301 / 303

とばっちり

 ***  そろそろ宿を引き上げようとしていたところで、リンが急に窓際に向かった。 「ブラウです」  リンの言葉に「ありがとう、入れてあげて」と答える。  リンが開けた窓から、相変わらず目にも止まらないような早さで、ブラウはするりと俺の前に跪いた。  あれ? でも今回はずっと黒い影を目で追うことが出来たな。  俺の目が慣れてきたのか、それともブラウが今日はゆっくり来たのか……。 「ケイト様ぁ……」  弱ったようなブラウの声に「どうしたの? 顔を上げていいよ」と答える。 「なんかオイラ、赤いのに捕まったら殺されそうなんですけど……」  言いながら顔を上げたブラウが、俺の顔を見てはた、と動きを止める。 「はぁぁぁぁ……、ケイト様……お美しいですね……」  心底感嘆したようなブラウの言葉に俺は苦笑する。 「ありがとう。この姿について説明がいる?」 「いいえ、皆さんのお話を聞いてはいました。ただ、いざ目の前にすると、言葉を失うくらいお美しくて……」  朝からずっと、俺はこんなむず痒い言葉の数々を、騎士の皆からも宿の人達からも浴び続けていた。 「お声も少し低くなられましたね。お強くお美しいケイト様にピッタリのお声だと思います」  声まで変わってたのか、自分じゃ気づかなかったな。  けどまあ、骨格が変わったなら声も……っていやこれは心の姿だけど……そうなのかな? 「それで、どうしてヒアッカがブラウを捕まえようとしてるの?」  ブラウは4班の皆のうち、ヒアッカ以外からは名前で呼ぶ許しを得ていたけれど、ヒアッカにだけは許可をもらっていないためか『赤いの』と指すことが多かった。 「それがオイラには皆目見当が付かなくて……」  俺は、ブラウから詳しく話を聞いてみる。  最初は確かに話を聞いた俺にも分からなかったけど、ブラウにヒアッカの朝からの会話を全部聞かせてもらったら理解できた。 「それはとんだとばっちりだねぇ……」 「とばっちり、ですか」 「うん、おそらく近いうちに誤解も解けるだろうけど、ブラウにはそれまでの間ヒアッカの前に姿を現さないように気をつけてもらう方向でもいいかな?」  ブラウは俺の言葉に「はい、わかりました」と素直に答えた。  うーん、ご褒美と促しが必要かな……。  俺は荷造りの手を止めてソファに腰を下ろすと、「おいで」とブラウを手招く。  ブラウは、それはそれは嬉しそうに俺の足元に跪いた。  俺はブラウの紺色の頭を優しく撫でながら伝える。 「ちゃんと自分の困ったことも俺に相談できたね。これからも、俺の利益になることじゃなくても、俺に相談するようにね」 「はい」 「それとね、ブラウが疑問に思った事は俺に何でも尋ねていいんだよ。答えられないことはそう答えるし、俺に限っては失礼だなって思ったりしないからね」 「疑問……」  ブラウが俺の言葉を口の中で唱える。 「うん、どうしてかな、とか、なんでだろう、ってブラウが思った時、それについてブラウが考えてみることも確かに大事なんだけど、ひとりで考えても分からない時には、周りの人に聞いていいんだよ」 「……っ、ですが……」 「うん、なんでも言って?」  俺が促すと、ブラウは躊躇いながらも口を開いた。 「ケイト様はオイラに答えをくださいました。どう対応すれば良いのかが分かっているのに、その理由まで知る必要はあるのでしょうか……」  ブラウの言葉は徐々に小さくなってゆく。  大丈夫だよ。  ブラウがそう思ったそれこそが、ブラウの抱いた疑問なんだから。  俺は気持ちを込めて頭を優しく撫でる。 「今のブラウはそうなんだろうね、そう思うブラウも間違いではないんだよ。ただ、俺はブラウにもっと沢山のことをブラウの判断で行なえるようになってほしいんだ」 「オイラの、判断で……?」  小さく首を傾げるブラウは、不思議でたまらないみたいな顔をしている。 「うん。だから今すぐは難しくても、少しずつ、今まで考える事のなかった色んなことをブラウには考えていってほしい。困った時や判断に迷う時には、いつでも俺に聞いてね」 「はい、わかりましたケイト様っ」  にっこり微笑んだブラウをたっぷり褒めて、それから俺はブラウがとばっちりについて尋ねてくれるのを待って、それを説明した。  目と一緒に頭部の損傷をすっかり治して以降のブラウは、本人曰く今までよりも随分と沢山のことを考えられるようになったらしい。  最近はドルーグやカイルやフォーンにも可愛がってもらっているからか、先々週なんて「オイラ、ドルーグさんに食事量を制限した方がいいって言われました……」とか言ってたな。  どうやら、ガリガリだったブラウにお腹いっぱい食べさせたくて、俺がどんどん食べさせていたせいで肉がつき過ぎて体が重くなっていたらしい。  うん、これまでずっと食事制限を受けていた人に急に好きなだけ食べさせてたら、そりゃ太るよね……。  気づかなくてごめんね。  そして、気づいてくれてありがとうドルーグ。  ブラウは俺の近くで一日中潜んでる時と、遠距離まで伝令として走る時で消費カロリーが全く違うので、ドルーグとカイルとフォーンの3人がいくつかのパターンで必要になるカロリーの計算をしてくれていた。  こんな物を食べたらいいとか、ここの宿のメニューだとコレとこの組み合わせだとか教えてもらって、ブラウは目を丸くしていたな。  俺に拾われるまで、ブラウにとっての食事はただの義務で、配給の固形食料と水が全てだったらしい。  食べるだけで考える事がこんなにいっぱいあるなんて……と頭を抱えていたけれど、それもまた幸せな悩みなんだと思ってくれたらいいな。  ***  巡礼の一行は、新緑に包まれた山間の渓谷を進んでいた。  青灰色の岩肌が続く渓谷には、青々とした緑がよく映える。  もう1時間もすれば、遠くに教会のある街並みが見えてくるだろう。  俺の5回目の巡礼も今日で終わりかと思うと、長かったような短かったような、不思議な気持ちだ。  最後の休憩地で馬車にはシヴァルが乗り込んでいるため、リンは馬に乗っている。  スケジュールには余裕があって、帰還式典まではまだ5日あるから、式典準備の合間に父さん達のとこにも顔を出せるかな……。  うーん……しばらくの間、ブラウは父さん達のところにいてもらう方がいいかな?  俺はさっきの出来事を思い出す。  最後の結界柱を浄化する時、ヒアッカは体調不良だとかで結界柱を囲まなかった。  こんなことは初めてだったので、ドルーグ達も目を丸くしてたな。  クロイスもヒアッカの方を見ないようにしていたので、俺とリンだけで入る事にして、クロイスには俺達の補助だけをお願いした。  ああでも、教会裏の結界柱にもクロイスを連れて再度呼びかけに行ってみたいんだよな。  けど俺がブラウとクロイスだけを連れて行ったら、ヒアッカがどう思うか……。  いやむしろ、しっかり刺激して自覚を促すほうがいいのかなぁ?  もう2人とも、心は固まっているようには見えるんだよな……。  俺はひとまずブラウを馬車に呼んで、ブラウとクロイスの2人に希望を聞いてみようかとブラウを呼んだ。  けれど、呼んでもブラウは姿を現さない。  それは、シヴァルが遮音を消しても同じだった。  おかしい。  俺はすぐに全員の足を止めるようシヴァルに頼む。  その間に、両手を組んで――っ、だから胸が邪魔だよっ! とにかく広範囲浄化でブラウが身につけているはずの俺の聖力が注がれたブレスレットを探す。  この近くにはいない……、もう少し……範囲を広げて……。  焦りが胸に広がって息が乱れそうになるのを、懸命に堪えながら薄く薄く、聖力を張り巡らせる。  居た!

ともだちにシェアしよう!