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死にたい男と死んだはずの女

 緑の濃くなってきた5月の中頃。  西側で一番大きな町の、一番大きな宿の、一番大きな聖女の俺の部屋。  静かな夜に、人払いをされた俺の寝室で、俺の前に膝をついているのはシオンだ。  身柄を確保した時にはボサボサだった銀色の髪も、今は短く整えられて後ろに撫で付けられている。伸びっぱなしだった髭も剃られて、随分とスッキリした見た目になっているな。  もうあれから半年か……。  俺の元に引き取られたシオンは、9班の班長でこの巡礼で引退予定のケーゲルさんに連れ出されて、夜番の騎士達を中心に少しずつこの旅に馴染んでいった。  おかげで、移動時はシオンにはずっと夜番の荷馬車に潜り込んでいてもらったけど、これまで一度も問題は起こっていない。  ……そもそも、夜番の皆さんは日中の移動時は基本全員寝てるしな。  夜番の荷馬車には、キリアダン以降はリーアにも同乗してもらっていた。  最初は騎士ばかりの中に1人きりの女性で心細かったりしないだろうかと心配したけれど、元々キリアダンの大教会に勤めていたリーアにとって騎士達に囲まれているのは日常らしい。  俺に「大丈夫です」と言い切ったリーアも、ここまで騎士達との揉め事は一度もない。  シオンは今までのあれこれで心を病んでいて、そんなシオンをなんだかんだとリーアが介抱してくれていた。  ロウフォード領地を離れてすぐくらいの頃だったかな。  一度リーアに尋ねられたことがある。  俺は、シオンの隣で膝をつく人にチラリと視線をやってから、その時のことを思い出す。  あの日もやっぱり、静かな夜だったな。 「彼は何者なのですか?」  どこか思い詰めるような声色に、俺はどうしたものかと思いながらリーアを見た。 「リーアはシオンが気になるの?」  俺が尋ね返せば、リーアはしばらく躊躇った後で、はいと答えた。 「……シオンは、話してくれなかった?」  どこか悔しそうに頷く様子から、ここまでにも本人から聞き出そうと努力した様子が見えた。 「それでも、シオンの事が知りたい?」  俺の問いに、リーアが躊躇うようにしながらも答える。 「怯える彼が、酷く不憫で……。なのに、何を尋ねても、許されない事をしたと、死んで詫びるしかないとそればかりなんです」  ……まあ、まだそうだろうなぁ……。 「リーアはシオンの過去を知ってどうしたいの?」  シオンの過去は知っているだけで危ないよ。  だからシオンだって誰にも話さなかったんだろうし……。 「その、私と同じような境遇なのかと思って……」  同じような境遇だったら、慰め合ったり励まし合ったりしたいって事なんだろうか。  俺は少し考えてから答える。 「シオンとリーアは大分違うよ。彼の過去にはできれば触れないであげてほしいな」 「……ですが、教会に着いたらどうするのかと尋ねても、彼はいつも死ぬ気しかなくて……」  それはそうだろうな……。 「俺はシオンと約束したんだ。シオンの話を全て聞いたら、彼の望みを叶えると」  リーアが俺を不思議そうに見て、それからハッと顔色を変える。 「シオンはその時、俺の手で自分を殺してくれって願ったんだよ」 「……そんな……」 「でも俺は、……ちょっとズルいんだけど、シオンを殺してあげるとは言ってないんだ」 「え?」 「俺はあくまでも、シオンの望みを叶えるって約束しただけだから。……俺は、この旅の中で、シオンの望みが死ぬ事以外になることを願ってるんだ」 「ケイト様……」  しんみりと俺の名前を呼んだリーアの瞳が、ギラリと輝く。 「わかりました。でしたら、ケイト様の願いが叶いますようぜひ私にもお手伝いさせてください」  おお、さすが元侍女長さん、面倒見が良いなぁ。 「ありがとう、リーア。でもあまり強引にしないであげてね。彼にはまだ時間が必要なんだ」 「はい。お任せください」  リーアはそのまま俺に終業の挨拶をして部屋を出ていった。  さてどうなるかな、なんてリンと視線で会話をしていると、予想外の方向から低い声がして、俺はそちらを見た。 「……そういう、事だったのですね……」  そこには、部屋番に立っていたケーゲルさんがいた。 「どおりで……、教会に着いたらどこで暮らすのかと尋ねても、はぐらかすばかりだと……」  ぽつりぽつりと呟きながらも、どこか不穏な空気を纏っているケーゲルさんがちょっと怖い。  いやでも少なくとも2人の人がシオンの行く末を心配してくれてるのはありがたいな。  ああ、それに、ヴィクトルさんあたりもさりげなく向こうに着いたらどうするのかとか尋ねてくれてそうだ。 「ケーゲルさん、シオンの事を気にかけてくれてありがとうございます」  俺の言葉にケーゲルさんがハッと俺を見る。 「あ……ああいや、すみません。部屋番が勝手に話を聞いてしまって……」 「大丈夫ですよ、聞かれて困ることは話しませんでしたから」  聞かれて困ることを話す時には、リンがちゃんと遮音してくれるしね。  俺がリンをチラと見上げると、リンも小さく頷きを返してくれる。 「聞かれて……困ること……」  俺の言葉を噛み締めるように呟いて、ケーゲルさんがどこか焦燥を滲ませるような眼差しで俺を見た。  シオンの過去が知りたいんだろうな、と予測はついた。  けれど、ケーゲルさんは俺には尋ねなかった。  さっきの会話を聞いて、話してもらえない可能性が高いと分かっていたからか、それとも、他人の過去を本人以外に聞くべきではないと思うからか。  かわりに、彼は言った。  まるで誓いでも立てるかのように、俺をまっすぐ見つめて。 「私が必ず、シオンさんの生きる理由になります」  ……うん?  俺が思考停止していると、部屋番をしていた残り2人の騎士がため息まじりに口を開いた。 「班長はいつも唐突なんですよぉ」 「ケイト様が『?』ってお顔になってるじゃないですか」  え?  だって。 「これだから班長は騎士団長になれなかったんですよ」 「うるせーな、単刀直入でいーじゃねーか」 「班長のはまっすぐ行って刺してるってより、気づいたら刺さってる感じです」 「むしろ気づいた時には死んでたって感じ」 「むしろ気づいた時にはあの世だった感じ」 「いやもう、気づいたら生まれ変わってる感じ」 「待って? つまりどういう事?」  俺は別方向に転がり始める会話を慌てて引き戻す。 「うちの班長、どうもシオンさんに惚れてるっぽいんですよね」 「しかもマジっぽいんですよ」 「余計な口をきくんじゃねぇ!」 「余計じゃないですよ、必要な情報です」 「ほら、ケイト様の『?』が増えてるじゃないですか」  えっ……? 「そうだったの!?」 「うちの班長、もう今年で騎士団も引退の45歳なんですよ」 「それは知ってる」 「けど班長、そこそこ見た目もいいのに、ずっと独身なんですよ」 「それは知らない」 「その理由が、ずっと忘れられない人がいるってんで……」  いきなり「わーーーっ!!」と叫んだケーゲルさんの腕で素早く首を絞められて、リドルの話はそこで途切れた。  ……ええ……?  まさか、それがシオン……?  だってそれって、ケーゲルさんは初めての巡礼でしかシオンと一緒にいなかったよね?  あ、でもロイスが亡くなるまではシオンもロイスを訪ねてたんだっけ?  シオンも教会には出入りしてたはずだし、街中とかで遭遇する事もあったんだろうか……。  それでも……30年も、シオンの事を……?  だからわざわざ俺に、シオンにまた合わせてくれてありがとうって言ったの……?  ケーゲルさんって無口な人じゃないんだけど、あんまり俺に直接話しかけてこないから、あの時の事はまだ覚えてる。  ……そっか……、そうだったんだ……。  なんだかおめでたいような気持ちになりかけてから、事態がそんなに甘くない事に気づく。  だって、ケーゲルさんがどんなにシオンを想ってくれても、今のシオンでは誰かの気持ちに応えるのは難しいかもしれない。 「班長っ班長っ、リドルが落ちるっ!」  焦ったような声に顔を上げると、確かにケーゲルさんの腕に絞められたままのリドルは顔色を変えつつあった。  真っ赤なケーゲルさんとは対照的な色に……。 「あっ、悪ぃな、うっかり……」  ようやく腕を離されたリドルがゲホゲホと咳き込んでから「……て、照れ隠しでうっかり殺されるとこだった……」と嘆いている。  いや本当にね。  リンが問題解決のために2歩くらいそっちに向かってたから、そこそこ危なかったんじゃないかな……。  俺の後ろに戻ってくるリンを見上げると、やっぱり目が合う。  ありがとう、という気持ちと、どういたしまして、みたいな気持ちを交換しあってから、俺は改めてケーゲルさんに言った。 「ええと……、シオンの事想ってくれるのはすごく嬉しいんだけど、シオンは……」 「いいんです」  俺の言葉は力強く遮られた。 「シオンさんに関わると危ないというご忠告でしたら、いただいても、ケイト様のお心に沿えませんので」 「……そっか」  この人がもし本当に、ずっとシオンの事を想っていたのなら、もう既に覚悟ができているのなら、俺が何を言っても無駄なんだろうな……。  それじゃあ、俺が言える事なんて、このくらいしかないね。 「シオンの事、よろしくお願いします」  俺の言葉に、ケーゲルさんは騎士の礼をして言ったんだよな……。

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