ホッと呼吸が戻る。  カラサディオは苦笑でもするような困ったような顔で、口を開いた。 「兄上……、そんなことを言うからダリスに嫌われるんですよ?」 「構うものか。私は、お前にとって良い兄で、この国にとって良い王であればそれでいいのさ」  瞬間、視界の端で何かがキラリと光った。  この風切音は、弓の音だ!  咄嗟に周囲を見回すと、城壁のあちらこちらに弓兵の姿がある。  しかし肝心の矢は見当たらない。 「上だ!」  叫んだのはリヴァルド殿下の護衛騎士だった。  見上げた空には数え切れないほどの矢が、こちらへまっすぐ降ってきている。  私はカラサディオを抱き寄せてこの身で包み込む。  次の瞬間、大雨にも似た音が周囲に響いて銀色の矢が雨のように降り注いだ。  甲冑に当たった矢のほとんどは金属音と共に弾き返されたものの、頭を覆った手や耳をいくつかの矢が掠める。  くそっ、こんな事なら兜まで被っておくべきだったな。  矢の雨が止んで顔を上げれば、弓兵達はどこからともなく現れた大量の近衛兵達に1人残らず確保されている。  次射の心配はなさそうだ。そう思った途端、ひどい眩暈に足元が崩れた。  なんとかカラサディオから手を離して、1人膝をつく。 「ダリス! 兄上っ!」  カラサディオの悲痛な声がぐわんと頭に響く。  くそっ、毒か……っ!  聖女様がおっしゃっていた例の毒か……?  いや、肺が焼けるように痛むが呼吸はできる。これは……別の毒か……。  震える手で聖球を取り出す。  リヴァルド殿下に近づかなくては……っ。 「近衛、兄上をダリスの隣に運べ! 兄上の護衛も共に、浄化を行う!」  カラサディオの指示に、毒を受けた殿下と護衛騎士が私のそばに来る。  カラサディオは震える私の手から聖球を取ると、躊躇う事なく地面に叩きつけた。  聖女様を思わせる温かな光がキラキラと我々を包むと、頭痛も吐き気も眩暈も息苦しさも、全てが嘘のように消え去った。  おおお、とどよめいたのは、我々を囲んでいた近衛兵達か。 「ダリス、大事ないか?」  私をまっすぐに覗き込んでくるカラサディオの瞳は、私が心配で仕方ないと訴えていた。  思わず滲んでしまいそうな笑みを堪えて、私はなるべく冷静な声で返す。 「はい、かすり傷です。カラサディオ様はお怪我ございませんか」 「ああ、お前が守ってくれたからな」  リヴァルド殿下と護衛騎士を治癒していた3人の治癒術師のうち1人が私に駆け寄り、矢傷を癒す。 「ほう、弟は無傷か。ダリスの巨躯は盾向きだな」  まるで心配そうでない声に顔を上げると、リヴァルド殿下が無表情に私を見下ろしていた。  その向こうでは近衛隊長が毒のついた矢についての処理を兵達に指示している。  私達のいる一帯に撒き散らされている毒矢だが、私達を中心に聖球の光が届いた範囲のものは全て浄化されたようで、矢の先が黒ずんでいるものとそうでないものがはっきり見分けられた。  私は立ち上がると、カラサディオに怪我のないことを確認してから、マントに刺さったままの大量の矢を引き抜く。 「……しかし、ダリスが聖球を持っていたとはな。父上は沢山隠し持っているようだが、私の元にはほとんど無いというのにな?」  それでも、王位継承者はそれを持ってはいるのか。  カラサディオの手にはなく、私の父ですらひとつ手に入れるのが精一杯だった、聖女様のお心を……。  リヴァルド殿下の言葉に、私は答える。 「殿下とカラサディオ様を守るために使うよう、聖女様よりいただきました」 「聖女『様』ときたか」  この方は実に細かいところを突いてくる。 「いよいよお前も聖女の手に落ちたという事か……」  ヒヤリと背筋が凍えるような声に、額に冷たい汗が滲む。  カラサディオが、会話する私とリヴァルド殿下の間にそっと入った。 「兄上、聖女様は我々の敵ではありません」 「そうだといいがな」 「……ダリス、聖球を兄上に」 「よろしいのですか」 「ああ、聖女様は私と兄上にとくださったのだ」  私は渋々、厳重に包んでいた聖球を3つ、リヴァルド殿下に差し出した。 「ほう、3つも……? 見返りはなんだ? 何を要求されている」 「そのようなものは求められておりません。聖女様はただ、私と兄上の無事を祈ってくださったんです」 「ハハッ。流石は聖女様、お優しい事だ」  リヴァルド殿下の声に、聖女様への感謝は微塵も感じられない。  その聖球を3つ作るのに聖女様がどれほど苦心するのかも知らないまま、彼らはそれを扱うのか。  思わず噛み締めた奥歯がギリッと小さく音を立てた。  不意に、リヴァルド殿下が片手を軽く上げた。

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