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紺色の髪の男
*** <シオン視点>
「あの紺色の髪の男を殺せ!」
ウィドは苛立たしさを隠すことなく、そう叫んだ。
ケーゲルの名は覚えていないのか、それとも口にしたくなかったのか。
幸か不幸か、ちょうどその時、戦場には紺色の髪をした男が2人居た。
ケーゲルと、聖球の木箱を持ったブラウだ。
ブラウの方が、ケーゲルよりもずっと髪が長い。
素早い動作で駆け出したブラウの、首の後ろで一つに括られた長い髪がなびく。
美しい紺色の長髪に、何人もが目を奪われた。
5人でも追ってくれれば助かると思ったが、15人ほどが向こうへ向かってくれた。
これなら、この場は1人で2人程を相手にすれば良くなる。
負担が軽くなった戦場で、対人陣を保った騎士達の剣が躊躇うことなく次々と敵を屠ってゆく。
「ブラウ……無茶しやがって」
「ビビリのくせによ……」
ポツポツと聞こえる声に、騎士達の中にもあの男を心配している者がいるのだと分かった。
俺はあまりブラウのことは知らないが、あの男の髪の感触は知っている。
即物的で、撫でられたがりで、敵味方の区別に乏しく、頭を撫でてやるとやたら嬉しそうに笑うという事も。
目の前の敵と剣を交えながらも、届く7班の会話に耳を傾ける。
「俺、ブラウに『何でそんな長いんだ?』って聞いたことあんだよ。戦い辛ぇだろって思ってさ」
「それ言うならソーンだろ。モサモサおろしたまま結びもしねぇしな」
「ソーンは別枠だろ。あいつ後ろに目でもついてんじゃねぇか?」
「段違いに強ぇから、髪なんて長くても短くても平気ってやつな」
「じゃあブラウも強ぇのか?」
「ブラウが修練してるとこって見たことないな」
「違うんだ、ブラウは戦わねぇっつってたんだよ!」
「……あー、そっちか」
「あの数じゃ……不味くねーか?」
「あと、寒い時に首に巻くんだとか言ってた」
「不憫!」
「服くらい支給してやれよ!」
「さっさとここ片付けてブラウを追うぞ!」
「「「おう!」」」
「魔法来るぞ! 散開ッ!」
ゴウっと唸る炎の熱気の余波がこちらまで届く。
だが狙われた7班は直前に全員飛び離れ、怪我人もないようだ。
俺は向かいくる刃を躱して、一歩踏み込んで深く袈裟懸けにする。
ケーゲルもまた、ウィドの指示を正しく汲んだ奴らの怒涛の波状攻撃を浴び続けていた。
ただ、ウィドが「間違ってもシオンさんは殺すなよ!」なんて言うもんだから、俺がケーゲルと背中を合わせているために、魔法技師も思い切った攻撃に踏み切れないようだ。
悪いが5人の魔法技師は7班と8班でなんとかしてほしい。
こちらは人数を引き受けるから。
1人、また1人とケーゲルが敵を斬り伏せる。
背中を預けるケーゲルは、あの頃とは見違えるほどに強くなっていた。
俺の中でのケーゲルは、ずっと、ほんの16歳の少年だったのにな……。
45歳を過ぎ、今年で定年退職を迎えるはずのケーゲルだが、ギラギラとした瞳で敵を射るように睨み据え、鋭い剣戟を繰り出す様はとても勇壮で美しい。
彼ならきっと、定年後も指南役として教会に残ったのではないだろうか。
……彼の前に、俺が急に現れなければ……。
「シオンさんっ!」
ギィンと鋭く足元で音がして、自分が足首を狙われていたことを知る。
ケーゲルの剣が、すんでのところで敵の鎖鎌を弾いていた。
「集中してくださいっ!」
「……すまない。助かった」
「お前達! そんだけ大勢いて、そんな男1人がまだ倒せないのか!」
ウィドの叱責に、敵の動きが鈍る。
彼の言葉が部下に与えるものは恐怖であって、鼓舞にはならない様子だ。
「シオンさんをいつまでもそんな男に近づけておくんじゃない! さっさと引き剥がせ! シオンさんも無傷で捕まえろなんて言ってないだろ!? 動けない程度に痛めつける分にはいいんだよ!」
だが、こちらの言葉には、俺に対する攻撃の手を強める効果が十分にあった。
「テメェ! シオンさんを何だと思ってんだ!?」
ケーゲルが吠える。
いちいちその程度のことで反応してやるな、と呆れる反面、心のどこかでそんなケーゲルの言葉を嬉しいと感じてしまう自分がいる。
……そんな資格は、俺には無いのに。
「リドル! 行ったぞ!」
視界の端で、9班最年少のリドルの剣が血で滑るのが映った。
咄嗟に腰から短剣を引き抜いて投擲する。
敵の首に深々と刺さったそこから、血が噴き出す。
「わわっ」
鮮血を浴びて顔を顰めたリドルが、取り落としそうになった剣を両手で必死に握り直した。
そうか、彼らは血の流れない魔物との戦いには慣れているが、こんな風に人と戦い続けると人の血や脂で剣が滑ることを知らないのか……。
「血を浴びた剣は滑りやすくなる、気をつけてくれ!」
叫ぶと、「おう」とか「はい」と周囲から声が戻る。
こんな人殺しに慣れた俺の言葉を、騎士達は素直に聞き入れてくれる。
それがどうしようもなく嬉しくて、同じくらい申し訳なかった。
俺が短剣でその命を奪った男にも見覚えがある。
何度か別の仕事で一緒になったことのある男だ。
物静かで、あまり話さない奴だったが、悪い奴ではなかった。
……今更、こんな事を考えても仕方がないというのに……。
「シオンさん、集中ですよっ!」
ケーゲルの声に顔を上げれば、そう言うケーゲルこそが俺を見ていたのだろう。
「ケーゲルッ!」
俺とは反対側からケーゲルの喉笛を目指した剣が、直前で叩き落とされる。
剣を落とした男が、十分な距離を取ってから腰裏へ腕を回す。
次の獲物を出す気なんだろう。
「リドル! 助かったぜ!」
「班長っ! 戦闘中にシオンさんに見惚れるのはやめてください!」
「一言余計なんだよ!」
「敵の数が、こちらと同程度になってきたな」
「もう一息だ!」
7班と8班の班長の声に、全員の士気が上がる。
ああ、やはり野盗と仲間の違うところはここだ。
皆の声が、皆の気持ちが、全員の力になる。
剣を落とした男が腰から引き抜いたものを見て、俺は声を上げた。
「鞭だ! リーチが長いぞ!」
鞭は矢よりも圧倒的に斬れない。
剣に鞭が巻き付けば、剣だけでなく動きそのものを奪われる。
次の瞬間には、ケーゲルが剣を絡め取られていた。
思わず、持ち場を離れてケーゲルの前へと身を躍らせる。
鞭を引いた男は、既に反対の手に短剣をぎらつかせていた。
ああ、良い判断だ。
せめて俺が盾になれれば、ケーゲルを守れれば。
そう思って目を閉じかけた瞬間、グイと肩を引かれた。
ザグンと聞き馴染んだ音がする。
が、痛みが訪れる事はなかった。
「ふざけんな! シオンさんを盾にするくらいなら、俺が斬られる方がマシだ!」
ポタポタと血を溢しながらも、ケーゲルは腹を刺した男を斬り伏せた。
「ケーゲル!」
「班長ッ!」
悲痛な声に、ウィドの歓喜の声が重なる。
「よし、いいぞ、一気に倒してしまえ!」
けれど、ウィドの部下達はジリジリと俺達から距離をとりつつあった。
すぐ傍から、わあっと歓声が上がる。
8班が4人目の魔法技師を倒したようだ。
途端、残っていたウィドの部下達の顔色が変わった。
残る1人の魔法技師が逃げ出すと、他の者達も逃げ始める。
しかしそこに、ここを離れていた奴らが戻った。
奴らのぶら下げる獲物から赤い雫が滴り落ちている。
……ブラウは……流石に1人きりでは、逃げ切れなかったか……。
「おいどうした!」
「なんだこの死体の山はッ!」
「こんなに殺られたのか……!?」
「こいつら妙に強ぇんだって!」
「無駄死にはゴメンだ! 俺はもう逃げるぜ!」
「聖球があればやり直せる!」
「ずらかろうぜ!」
「あんな色ボケ男に付き合ってられるかよ!」
大岩の上でゆらりとウィドの気配が揺らいだ。
俺がそちらに視線をやった時には、向こうで最後に発言した男の首が転がっていた。
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