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ケーゲルの選択

 <引き続きシオン視点> 「……今、なんて言った?」  ウィドの声は冷ややかだった。 「ヒィィッ!!」 「まともじゃねぇよ!」 「逃げろッ!」  逃げ出そうとした者達の首が、ウィドが腕を一振りする毎に、1つ、また1つと胴から離れてゆく。  その度に、軽い金属音が渓谷にシャラシャラと鳴り響いた。 「僕の許可なく聖球を持ち出せると思うのか……?」  ウィドの得意武器もまた、鞭だった。  金属パーツをいくつも繋げて作られているあれは、やたらとよく切れる。  ウィドの鞭は、巻き付けて動きを止めるためのものではなく、切り刻むための鞭だ。 「おいっ! 逃げてく奴まで殺すこたねーだろ!?」  声を上げたのはケーゲルだ。 「ケーゲル叫ぶな、傷に障る」 「ぐっ」  案の定、腹の傷に響いたのかケーゲルが呻いた。  ケーゲルの脇腹にはまだ短剣が刺さっている。  あれが抜けてしまっては、一気に大出血だ。 「……聖球を二箱ともここに持って来い。そうすれば腰抜け共の離脱を許可してやる」  ウィドが冷たく言い放つ。  ああ、あの男を騙すのは無理だろうな。  すぐに部下の2人がどこからともなく木箱を一つ運んできて、もう一つの木箱の隣に置いて逃げ去った。 「おい、そこの紺色の髪の男」 「俺はケーゲルってんだ」 「名前なんて興味ない、お前は今から僕に殺されるんだから」  次の瞬間、俺はケーゲルにしがみついていた。 「くっ」  背と腕を浅く裂かれた感触がする。  咄嗟にウィドが鞭を引いたんだろう。 「シオンさん!? 危ないことをしないでください! 危うく殺してしまうところでしたよ!?」 「そうですよシオンさん! 危ないですからさがっててください!」  お前達、そこは意見が合うんだな。  ケーゲルが赤く染まった剣をウィドに向けて吠えた。 「俺とお前でタイマン勝負だ!」  何を馬鹿な……。 「ケーゲル! 無茶を言うな!」  お前は脇腹にまだ短剣が刺さってるんだぞ!?  今だって、冷や汗だか脂汗だかを拭ってるじゃないか……。 「へぇ? 僕とサシでやって勝てると思うんだ?」 「やめろケーゲル! 剣と鞭では、リーチが違い過ぎる! ウィドはこの場の全員でかかっても勝てるかわからないほど強いんだぞ!?」  俺の言葉に、ケーゲルは低い声で言った。 「……シオンさんは、あんな男の方が、俺より強いと思ってるんですか……?」 「っ、……剣同士の戦いで、ケーゲルが負けるとは思わないが……、ほら、獲物の相性が悪いだろう……?」  なんとかケーゲルを思い留まらせようと、やんわりと伝えた俺の言葉に、噛み付いたのはウィドだった。 「シオンさん……? 僕は剣でもあんな男1人倒せますよ?」  なんなんだこいつらは……。 「へぇ? そんなら公平に剣で戦おうぜ?」  ケーゲルの言葉に、ウィドが頷いて剣を抜く。 「いいよ、その方がシオンさんにもよくわかってもらえそうだからね。僕がお前より強いって事をさ!」  言い終わると同時にウィドが駆け出した。  やはり速い。  だがケーゲルも初撃は難なくいなした。  とはいえ腹に響くのだろう、その表情は苦しげだ。  ウィドの剣は、彼の体格からは考えられない重さがあるからな。  おそらくあの剣自体が特別重いのだろう。  だがその分、連撃は出来ない。  一歩退いたウィドの懐へとケーゲルが踏み込む。  今の一撃で、あの剣の仕組みに気づいたとでもいうのか。  大柄な体躯に似合わぬ繊細な剣捌きで、ウィドの動きを制限し、ウィドに浅い傷を次々に作ってゆく。  足元が揺らいだウィドの脚を狙って、ケーゲルが姿勢を落とす。  あのバカ!  お前の腹には今――! 「ぐぅッ!」  ケーゲルの腹に刺さったままの短剣が、自身の太腿に押されて奥へと刺さる。 「ハッ、こんな誘いに乗るなんてね! 迂闊すぎるんじゃないの!?」  ウィドが剣を大きく振り上げる。  ふらついたのは、演技だったのか! 「ケーゲル! 避けろ!」  しかしケーゲルは避けようとも受けようともせず、歯を食いしばったまま、渾身の力を込めてウィドの脚を真横に一閃した。 「……ぇ……?」  そのまま、ケーゲルは自身の剣の反動に乗って、横へと体を逃す。  ウィドの剣はケーゲルの肩を薄く削いだだけで、深々と地に刺さった。 「っ!」  重い剣に吸い寄せられるようにして、両脚の機能を失ったウィドが地に崩れる。 「そん、な……っ、……ぅぅうぁぁああっっっ!!!」 「……ふぅ……」  苦しげな息を吐いて立ち上がったケーゲルが、もう立ち上がれそうにないウィドを一瞥してから振り返った。 「シオンさん! 俺勝ちましたよ!」  脂汗を滲ませながらも、ケーゲルは俺に満面の笑みを向けた。 「ケーゲルっ」  思わず駆け出した俺の視界の端で、ウィドが利き手を背に回したのがチラと見えた。 「後ろ!」  しかし、てっきりケーゲルを狙うものと思ったその鞭は、まっすぐ俺へと向かってきた。 「!?」 「シオンさん! 僕と一緒に死んでください!」  そうだよな。  自分の物にならないなら壊してしまおうなんて、ウィドなら考えそうなものだ。  どうしてこんな簡単な事に気づかなかったのか。  俺は握ったままだった剣を斜めに構える。  今から範囲外に逃げるのは無理だ。  剣に絡ませて、なんとかいなせれば……っ! 「させてたまるかよ!!」  ケーゲルが短剣を投げる。  お前、短剣なんて持って……。  まさか、腹のを抜いたのか!?  俺は、ケーゲルの投げた短剣に当たって軌道が変わった鞭の流れをよく見て避ける。  けれどウィドも諦めなかった。 「シオンさんは僕のものだ! 僕のっ! 僕だけの……っ!!」  次々に振るわれる鞭をよく見て避けつつ、ジリジリと後ろへ下がる。  ウィドの鞭は普通のものより細く長い。  それでもウィドがもう歩けない以上、届く距離には限界がある。  ここまで下がれば大丈夫だろう、ウィドのすぐ後ろへは7班の班長が詰めていて、剣を振りかぶっているのが見えた。  もう大丈夫だと、ホッとしてしまったんだろう。  まさか、ウィドが最後の足掻きに鞭ごと投げてくるとは思わなかった。 「シオンさん!」  声と同時に強く押されて、私のいた場所にケーゲルだけが残った。 「ケーゲルッ!!」  投げ捨てられた鞭に巻き取られるようにして、ゴシャッと重い物が地面に転がる。  それは、剣を握りしめたままの、ケーゲルの太く逞しい右腕だった。 「…………っ、そん、な……」 「班長ッ!」 「止血だッ! すぐ止血しろ!!」 「ぐ……ぅ……っ」  ケーゲルが、その場に膝をつく。 「ケーゲルッ! しっかりしてくれ!」  遠くから「シオンさん! 僕はシオンさんを――!」と叫んだのが、ウィドの断末魔だったことにも気づかないまま、俺は班員達によってその場に寝かされるケーゲルに縋りついた。  ケーゲルは、真っ青な顔をしていた。  それなのに、俺を見て、震える口元を笑みの形に歪ませる。 「シオンさんっ、これで班長の止血をしてください!」 「わかった!」  手渡された縄を握り締めて、俺は必死でケーゲルの腕を縛った。  肩から、もうほんの少ししか残っていないケーゲルの腕を……。  あんなに逞しく、力強い腕を、……どうして俺なんかの為に、捨ててしまったんだ……。  こんなに鋭く鍛え上げられた、ずっと磨き続けてきた、剣を振るう腕ごと……。 「ケーゲル……」  震えた声は酷く滲んでいて、自分が泣いていることにようやく気づく。 「泣かないで……ください、シオンさん……」 「……ケーゲル……、どうして、こんな……」 「俺が……守るって……言ったじゃないですか……」  微笑もうとした様子のケーゲルが、苦痛に頬を引き攣らせる。  その顔を見た途端、耐えられなくなって俺は叫んでいた。 「俺なんて守らなくていい! 俺にそんな資格はないって、言っただろう!」 「シオンさんが……いないと、……生きられないって……、俺……」  ケーゲルの言葉は急速に細くなって、途切れてしまった。  俺を優しく見つめていた紺色の瞳が、まどろむように、ゆっくりと閉じてゆく。 「ケーゲル! 嫌だ、目を閉じないでくれ……ッ!」  その時、ざわりと騎士達が大きくざわめいた。 「ケイト様だ!」 「ケイト様が来てくださったぞ!」 「シオン!」  驚くほど遠くからでも、ケイト様のお声はハッキリと俺の耳に届いた。  顔を上げれば、青髪の騎士に抱えられた優しいピンク色をした聖女様がまっすぐこちらを見据えている。  あまりに眩しく神々しい輝きに、思わず目を眇める。  ケイト様はいつだって、暗闇で迷う俺を導いてくださる一筋の光だ……。 「ケーゲルさんの腕を繋げて! 角度をピッタリ合わせて固定して!」  俺は「はい!」と叫ぶと、すぐさま動いた。

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