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豊満な心の持ち主

「うん、リンが触ってみたいなら、いいよ……?」 「っ!?」  俺の言葉に、リンが硬直する。 「それとも、偽物の胸は触りたくないかな?」 「いっ、いいえっ! 決して、そんなことはっ!!」  そんなに力一杯否定しなくても、別に俺は落ち込んだりしないけど……。  リンは、顔を真っ赤にして、それでも俺の胸から視線が逸らせないらしい。  完全に固まってしまったリンがなんだか愛しくて、俺はリンのそばに寄ると、リンの手を取って胸まで導く。  ああ、今のうちに想定される失態についても、認識を擦り合わせておいた方がいいか。 「ええとね、俺、急に体のサイズが変わったせいで、しばらくは転んだり目測を誤ったりしそうなんだ。リン、フォローをお願いできるかな」 「はっ、はいっ!」  答えた拍子にリンの手にも力が入ったのか、むにゅ、と胸が掴まれた。  正直、男の時に比べると聖女の姿の方が、胸への刺激は鈍く感じる。 「もっ、申し訳ありませんっっ!」 「俺が触らせたのに、リンが謝るところじゃないよ。リンならいいんだよ? 俺の体に、いくらでも触れて」  リンがごくりと喉を鳴らして、それから一歩俺に近づく。  そして、リンも護衛するにあたってサイズの把握が必要だと感じたのか、俺を抱き上げたりおろしたりして、身長や肩幅や重量を確認していた。 「どう? 大丈夫そうかな?」  急に護衛対象のサイズが変わったら大変だよね。  なんかごめんね、いつも迷惑ばっかりかけちゃって……。  そんな気持ちの俺に、リンの返事は斜め上から来た。 「はい、その、とても……、柔らかい、です……」  そっかぁ。柔らかいかぁ……。  そこを聞いてるわけじゃなかったんだけど。  リンが幸せそうだからいいか……。 「正にそのお姿こそが、今のケイト様のお心なのだと、深く理解いたしました」  なるほど……?  俺の心がより一層大きく柔らかくなったって事? 「リンは、聖女姿の俺も抱いてみたいと思う……?」  俺の質問に、リンはほんの少し躊躇うようにして答えた。 「私は……、ケイト様がそれを望まれるのでしたら、もちろんお応え致します、が……」 「が……?」 「ですが、私はありのままのケイト様のお姿を、心より愛しく想っております」 「男の姿の俺を?」 「はい」  そう言ってうっとりと微笑むリンの青い瞳には、きっと男の姿の俺が映ってるんだろう。  俺を見つめ返しながらも、リンは俺の表面よりも深いところを覗き込むようにしていた。 「そっか……。すごく嬉しいよ」  リンはいつでも、俺の一番欲しい答えをくれるね。  俺は、本当の俺を愛してくれている強くて美しい人を愛しく見上げた。 「もちろんケイト様のお心を映したお姿も、この世の誰よりお美しいと思っております」 「ふふ、ありがとう」  あ、そういえば、リンは修練に行かなくて大丈夫なのかな?  尋ねると、今日は俺のサイズ把握を優先すると言って、俺を抱き上げてベッドに胡座をかくと俺をその中に仕舞い込む。  まだなんとかリンの腕の中に収まりきれるかな。  5センチくらいは背が伸びた気がするから、今の身長は165センチほどだろうか。  俺を包み込んだリンが、部屋に差し込み始めた朝日に輝く青い瞳を細めて、嬉しそうにクスッと笑う。  そんな嬉しそうな顔をされてしまうと、俺まで嬉しくなってしまうよ。 「では、ケイト様は青い髪の私と黒い髪の私でしたらどちらがお好みですか?」  俺は、リンの顔の横にたっぷり流れる青い髪を手に取って、その鮮やかな青を堪能しながら答える。 「俺はやっぱり青い髪をしたリンが好きかな。この色が、リンに一番似合ってると思うから」  俺の答えに、リンが幸せそうに微笑む。 「あ、もちろん黒髪のリンもそれはそれでカッコイイし、素敵だよ?」 「存じております」  ……なんでそんなに自信満々なの?  俺ってそんなに毎日リンの顔に見惚れてる??  ……いや、見惚れてるか……うん、毎日、欠かさず……。 「ではあちらの世界では、幻術で青くしてしまうのも良いかもしれませんね」  ああ、そっか、その手も使えるのか。 「でも向こうの世界でその鮮やかな青色は、流石に目立ちそうだなぁ」  この青色なら、駅のホームでも満員電車でも、人々の目を引くだろうな。 「人混みの中でも見つけやすいから、迷子対策には良いだろうけどね」  俺が小さく笑って言うと、リンも「そうですね」と、楽しげな声で同意した。  ***  〈ヒアッカ視点〉 「おーいヒアッカー、そろそろ起きろよ、お前が最後だぞ」  カイルさんの声がする。  ああ、朝か……。  今日は移動だもんな……。  いつもより早い起床時間に、まだ眠い目を擦りながらなんとか起き上がると、ベッドの上に座り込む。  カチャカチャと足音が近づいて、ベッドが軋む。  俺の座り込んでいたベッドに誰かが乗り上げてきたのが分かった。 「ヒアッカ、ちゃんと起きてよ。僕達もう準備終わっちゃうよ」  クロイスの声は今日も可愛いな……。 「おー……。起きてる……」 「先に髪結んじゃうからね?」 「おー……頼む……」 「クロイス、ヒアッカ、俺達は先に朝食行くぞ、部屋を出る時は荷物全部持って出ろよ。鍵返しとくからな」 「はいっ」 「はぁーぃ」  不意に大きな足音が大股で近づいて、俺の耳元でドルーグさんの怒声が響いた。 「ヒアッカ! いつまでもダラダラするな、シャッキリ起きろ!」 「ヒャイッ!」  俺の裏返った声が面白かったのか、カイルさんとフォーンさんの笑い声がする。  ようやく開いた俺の目に映ったのは、3人が部屋を出る後ろ姿だった。  俺の背中側ではクロイスが俺の髪を編んでくれていた。 「あのねヒアッカ、僕決めたよ」 「ん?」  なんの話だ? 「僕、本家に養子に入るのは断る」 「へぇ。そっか。クロイスがそう決めたんならいーんじゃねーの?」 「理由は聞かないの?」 「クロイスが聞いてほしいんなら言えよ。あんま役に立つことは言えねーだろーけど、ちゃんと聞くからさ」 「……じゃあ言うね。僕は、好きな人以外の人と、結婚したくないなって思ったんだ」 「へ……?」  どーゆー事だ? 「貴族になると、結婚相手が自分で選べなくなるんだよ。僕は今まで、それを問題だとは思ってなくて、むしろ結婚相手を周りが決めてくれるなら楽だなって思ってたくらいなんだけど……」  なんだか急に背筋がゾッとして、嫌な感じがした。  だってそれって、なんか、クロイスに……。 「僕……好きな人が、できてしまったから……。その人以外は嫌だなって、思って……」  ああやっぱ、そーゆー話だよな……。  そっか……。  いつの間にか、クロイスには好きな奴ができてたんだ。  …………そっか……。  クロイスに、好きな奴が…………。 「はい、出来たよ、ヒアッカ。髪ずいぶん伸びたね」 「あ、ああ、ありがとな……」  俺は、どこか現実感を失ったままぼんやりと立ち上がる。  ……ああ、さっさと着替えて食堂に行かねーとな……。  荷物も全部持って……。  頭の隅で今日の予定を確認しながら甲冑を身に付ける。  けど、頭に浮かべた今日の予定は、そのままふわふわと消えてしまう。  どうして、とか、どうしよう、って気持ちばかりが浮かんでは消える。  なのに、俺には自分が何を悩んでいるのかすら分からない。  ……俺、なんでこんなに、動揺してんだ……?  一体何に、ショックを受けてんだよ……。 「ヒアッカ大丈夫? 急いだほうがいいよ?」  クロイスは甲冑の装着を手伝おうとしたのか、心配そうに俺に手を伸ばしてきた。  俺は思わず、その手を払い落としていた。  パシッと乾いた音が、2人だけの部屋に落ちる。 「ぇ……?」  クロイスの唇から、小さな声が聞こえた。 「あ、悪ぃ……、俺もすぐ追いかけっから、先に食堂行っててくれるか?」  こんな……こんなわけわかんねー心は、クロイスに見られたくなかった。  けど、だからって、手を払うべきじゃなかったのに。  クロイスの手を払った瞬間、目を見開いたクロイスが、一瞬泣きそうな顔をした。  ほんの一瞬だったけど、すげー傷ついたんだって、分かってしまった。  俺が……、クロイスを傷つけたんだ。  ずっと守りたいって思ってたのに。  クロイスの心も全部、守ってやりたかったのに。  そんなクロイスを、まさか俺が傷つけるなんて……。 「ごめんな、クロイス……、驚いたよな」 「ううん、大丈夫。先行ってるね」  クロイスは俺と目を合わせることなく、サッと荷物を抱えると部屋を出て行った。  急に全身がずっしりとした脱力感に襲われる。  ああ、なんか……すげぇ痛ぇ。  ズキズキと痛いのはどこだ?  痛いことだけは分かるのに、頭でも手足でも心臓でもねーし。  ……でもどっかが酷く痛む。  走ったわけでも叫んだわけでもないのに、息をするのがどんどん苦しくなって……。  ……なんでだよ、クロイス……。  なんで、急に、好きな奴なんて……。  クロイスが好きになるような奴の心当たりなんて……と思ってから、最近やたらとクロイスに頭を撫でられている奴の姿が思い浮かんだ。  クロイスのことを、やたら親しげに呼んで。  いつもでれっとした顔して、クロイスに撫でられまくってる、黒っぽいひょろっとした男……。  相手の姿を意識した途端、全身から一気に怒りが噴き出してきた。  息が吸えないほどの怒りに、目の前がじわりと赤くなる。  反射的に、黒ずくめの男の名を叫ぶ。 「ブラウ! 出てこい!!」  しばらく待つも、どこにも気配は現れない。  俺が呼んでも無視かよ……!  ぜってー近くにいるはずなのに。  この宿の中の会話なんて、あの男には全部聞こえてるはずなのに。  くそっ。  次見かけたらぜってー逃がさねーからな……!!  俺は、自分がどうしてこんなに怒っているのかも分からないまま決意すると、大急ぎで出立準備に取り掛かった。

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