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シオンの選択

 <引き続きシオン視点> 「シオンさん……? どうかしましたか?」  ケーゲルの言葉にハッと顔をあげる。  いつの間に俯いていたのか……。 「いや……俺、は……」 「シオンさん……? 顔色が……悪くないですか……?」 「あ、みんなぁ、ここだよぉ~」  谷底に降りて少し進むと、岩陰に紫髪の騎士とリーアさんがいた。 「ソーン! リーア嬢も、ご無事でなによりです!」  よかった。  これなら俺がここでリーアさんを引き受けて荷馬車に戻れば自然だろう。 「正規の騎士が戻った事だし、私はリーアさんと戻って荷馬車で待機しておこう」  そう言った俺のすぐ隣で、甘えるような鼻にかかった声が聞こえた。 「嫌だなぁシオンさん。せっかく来てくれたんでしょう? もう帰るだなんて、つれないこと言わないでくださいよ。僕はずっと待ってたんですよ? シオンさんの事を、ずっと……」  バッと全員が俺の隣を見る。  けれどその瞬間には、あいつは俺達から大きく距離を取るように飛び離れていた。  長い白髪の3つ編みをなびかせて、くるりと跳ねたあいつは、騎士達の背よりも高い大岩に身軽に着地した。  ニタリと不自然なほどに釣り上がった口角、常に細められたままの瞳。  あいつは……ウィドはあの頃と変わらない顔で俺を見下ろして言った。 「シオンさん、僕が何度誘っても頷いてくれませんでしたよね? 決まって、俺は幸せになる資格がないって言って。だから僕もそれなら仕方ないって、僕もシオンさんも、どちらもが同じく不幸せなら、それはそういう物なのかなって。そう思ってたのに……」  ウィドは、オーバーな身振りで、いかにも悲しげにヨヨヨと涙を拭う仕草をする。  ウィドの言葉にピリッと殺気を滲ませたのが誰なのかは、見なくてもわかった。  それに対して、何倍もの殺気を放ったのはウィドだった。 「……それなのに、なんで今更、シオンさんだけそんな顔してるんですか……?」  じり、と周りの騎士達が一歩下がって剣を構える。  胸が潰されそうなほどの圧は、俺に罪悪感を感じさせるには十分だった。 「……っ、ウィド……」 「わぁ、僕の名前覚えていてくれたんですか? ふふ、嬉しいなぁ。おもてなしの準備をしてるんですよ、来てくれますよね? シオンさん?」  ああ……やはりそうなのか。  認めたくはないが、これらは全て仕組まれたことで……つまりは、俺の不始末だ。 「1人で来るのが嫌なら、皆さんで来てもらってもいいんですよ? ただ、シオンさん以外は皆殺しますけどね?」 「ハッ、俺達は護衛騎士だぞ!? そう簡単に殺れると思ってもらっちゃ困るな」  そう言ったのはケーゲルだ。 「けれどたったの15人……シオンさんを入れても16人でしょう? こちらには50人以上がいると知っても、同じことが言えますか?」  ウィドが軽く手を振ると、今まで誰もいなかったはずの谷底に、人の気配が溢れた。  くそっ、こいつは隠匿系の術が昔からやたらと上手かったんだ……。  いつの間にか周囲をすっかり囲まれている事に気づいて、ざわ、と騎士達に動揺が走る。  数が多い。本当に50人以上いるのか。  さっき逃げてった奴らも、別ルートからこちらに合流しているのか。  それとも、これすらも幻術のようなものなのか……。 「しかも魔法技師は5人いて、その全員が魔物を出せるんですよ?」  ウィドの言葉に答えるように、魔法技師らしいフードの男達がそれぞれ1体ずつ魔物を作り出した。  ギリッと歯軋りをしたのは誰なのか。  ああ、完全に嵌められてしまったな……。  俺が分不相応な夢をみて、無様に浮かれていたツケがこれか……。 「どうです? そちらには全く勝ち目がないって分かってもらえました?」  そう言って、ウィドは楽しそうに笑った。  ……こいつは相変わらずだな。  とんでもなく強くて、とんでもなく無邪気で、どこかが致命的に壊れてる。  俺もきっと、似たようなもんなんだろう……。 「……分かった。俺が行けば、彼らは見逃してくれるのか」  俺の言葉に叫びを上げかけたケーゲルを、9班の班員達が必死で押さえ込んだ。  ナイスフォローだ。助かるよ。  感謝を込めて小さく微笑むと、9班の連中が息を呑んだ。 「そうですねぇ……、シオンさんが一生僕だけの玩具になるって約束してくれるなら、特別に見逃してあげてもいいですよ?」 「……そうか、助かる」  これは、俺の蒔いた種だ。  俺が刈り取るのが筋だろう。 「ただし、彼等には向こうの崖上に出たところで、全員に今日一日の記憶を消す魔法をかけさせてもらいますけどね?」  それは俺にとっても好都合だ。  彼等に余計な苦しみを残さずに済む。 「ああ、分かった」  しんと静まり返った谷底に、口に手拭いを突っ込まれたらしいケーゲルの呻り声だけが響く。  悪いなケーゲル。  俺とは縁がなかったと思って、諦めてくれ。  ただ、俺のせいでケイト様にまで迷惑をかける訳にはいかない。 「聖球は、返してもらえないか?」 「ええ? シオンさんだっていっぱい奪ってたくせに、そんなこと言うんですか?」 「ああ、勝手ですまないな」  俺の言葉に、ウィドが「そうですねぇ……」と考える様子を見せる。  もしウィドが聖球を返してくれるのなら、どんな条件でも呑もう。  そう決意を固めたはずの俺が、ウィドの次の言葉に「分かった」と返せなかったのは、俺の想定を大きく超えた言葉だったからだ。 「シオンさんが今ここで、仲間達に見られながら、僕に可愛く抱かれてくれるんだったら、考えてもいいですよ?」  …………は?  ……いや、待て……。  俺の……聞き間違いか……? 「……何だって……?」 「嫌だなぁ、聞き逃しちゃったんですか? だから、シオンさんが、僕にぐちゃぐちゃに抱き潰されるところを、ここにいる皆と、大事な仲間達にたっぷり見せてあげましょうよっ」  弾んだ声で言うな。  しかもさっきより酷くなってるじゃないか。 「……頭沸いてんのか……?」 「ええーっ!? せっかくシオンさんの為に妥協案を考えてあげたのに、そんなこと言うんですか?」  口調は軽いが、ウィドの纏う空気が鋭利に尖ってゆくのが分かる。 「い、いや、すまん。ちょっと、あまりにも突然の提案に、驚いただけだ……」 「なぁんだ、よかったぁ。じゃあ、僕の条件、呑んでくれますよね?」  幸せそうに目を細めたウィドが、長い指で俺の頬を撫でてくる。  ウィドの腕が、ゆっくりと俺の腰へと回されると、まるで蛇にでも巻き付かれているような感覚に、ぞわりと鳥肌が立つ。 「……っ」  この男に……、今から、俺は……。  想像するだけで、強烈な羞恥に耳までが熱くなる。  いやだ、そんなの絶対見られたくない。  特に、ケーゲルにだけは、見られたくない……。  けど、騎士達の記憶はここを出れば消される約束だ。  ここを囲む奴らにとっちゃ、これからはそれが日常になるんだろう。  俺に躊躇う権利なんてない。  どんな条件でも呑もうと、覚悟したばかりじゃないか……。 「……わ……」  声が震える。  耐えきれそうにないほどの屈辱と羞恥の予感が、底知れぬ恐怖を胸に呼び込む。 「分かっ……」 「んなことさせてたまるかってんだよ!!!!」  俺の声を遮って余りあるケーゲルの怒号は、渓谷にわんわんと響き渡った。

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