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赤く染まる谷底

 ブレスレットの近くには聖球もあるな。  2個ずつバラバラになっているのは、護衛騎士達だろう。  それとは別に聖球の塊が2つ。  これは輸送用の木箱に入ってるやつか。  目を開けて、窓越しに見える実際の景色と重ねる。  ……って、場所は……この渓谷の……底!?  一体どうやって行けばいいんだ!  どこかに隠し通路とか橋でもあるのか……!?  馬車に近付く足音に、シヴァルが躊躇うことなく馬車の扉を開けた。  足音だけで誰だかわかるのかな、すごいな……。 「ケイト様!」  馬車まで俺を迎えに来たリンの姿に、つい安堵が滲む。  いやいや、まだホッとする段階じゃないよ!?  リンもまた、俺の無事にホッとした気配を滲ませながら、厳しい表情で現状を報告した。 「後続の夜番の、シオンとリーアの乗った荷馬車が行方不明です」  俺は馬車から直接リンの腕に飛び移りながら答える。 「ブラウもいないんだ。あの渓谷の底からブラウのブレスレットと聖球の反応がある。シオン達と一緒かもしれない」  聖球だけ奪われた可能性もあるけど、ブラウのブレスレットは聖球より小さいので気づかれにくいはずだ。 「ケイト様! ご無事ですか!」  駆け寄ってくる騎士団長のヴィクトルさんに浄化でわかったことを共有して、俺は広い渓谷を見下ろす。 「どこかに降りられる場所があるんだろうけど……」 「知っている者がいないか確認しつつ、全員で降下できそうな場所を探します」 「お願いします」  ここまでで一時解散になるかと思った矢先、リンが言った。 「私ならケイト様と共にどこからでも降りられます」  すると、ヴィクトルさんの横から副団長のゼクオールさんが「私もです」と言う。  ゼクオールさんは風魔法使いだからなんとなく風を使ってふわっと移動出来るのかなって思えるけど、リンは……どうやって……? 「ではケイト様と2人には先行で……」  そこまで言ったヴィクトルさんが、いや、守るべき聖女様を先行部隊に指名するのはおかしいのでは……? という顔をする。  うん、まあ普通はそうだよね。間違ってないよ。 「俺達で先に行ってきます。皆さんは近づける限り近づいてきてください。救援が必要な時には聖球を空に打ち上げます」 「空に、聖球を……?」 「こんな風に外が明るいと、聖力の輝きも日差しに紛れてわかりにくいんですが」 「わかりました、心しておきます」 「行こう」  リンの首に両腕を回して言うと「はい」とどこか嬉しそうな声が返ってくる。  リンはそのまま渓谷に向かってまっすぐに駆けた。  次の瞬間、ふわりと体が宙に浮く。  胃がむずむずするような落下感。 「――っ!」  俺は悲鳴を呑み込んで、リンの首にしがみついた。  リンは絶壁の断崖を物ともせず、俺を抱えたまま荒涼とした岩々を蹴ってヒョイヒョイと駆け降りる。  えええええええ、どういう事なの……?  俺達の少し後ろを風魔法の補助付きで同じように降りてくるゼクオールさんが、後ろで括った青緑色の髪をなびかせながら「どういう事だよ……」と呟いている。  うん、俺も同じ気持ちです。  矢を斬り伏せられるリンの筋力と動体視力なら、崖を駆け降りるのも難しくないんだろうか……?  いや、今はそれよりブラウ達の事だ。  俺は、リンを目的地まで最短ルートで誘導することに専念する。  渓谷の底へと辿り着いたリンは、『疾走』をかけてさらに速度を上げていた。  車をナビする時のように、早め早めに指示を出さないと行き過ぎてしまう。  渓谷の反対側……、道のない側の岩肌に、大きな洞穴が開いているのが見えてきた。  こちら側からでは、ちょうど中洲に並んだ岩々と木々で死角になる場所のようだ。  リンが『疾走』を解く。  今度はなるべく音を立てないように、岩陰に隠れつつ近づいてゆく。  洞穴前の開けた場所には何人もの人が倒れていて、青灰色の岩肌には赤々とした命が溢れていた。 「っ」  漂う血の匂いに、思わず顔を背けそうになる。 「目を閉じていてください」  リンが俺の耳元で優しく囁いた。  俺は唇をかみしめて、首を振る。  リンの気持ちは有難いけど、いつまでも俺だけ目を背けているわけにはいかない。 「敵は既に全て倒されているようですね」  リンはそう言うと、また『疾走』をかけて走り出す。  その時、僅かな希望に縋り付くような悲痛な声が聞こえた。 「ケーゲル! 嫌だ、目を閉じないでくれ……ッ!」  俺はリンの腕の中から、グングンと近づいてくる景色を凝視する。  ケーゲルさんの片腕は、既に体から離れた場所にあった。  止血のために、シオンがぎゅうぎゅうと腕の付け根を縛っている。  ケーゲルさんの血で真っ赤に染まったシオンは、意識を失いかけているケーゲルさんに必死で声をかけ続けていた。  俺はスゥと息を吸って、腹の底から声を出す。 「シオン! ケーゲルさんの腕を繋げて! 角度をピッタリ合わせて固定して!」  シオンはハッと顔を上げて俺を見ると「はい!」と叫んですぐさま動いた。  シオンが動く度、岩肌の上で血溜まりがピチャピチャと水音を立てる。  内臓は無事なのか?  ここからでは判別がつかない。  だがあれでは失血死が先だろう、治癒の前に体液の回復から……。  俺はリンの腕の中で両手を出して、回復の魔術陣を展開するギリギリまで支度をする。  リンは何も言わずに俺をケーゲルさんの隣に、腕が届くぴったりの場所に下ろした。  次の瞬間、俺は回復魔法を展開する。  グンと魔力が減る手応えに、あれ、と思った瞬間、リンが俺の横から手を伸ばして、俺の首の後ろ側にまわってしまっていた魔力消費量減少の魔石を胸元に戻してくれた。  そっか、ペンダント型だと動いた拍子に肌から離れることがあるのか……、気をつけないとな。  これは、ルクレイン領で領主様からお近づきの印にと贈られたものだった。  以前ダリスガンドから借りた魔力消費を抑える魔道具がすごく優秀で、俺も欲しいなと思っていたので、本当にありがたかった。  回復魔法が効いて体内の体液量が増えると、当然傷口からの出血も増える。  どろりと溢れ出す赤色に、シオンが「ケーゲル!」と悲痛な声を上げた。  大丈夫だよ、と声をかける時間も惜しくて、俺はすぐに治癒の魔術陣を展開し始める。  俺に代わって、リンが出血が増えたのは体内に血液が戻ったためだと説明してくれる。 「ケイト様が必ずお救いくださる」  リンの力強い言葉に、シオンはようやく震える息を吐きだした。  麻酔が効いて、損傷箇所のリストが出る。  全身血まみれでよく分からなかったけど、相当あちこち切り裂かれてるな……。  けど内臓は脇腹がちょっと裂かれているだけだ。  流石、引退の45歳まで巡礼を続けていた負け無しの騎士だけのことはある 。  俺は内臓を薄く塞ぐと、すぐに斬り落とされていた腕を繋ぐ。  神経を……ほんのひとつも間違えないように……全部繋ぎ直さなきゃ……。  腕だけ繋がったって、痛みや不具合が残ってしまう。  これは、一生シオンを支えてくれるはずの、大事な腕だ。 「ケイト様……どうか……どうかケーゲルをお助けください……」  シオンの震える声が、俺に縋りつく。 「お願いします……、ケーゲルをどうか、どうか……」  岩肌に額を擦り付けて必死で乞い願うシオンを、リンが宥める。 「大丈夫だ、ケイト様の邪魔になる、黙っていろ」  ……もうちょっと優しく言ってあげて?  まあ声色は十分優しかったけどね……。  俺はシオンの願いに応えるべく、全身全霊をかけてケーゲルさんを癒す。  この人に何ひとつ後遺症を残さずに治せるように……。  シオンを幸せにすると豪語するこの人を、どうかなるべく良い状態に戻せるように……。  その間も、リンより遅れてこちらに辿り着いたゼクオールさんが夜番の騎士達からここまでの状況を聞き取ったり、騎士達が倒れ伏す盗賊風の男達の生死を確認している。  騎士のうち数人は、何かを探すように駆け出した。  どうやら盗賊風の男達は、ひとり残らず絶命しているようだ。 「ぅ……」  ケーゲルさんが小さく呻く。 「ケーゲル!」  叫ぶシオンの声に被せるようにして、リンが素早く言う。 「ケイト様が治癒をなさっています、動かぬよう願います」  リンの言葉に、ぴくりと動きかけたケーゲルさんの指が動きを止める。  うん、そのままもう少しじっとしていてね。  もう腕も繋がったし、脇腹も綺麗に治ったし、あとは斬り傷ばかりだからね。  俺はケーゲルさんの傷を浅く塞ぐと、一旦術を止めて顔を上げた。 「残りは後から治すから、俺が戻るまで安静にしていて」  起き上がって頭を下げそうな勢いのケーゲルさんを、まだ寝ておくように押さえかけたところで、リンが代わってくれる。 「まだ起き上がらぬよう。安静にとケイト様がおっしゃったでしょう。ケイト様のご許可をいただくまで、姿勢はそのままで」 「ケイト様……ありがとうございます」  ケーゲルさんをリンに任せて、俺はこの場の全員を見回しつつ大きな声で尋ねる。 「他に怪我人はいませんか!?」  シオンがケーゲルさんを睨みつけるようにして叫ぶ。 「どうして俺なんか庇ったんだッ!」  他に怪我人がなければ、次はシオンだろうか。  シオンはケーゲルさんの血で染まっていて分かり辛かったけど、こちらも戦闘でいくつか斬り傷が入っているようだった。 「ケイト様! 敵を引き連れて移動したブラウが戻っていませんっ!」 「怪我のない騎士達が捜索に出ましたが、まだ……」 「自主的に潜んでる可能性は!?」  俺の問いに、騎士達の表情が翳る。 「ブラウ! おいで!」  ブラウの意識がある事をわずかに期待してブラウを呼びつつ、反応を待つ間に皆に指示を出す。 「リーア、9班の皆、ケーゲルさんとシオンをお願いします!」 「「「はいっ」」」 「お任せください」  やはりブラウは来ない。  俺は即座に両手を組んで、広範囲浄化でブラウの居場所を探った。 「向こうだ!」  俺が叫んで指差すと、瞬時にリンが俺を抱き上げて駆け出した。  最初に調べた時もブラウの位置だけ騎士達とはちょっと離れてたのに。  どうして俺は、ブラウの無事を先に確認しておかなかったのか。  自身の迂闊さを呪いながら、俺はブラウの持つブレスレットの位置を目指した。

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