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幸せになれない男と絶対幸せにしたい男(1/2)

 そんなことを思い返しているうちに、目の前のシオンが口を開いた。 「これが私の知る情報の全てです。これで私は、全てをお伝えしました」  俺は、俺の前で深く頭を下げているシオンに、感謝を込めて答える。 「ありがとう。今まで長い間巡礼に付き合わせちゃってごめんね」 「いえ……。……とても……楽しい旅でした。まるであの頃に戻ったような心地でした」  シオンが僅かに顔を上げる。  目を細めた彼は本当に幸せそうだった。  そうだね、シオンにとっては10年に満たない巡礼の楽しかった記憶が、これまでの生きる全てだったんだからね……。 「シオン」  俺が名を呼ぶと、ピリッとした緊張が走った。  今この部屋には遮音がかけてあって、事の次第を知っている人しかいない。 「はい、覚悟はできております」  シオンの返事はとても静かだ。 「シオンは今でも、俺に殺されたいと願ってる?」  シオンの紫色の瞳が動揺に大きく揺れて、掠れた声が漏れた。 「……ぇ……?」  えー、この反応は……。  リーアもケーゲルさんも俺の話をシオンには言ってないのか。  なんでだよ、先に種明かししてくれていいのに。 「よく思い出してみてほしいんだけど、俺はシオンと約束を交わした時、シオンから全ての話を聞き終えた時に、その時のシオンの一番の願いを叶えるって約束をしたんだ」  シオンは俺の言葉に慎重に記憶を手繰って、それから大きく目を見開いた。 「……ぁ……」 「思い出してくれた? 俺はシオンの願いを叶える約束をしただけで、シオンを殺す約束はしてないんだよ」 「……っ、ケイト様……」  シオンの薄い唇が戦慄いて、紫色の瞳に涙が滲む。  その涙が悲しみではなくて、喜びからのものであることを心から願いながら、俺は気持ちを込めて尋ねた。 「シオン、今の貴方の一番の望みを俺に教えてほしい。俺はシオンの心からの望みを……、シオンが幸せになるための願いを、叶えたいんだ」 「私が必ず幸せにします!」  突然シオンの隣から響いた宣言のようなものに、俺は苦笑しながら答える。 「それは以前も聞かせてもらいました。ケーゲルさんのお気持ちは分かっているつもりですよ。今はシオンの言葉を聞きたいので、待っててくださいね」 「ケーゲル……」  シオンが隣のケーゲルさんの名を呼ぶ声には戸惑いが大きかったけれど、嫌悪感のようなものを感じる事はなかった。  俺は、いい加減シオンに見上げられるのも疲れてきて、その場にしゃがみ込む。  俺と目が合って、シオンがちょっと驚いたように瞬いた。 「シオン、どうする? ケーゲルさんはシオンを絶対幸せにする気みたいだよ?」  問いかけると、シオンは狼狽えるように瞳を揺らした。  シオンの拳は、シオンの膝の上でギリッと音が出そうな程握り込まれている。 「……そんな、事は……、許される事では、ありません」  俺はゆっくり首を傾げて尋ねた。 「ケーゲルさんは幸せになっちゃダメ?」 「ち、違いますっ。私が……、幸せになってはいけないのであって、ケーゲルは……」 「ケーゲルさんは?」 「し、幸せに……、なってほしいと、思います……」  自分の分も、みたいなニュアンスまであるな。  そんなに苦しそうに言われても、それは難しそうだよ? 「でもケーゲルさんは、シオンが幸せじゃないと幸せになれないみたいだよ?」  俺の言葉に、シオンの隣でケーゲルさんが赤べこかなってくらい頷いてる。  俺に『しばらく黙ってて』って言われたことは理解してるみたいで口は噤んでるけど、その頷きは十分うるさい気がする。  隣からの無言の圧に、シオンは心底弱ったみたいな顔をしてしまった。  シオンって、そんなへにょっと眉を下げたような顔もするんだ……。  俺の前ではいつも苦しそうな顰め面ばかりだったから、なんだか新鮮だ。 「……ですが……、私には、幸せになる権利がありません……」 「どうして?」 「どうして、とおっしゃられても……。私には、許されない罪があるからです」 「誰が、シオンを許さないって言ったの?」 「それは……」  息をつめたシオンは、俯いて小さく答えた。 「私……自身です……」 「そうだね」  シオンの罪は、聖球の不正な移送と元聖女を4人攫った事だ。  俺としては放火や殺人もあるんじゃないかと心配してたんだけど、騎士や盗賊仲間に怪我をさせることはあっても、シオンは殺しはしていなかった。  そうだよね、護衛騎士に辛い思いをさせたくなくて、シオンはやりたくもない仕事をしてたんだから。  それでも、シオンが言うには仲間が騎士を殺してしまったことが一度だけあったらしい。  それを話してくれた時のシオンは息をするのも苦しそうで、もういいよって、何度も止めたくなってしまった。  けれど、シオンにとって罪を全部俺に告白することは、一種の償いのようなものだから、止めるわけにいかなかった。  シオンが攫ったという4人の元聖女は、カラサディオや蒼と協力して調べた結果、城と魔研所に2人ずつ隠されているらしい。  4人の心や体の無事は既に確認されていて、城の2人はカラサディオのお兄さんのリヴァルド殿下が、政権交代がひと段落した後に助け出してくれることになっている。  その対価として、俺は俺に出来ることの範囲内でリヴァルド殿下……いやもう陛下か、リヴァルド陛下の願いを叶えることになっているけど……。  魔研所の2人は父さんと蒼達がなんとかしてくれるらしいので、任せている。  俺としては、4人を無事に向こうに帰して、現段階で残っている聖球を回収してしまえば、シオンの事は無罪放免にしてあげたいんだよな。  だって、シオンはもう十分苦しみ続けたじゃないか……。  ……俺の考えが甘いなんて事は、わかってるんだけどさ……。 「まだ今のシオンに、自分を許すのは難しいよね」  俺は、シオンの膝の上で握り締められた手にそっと手を重ねる。  聖女の俺の手は、シオンの拳1つを両手でやっと包めるくらいのサイズしかない。  ハッと顔を上げたシオンの紫色の瞳に、小さな聖女姿の俺が映っている。  もっと……、もっと俺に力があれば……。  せめて、彼の苦しみを包み込めるくらいの大きな心があればな……。

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