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金色の王冠と、銀色の雨(2/2)
〈引き続きダリスガンド視点〉
リヴァルド殿下の隣にはいつもの補佐官が戻っていて、すぐに周囲に遮音が張られる。
「……お前達は、なぜ聖女を聖女様と呼ぶ?」
それは敬意の有無を尋ねているのかと思った次の瞬間、続けられたリヴァルド殿下の言葉に息が止まった。
「なぜミノル様と呼ばない」
リヴァルド殿下が、この世の何も信頼していないような暗い瞳で尋ねる。
「お前達は、私に何を隠している」
「か、隠し事など……」
カラサディオが滲ませてしまった動揺に、リヴァルド殿下が一瞬だけ酷く傷付いた目をした。
カラサディオは瞳を伏せているので見ていないだろうが。
「なあサディオ……、可愛い私の弟……」
リヴァルド殿下が事あるごとに繰り返すこの言葉は、私にはまるで呪いのように思えていた。
可愛い弟であれと、自分にとって都合の良い弟であり続けるよう要求されているその言葉を、これまでずっと反吐が出るような思いで聞いていた。
だが、もしかしたらこれは、リヴァルド殿下の祈りでもあったのかもしれない。
お前だけは俺の味方でいてくれと、そんな懇願が込められていたのだとしたら……。
リヴァルド殿下はカラサディオの肩に腕を回すと、ぐいと引き寄せて囁く。
「お前の唯一の味方である私に隠し事なんて、水臭いだろう?」
唯一とはどういうことだ。
私もリサも、カラサディオの両親だって、カラサディオの味方だろう。
そうやってカラサディオがまるで孤立しているように言い聞かせるのはやめろ。
……などと、カラサディオに頼れる人間を増やそうとしない私が言えたことではないが……。
私の胸に、ロウフォード領での出来事が蘇る。
私には、あそこに頼れる者が沢山いる。
間違っていた信頼を正す事もできた。
そして、もう、愛しい領地の人々が光を失う日に怯えることもない。
…………そうだな。
カラサディオの未来を真に思うなら、私もそろそろ態度を改めるべきだ。
……きっと、あの聖女様ならそう言うのだろう。
「ち、違うんです、兄上……」
「ほう……? 私が間違っていると……?」
「いえっ、そうではなくて……っ」
おろおろと狼狽えるカラサディオを見て、リヴァルド殿下は実に楽しそうに笑い出した。
カラサディオを玩具のように扱うこの男に腹が立つ。
これがこの国の王太子でなければ、カラサディオの実の兄でなければ、この場で斬り捨てるところだ。
「ダリスもそう睨んでくれるな。大人気ないことはわかっている。弟が愛らし過ぎて、つい揶揄いたくなってしまうのだ」
リヴァルド殿下は笑い過ぎてか目尻に滲んだ涙を指で擦りながら、そう言った。
「さて、そろそろ着替えなければな。式典の服に穴が開かずに済んで助かった」
リヴァルド殿下がサッと手を上げると、遮音が解かれた気配がした。
服の心配の前に、体に穴が開くところだっただろうが。
近衛も専属護衛も盾を手にしているようだし、襲撃への対策はしていたようだが。
相変わらずこの人は豪胆というか、怖いもの知らずというか……。
多少の怪我なら治せば良いと思っているのだろうが、もし未来の王が取り返しのつかないような大怪我を負ってしまったらどうするつもりだったのか。
実際掠った矢で毒を喰らっていたではないか。
私は盾などなくとも、カラサディオだけは守り抜いたというのに。
「戴冠式の最中に襲撃されては格好がつかないところだったからね」
そう言って笑うリヴァルド殿下に、カラサディオが困ったように尋ねる。
「それでわざわざ人の少ない時間に、このような狙いやすい場所にいらしたんですか?」
「ああ。付き合わせて悪かったな。式典中に狙うより美味しいと思わせねばならなかったのでな」
その言葉に、頭にカッと血が上った。
つまり、カラサディオは餌にされたのだ。
式中はリヴァルド殿下しか狙えないが、今なら第一王子と第二王子をまとめて殺せると。
敵にそう思わせるためだけに、この男は躊躇う事なくカラサディオを危険に晒したのか……。
「ダリス、それ以上私に殺気を向けると、牢に入れるぞ」
ヒヤリとしたリヴァルド殿下の声に周囲を見れば、既にリヴァルド殿下の専属護衛は剣を抜きかけていた。
「まったく……。サディオはこんなに堪え性のない護衛で本当に構わないのか? 離れるならば今のうちだぞ? もっと優秀な護衛を私が何人でも紹介してやる」
リヴァルド殿下にそう言われてしまうと、反論ができなかった。
自分が短気な事はわかってはいる。
だが、カラサディオの事になると、どうしても堪えられないのだ。
どうかカラサディオが殿下の提案を断ってくれるようにと心で祈りながら言葉を待つ。
カラサディオは困ったように笑いながらも、ハッキリと殿下に言った。
「私はダリスが良いんです」
そう言ったカラサディオがチラと私を見上げる。
優しい青紫色の瞳に私への愛しさが滲んでいるような気がして、心臓が跳ねた。
「お前も本当に困った奴だな……。だがまあ、あの矢の雨の中でお前に傷ひとつ負わせなかった手腕は評価に値する。ダリス、これからも励むように」
ジロリと睨むような視線を向けられて、私は反射的に騎士の礼を取ると「はっ」と答えた。
今朝使った聖球は、戴冠式に参列するため城を訪れたルクレイン家のセルジオラス公から昨日渡されたものだ。
まったく、あの聖女様は実にタイミングが良い。
ここまでタイミングが良いと、普通は逆に怪しく思うものだが、あの聖女様に限ってそれはないだろうなどと思ってしまうあたりが、リヴァルド殿下の言葉を借りるならば私も『聖女の手に落ちた』と言えるのだろう。
入場の合図が響いて、人々が壇上に顔を向ける。
壇上に現れたリヴァルド殿下の姿は、見る者全てを圧倒するような威厳に満ちていた。
腰まで届く長い髪は、鮮烈な赤から涼やかな青へと変わる見事なグラデーションを描き、晴れ渡った空の下で美しく輝いている。
真紅の瞳が冷徹な眼差しで周囲を見渡すと静かな中庭は一層静まり返り、耳が痛むほどの静寂が場を支配した。
だからこそ、ギリッと小さな歯軋りの音が耳に届いてしまった。
方向からすると、これは第二王妃か。
私以外にも数人から視線を向けられたのか、第二王妃のイザベイラは優雅な仕草で扇で顔を隠した。
大方、今朝の攻撃もこの女の仕業だろう。
調べたところで、いつものように証拠は出ないだろうが、これからはリヴァルド殿下が王となる。
いつまでも逃げ通せると思うなよ。
お前がカラサディオに三度も毒を盛ったこと、私は一生忘れないからな……?
「ついにこの日が来てくれたんだな……」
私の前で零された小さな声は、震えていた。
ああ、カラサディオはこの日をどれだけ待ち望んでいただろう。
私は屈んで、カラサディオの耳元で囁く。
「そうだな」
「これも聖女様のおかげだな」
……それには同意したくない。
それではまるで、カラサディオの念願を叶えたのがあの聖女様のようじゃないか。
結界は聖女様があの場に行く前から綻びていた。
聖女様はそれを見つけただけだ。
……しかし、あの聖女様でなければ、それを即座に見つけ破損を防ぐことは出来なかったかも知れない。
それは分かっているが……、だが、それでも……。
私の葛藤を置き去りにして、式典は粛々と進み、エレグラント王が跪いたリヴァルド殿下へと金色の王冠をかぶせる。
けれど、王冠を戴くリヴァルド殿下の口端に浮かんだのはどこか悪魔めいた歪んだ笑みで……。
本当にこれでよかったのだろうか、と、私は目の前の光景に小さな疑問を抱いた。
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