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ブラウの選択とその結果
<引き続きシオン視点>
「はぁ!?」
「布はどこいった!?」
「俺ちゃんと押さえてましたよ!」
慌てる班員達を振り切って、ケーゲルは立ち上がった。
ペッと口から布の切れ端を吐き出して、ケーゲルが叫ぶ。
「シオンさんは物じゃねーんだよ!」
お前……まさかとは思うが、布を食ったのか……!?
食道に詰まったらそれだけで死ぬだろう!?
なんて無茶なことをするんだ。
ズンズンと俺の元に歩いてきたケーゲルが、強引にウィドを引き剥がすと、俺を力強く抱き寄せた。
「シオンさんは、俺が幸せにするって決めてんだ! てめーは引っ込んでろ!」
次の瞬間、スッと表情の全てを失ったようなウィドが予備動作もなくケーゲルに斬りかかった。
ギィン! と金属のぶつかり合う音がする。
腕にも、下げた重心にも、ずっしりとした重みがかかる。
咄嗟に抜いた剣はなんとかギリギリでウィドの剣を受け止めた。
俺よりも細い身体で、どうしたらこんな重い剣が振れるのか。
相変わらず無茶苦茶な奴だ。
斬り結ぶ俺達の剣を弾くようにして、ケーゲルが横一線に薙ぎ払う。
ウィドは体勢を立て直すように、軽く後ろへ飛んだ。
ケーゲルは、そんなウィドから視線を外さないままに、騎士達へ叫ぶ。
「50人だか60人だか知らねぇけど、そんな数字にビビってんじゃねぇよ! 俺達はフロウリア最強の聖女護衛騎士だろ!! 1人4人倒しゃいいだけだ!」
……それが言うほどに易くないから、皆俺達の話を黙って聞いていたんだろう?
9班のメンバーが俺とケーゲルに駆け寄り素早く陣を組む。
「シオンさんは、俺が守る!」
ケーゲルの宣言に、班員達がなんとも苦い苦笑を浮かべた。
「ま、結局こうなるんじゃないかと思ってましたけどね」
「班長が我慢できるはずないですからね」
「せめて骨は拾ってくださいよ?」
「死ぬ気で戦うんじゃない。ケイト様を泣かせる気か!?」
ケーゲルの言葉に、騎士達の顔色が一斉に変わった。
「……そうだ……ケイト様が……」
「ケイト様が悲しまれる……」
「あの方がどれだけ俺達を守ろうとなさっているか……」
「ケイト様のお心を傷つけてなるものか!」
「1人だって欠かすな!」
「絶対に全員生きて戻る!」
「対人陣を組め!」
「俺達はこの為に訓練してきたんだ!」
「ああ、特訓の成果を見せてやろうぜ!」
急に気迫を漲らせ始めた騎士達に、周囲を囲む人々に小さな動揺が広がる。
確かに、今年の巡礼ではケイト様がスケジュールを一瞬でこなしてしまうとかで、人に狙われがちなケイト様をお守りするためにと、やたら対人戦を想定した訓練が繰り返されていたな……。
しかし、それにしたって敵の数が多い……。
何か目眩しのようなものができないだろうか……。
そこへ、どこからともなくひょっこり顔を出したのはブラウだった。
手には木箱を抱えている。
それは、聖球か……?
なぜわざわざこんなところに……。
*** <ブラウ視点>
オイラは戦闘は出来ねーから、諜報員だから。
いつものように、戦いが終わるまで隠れたまま、待ってるつもりだったんだ。
だけど、このままじゃケイト様が……。
あの誰よりも優しいケイト様が酷く心を痛めて、泣いてしまうのかと思ったら、……オイラは、じっとしていられなかった。
ケイト様は皆の前ではいつもニコニコしてるし、優しくて強い人だけど、本当は弱いとこも沢山ある。
オイラはケイト様のおそばを許されてるから、騎士様達の知らないケイト様を知ってる。
悲しみに染まったお声や、細く溢される震える息を、オイラは沢山聞いてきた。
あんなに健気な人を悲しませてしまう事は、絶対に避けなきゃいけないと思った。
気付いたら、あいつらのアジトから聖球の箱を持って、飛び出していた。
「今のうちにもらってくな!」
大声で叫べば、狙い通りに何人もがこちらを振り返った。
戦力分散が狙いだと分かったとしても、本命の聖球を持って行かれるのを黙って見てるわけにゃいかねぇだろ?
聖球の箱はすごく重かった。
繰り返し『疾走』を使うと、木箱だけじゃなくオイラの体も軋んだ。
けど耳の良い奴が混ざってる以上、空箱では誤魔化されてくれそうになかったので、オイラはケイト様のお心を抱えて必死で走った。
オイラを追いかける足音は、全部で14人分、思ったよりも数が減らせたと思った。
知らず口角が上がる。
ああ、自分で考えた作戦が成功すんのって、こんな楽しいんだな。
けど、オイラの魔力はそう多くないし、体力だって騎士達ほどはない。
渓谷の外に逃げ切れるはずもなければ、追いつかれるのは時間の問題だった。
どこかで見切りをつけて、木箱を置いて逃げよう。
ケイト様がおっしゃったから。
オイラの命を、一番大事にするようにって。
逃げるための『疾走』1回分だけを残して、オイラは木箱を置いて逃げた。
予想外だったのは、木箱を置いても10人はそのままオイラを追いかけてきたことだった。
ああ、そっか。
あっちでワイワイ殺し合いをするよりも、オイラみたいな弱そうな奴を囲んで殺す方が楽だし確実だよな。
そんな事にも気づかないから、オイラはやっぱりバカなんだよなぁ……。
追いつかれて、囲まれる。
足元がふらつく。
オイラは普段滅多に使わない暗器を、ありったけ投げた。
つってもこーゆーのは、相手が気づいてないとこからこっそり投げるから当たるもんなんだよな。
案の定、何人かに暗器が掠ることはあっても、致命傷には程遠い。
「このっ! チョコマカと!」
「もう足元ふらついてる癖に!」
「こんなとこで粘ったって意味ねーんだよ!」
「いい加減観念しろ!」
オイラも致命傷だけはなんとか避けてるけど、腕も足も肩も頬も、もう身体中で血が出てないとこのほうが少ない。
あっちもこっちも痛くて痛くて、視界が滲む。
だけど、オイラは諦めるわけにいかないから。
必死で歯を食いしばって耐える。
オイラがいつまでもしつこく避け続けるからか、苛立ちが浮かんできた敵の攻撃がだんだんと大振りに、単調になる。
するとほんの少し、避けやすくなった。
ああでもそうか、オイラは今、ここで10人は足止めできてんのか。
少しは役に立ってるのかな、ケイト様と、騎士様達の。
ちょっとだけホッとしてしまった瞬間、膝がガクンと崩れた。
その途端、罵声と共に固くて冷たい物がオイラの腹を貫いた。
「……ぁ……」
手を、出さなきゃ。
そう思うのに、もう、オイラの身体は動いてくれなかった。
受け身もとれずにうつ伏せに倒れたオイラの背を、誰かが踏み潰す。
ああくそっ。
とっくに全身いてーんだよ、もうこれ以上、やめてくれよ……。
そのまま、トドメとばかりにザクザクと刃を振り下ろされる。
途端、息が半分も吸えなくなった。
オイラを囲んでいた奴らが引き上げていく足音が聞こえる。
それとともに、聖球の音も遠ざかってゆく。
ああ、ケイト様のお心が……。
あの優しい方の、優しい気持ちが、あんな奴らの手に渡ってしまう……。
それがなんだか、どうしようもなく悲しい。
うつ伏せで押さえられた腹の傷からは、心臓が動くたびに、温かいものがじわじわと抜けていった。
ああ、これ、抜けてってんのはオイラの命か……。
……オイラは、ここまでなのか……。
ケイト様に見えるようにしていただいた目は確かに開いてるはずなのに、目の前の景色はぼやけて酷く暗い。
このまま、オイラは死ぬんだ……。
そう思った途端、すげぇ怖くなった。
今まで、死ぬ事を特別怖く思った事はなかった。
ただ、痛いのは嫌だったから、なるべく痛くなく死にてぇなと思ってた。
むしろ、死ねば生きてんのよりもちょい楽になれんじゃないかなって、思ってたくらいだ。
……なのに、……なんだろうな、この状況は。
あんだけ嫌だと思ってた痛い目に散々遭って、それなのに、救いのように見えてた死に、怯えてんのか、オイラは……。
初めは、ケイト様がオイラを撫でてくれて。
そのうちクロイスちゃんもオイラを撫でてくれるようになって。
護衛の騎士様も少しずつオイラに話しかけてくれるようになって……。
世の中には美味しいものがいっぱいあるって知って、まだオイラの食べたことない物に毎日出会えることが、楽しくて……。
そう。楽しかったんだ。
生きてる事が、生まれて初めて。
オイラが固形食以外食った覚えないって言ったら、騎士様が野営でも『いつものポトフ』ってのになんとか手を加えてくれてさ。
ハーブを入れたりチーズを入れたりしては、オイラに食わせてくれるんだよな。
「こんなの初めて食べた!」ってオイラが喜ぶと、騎士様も「もっと食え」ってニコニコして、オイラの頭をポンポン叩いて、ちょっと乱暴だけど撫でてくれてんだなって分かった。
そんな毎日が、もう来ない。
もう二度と来ないんだと思ったら、怖くて怖くてたまらなくなった。
そんなの嫌だ……。
歯がカチカチと音を立てて、自分が震えてるんだと気づく。
ああ、マジで、死ぬの嫌だな……。
死にたくねぇな……。
オイラ……まだ、こんなとこで、死にたくねぇよ……っ!
ずっと泥水啜って生きてきて、ようやく……。
今まで生きてきたのも無駄じゃなかったのかもな、なんて、思ったとこだったのによ……。
もっと……生きてたいんだよ……。
もう一度だけでも、ケイト様に頭を撫でてほしい。
だってオイラ、今日はすげぇ頑張ったんだからさ。
ケイト様なら絶対、すげー褒めまくってくれるのにさ。
その時、遠くでケイト様が呼ぶ声が聞こえた気がした。
……ああ、ケイト様……。
ケイト様のとこに……行きてぇな……。
ケイト様の……お側に……。
ケイト様の、あったかい手で……。
……優しく……撫でて……ほし、い……。
よく……頑張ったねって……言っ……くだ、さ……、……ケイ……ト……さ…………。
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