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シオンの失敗

 <引き続きブラウ視点>  急に駆け出した馬を騎士達がギリギリでかわす。  敵の狙いは荷馬車に積まれた聖球だった。  そんな事は全員わかってる。  だからこそ、荷馬車を守るべく戦っていたのに。  その荷馬車の御者台に敵が乗り込むのに気づかないなんて、そんな事があるか!?  どうやら敵はオイラの知らない隠遁術を持っているらしい。  オイラは『疾走』を使うと、荷馬車を追いかけた。 「追わせるな!」 「あいつを止めろ!!」  後ろから叫び声がして、何人かがオイラを追いかける。  『疾走』を使える奴がこんなにいんのかよ。  それをまた騎士達が『疾走』で追う。 「ブラウ! そのまま追いかけろ!」 「見失うなよ!」  奪われたのが聖球だけなら、ケイト様はきっと追わなくていいって仰るだろう。  聖球の場所なら後からでもわかるよ、って。  オイラの安全の方が大事だよって、優しく笑って言ってくださるんだ。  でも今、あの荷馬車にはリーアさんが乗ってる。  ついでに寝たままのソーンさんも。  あの荷馬車が止まったら、聖球を運び出す時に、リーアさんは殺される。  あんだけ隠密行動に長けた奴なら、荷馬車に人が乗ってることくらいお見通しだろう。  彼女がもし息を潜めて隅に隠れたところで、おそらく逃れられない。  ……ん?  疾走する荷馬車のガラガラと派手な音に混ざって、カチャカチャと聞き慣れた音がする事に気づく。  ソーンさんが起きて甲冑を身につけているのか。  あの中々起きない人が珍しいな。  もしかして、危機を察したリーアさんが叩き起こしたんだろうか。  そう思っていると荷馬車の後ろにかかった布が捲られて、紫髪をモサモサに伸ばした男が眠そうな顔を出す。 「ここは俺に任せて、君は隠れてるといいよぉ、いざという時のためにねぇ」  へらっと微笑まれて、一瞬迷う。  ……本当に、この眠そうな男1人に任せても大丈夫なんだろうか。  とはいえ、これは護衛騎士からの指示だ。  オイラは疾走を解くと、木々の合間へと身を滑らせた。 「なんだ!?」 「どこに消えた!?」  『疾走』で駆けてきた男達には、少なくともオイラの隠遁を見破れる奴はいないようだ。  木々に紛れて、荷馬車の音を頼りに距離を保ちつつ後を追う。  慣れた作業に、無理に続けた『疾走』で暴れていた心臓も少しずつ落ち着いてくる。  こうして荷馬車から離れて耳を澄ますと、1人も減っていない護衛騎士達が陣形を保ちつつ追ってくれている事も分かった。  まあ、8班のソーンさんがいない穴にはシオンさんが入っているようだが。  林に入った荷馬車が足を緩める。  そんな整備されてない道、その頭数の馬車では無理だろう。  減速と同時に、ソーンさんが馬車から飛び降りた。  その腕にはリーアさんを抱えているようだ。  なるほど、ソーンさんは聖球を捨てても、リーアさんを守ることにしたのか。  確かに、ケイト様ならその選択を褒めてくれると思う。  後はオイラが、あの聖球の後を、安全な距離を保ちつつ追えばいいんだ。  荷馬車が止まると、1人の男……か……?  本当に気配が薄いな……。  何かの気配が、聖球を持ち出したようだ。  木箱の中で布に包まれた聖球同士がぶつかり合う音を頼りに、俺はその気配を追う。  ん?  ソーンさんとリーアさんは、騎士達の方へは戻らないのか?  2人は気配を隠す様子もなく、聖球を持った男の後を追っていた。  時折、ザクっと何か細い束を切るような音がして、パサッと地面に何かを落としている。  ああ、後続の騎士達へ、進むべき道を伝えているのか。  聖球を持ち出した何者かは、ソーンさん達がついてきているのをわかっているはずだが、ソーンさんを振り切ろうとする様子もなければ、討ち取ろうともせずに、黙々と林を進む。  なぜだろう……。  もしかして、隠密の得意な人は、オイラと同じで戦闘は不得手なんだろうか。  その上で、向かう先には味方がいるんだろうな。  騎士に後をつけられても安心な程に強い者か、もしくは大勢が待っている……?  うん? なんだ?  音が小さく反響している。  こんなところに地下……に続く通路か……?  ……まさか、向こうの渓谷に下りられるんだろうか? 「ごめーん、ブラウくーん、ちょっと手伝ってぇぇ」  ソーンさん達が地下への入り口で困っているようなので、オイラは急いで顔を出した。 「どうしました?」 「狭い通路の中で大勢に待ち伏せられてたらリーアさんを守り切れないから、耳の利くブラウくんに斥候お願いしてもいいかなぁ?」 「わかりました」  あれ?  ソーンさんの髪がさっきより少なくなっている気がする。 「髪が……」 「ああ、目印に置いてきたよぉ。仲間が来てくれないと困るからねぇ」  なるほど、時々聞こえていた音は髪を切り落とす音だったのか。 「見失わないうちに行こうかぁ」 「はい」  とても急いでいるとは思えない口調の人に急かされて、オイラは地下へと続く通路へ足を踏み入れた。  *** <シオン視点>  俺は8班の陣形に加わって、3個班編成で林の中を進んでいた。  7班を先頭に、8班と9班で後方の左右を守る陣形だ。  こうしていると、まるであの頃に戻ったかのようだ。 「あーあ、俺んとこにソーンがいりゃよかったのにな」  いまだにぶつぶつと文句を言うケーゲルの呟きは聞かなかったことにする。  しかし、9班の班員はそろそろ我慢の限界だったのだろう。 「まーだ言ってんですか」 「いい加減諦めてくださいよ」 「女々しい男は嫌われますよ」 「うるせぇ、黙ってろ」 「さっきは班長の方がシオンさんにフォローされてたじゃないですか」 「シオンさんがいなかったら大怪我でしたよ」 「班長がシオンさんを守るんじゃなかったんですかー?」 「これからだよ、これから!」 「お前達、少しは緊張感を持て」  7班の班長に窘められて、「はーい」「へーい」と反省の色の薄い声が続く。 「和を乱してしまってすまない」  申し訳なさに頭を下げると「シオンさんのせいじゃありませんよ」と返されてしまう。  俺のせいでないなら誰のせいなんだ。ケーゲルか?  しかしケーゲルがアホなことを言うのは俺のせいだろう?  そう考えれば、全ては俺のせいだと思うのだが。 「ソーンの髪の色って、森の中でも思ったより沈みませんね」 「思ったより鮮やかなんだよなぁ」 「あいつの髪ってこういう時のために伸ばしてたんスかね?」 「そりゃねぇだろ。ただの不精に一票」  林の中に道のようなものは無かったが、馬車に残っていた騎士が時折髪を切って落としていたようで、我々はそれを追って進んでいた。  普段はいつも眠そうな顔をしている男だが、意外と機転の利く者のようだ。  彼の残した目印を辿り、地下通路を抜けて辿り着いたのは、渓谷の底だった。 「はー……、俺毎年この横は通っけど、下に降りたのは初めてだな」  誰かの呟きに「俺も」「俺もだ」と同意の声が続く。  ……待てよ……?  どこかで聞いたことがあったはずだ。  渓谷の底に、拠点を構えている集団がいると。  やたらと力をつけているから、谷底には近づくなと言われたのはいつ頃だったか。  あいつに谷底へ誘われたのは、もう5年も前か……。 『ねぇシオンさん、僕と一緒に来てくださいよ、僕の片腕としてお迎えしますから。……ねぇ? 悪い話じゃないでしょう……?』  一瞬、甘えるような声色と、揺れる白色の長い3つ編みの残像が蘇る。  あいつは……まだここにいるんだろうか。  ……だとしたら、マズイな。  どうして谷底に降りてくるまで、気づかなかったのか。  わいわいと気さくな騎士達の雰囲気に酔って、一番危機感が足りなかったのは俺だ。  俺は荷馬車で待機しておくべきだったのに……。  ……まさか、俺達はあいつにおびき寄せられたんじゃないのか……?  この、あいつの待つ谷底に……。

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