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おかえり、ブラウ

 ***  俺に治癒をかけられたまま、ブラウは現状報告をしてくれていた。  いつの間にやら俺の周りには、ブラウを探していた騎士達をはじめ、谷底にいた騎士のほとんどが集まりつつあった。  これもひとえに、リンの髪色が鮮やかで目を引くからかな。  ゴツゴツした岩に遮られたこの場所は視界が悪くて、倒れたブラウとしゃがみ込んだ俺では岩の影にすっかり隠れてしまう。  しかし、リンがいつものようにピンと背を伸ばして俺の後ろで立っていたおかげで、1人、また1人とリンの青髪を目印に騎士達が集まってきた。  いくらか人が集まると「集合かな」という気がするのか、集団行動に慣れた騎士達は自然と集まってきてしまうわけだ。  流石に、まだ貧血で動けないだろうケーゲルさんやシオンの姿はないけど。  人がこれだけ集まっても、俺の周囲は静かだった。  治癒術に集中力が必要なことを理解している騎士達は、一言も漏らさずに術の終わりを待っている。  ポツポツと紡がれるブラウの言葉は、体を揺らさないよう必要最小限の音量で、なんだか雨音みたいだった。  その瞳からはまだ今も、時折透明な雫が零れている。 「そうして、オイラはここで倒れました。オイラからのご報告は以上です」  ブラウの報告に、リンが深く頷くと俺の代わりに答えた。 「騎士達は全員無事だ、安心しろ。これにはお前の働きが大きい。後ほどケイト様からもお言葉を賜るだろう」 「はい」 「……」 「……」 「……」 「……?」  この2人、またなんか相手の発言待ちみたいな空気になってるんだけど……。  もうあとちょっとだから、笑わせないでもらえるかな……。 「……それで、お前はどうして泣いているんだ」 「ああ、そうでしたね。…………どうして、オイラ泣いてるんでしょうか……?」  それは本当に、不思議で仕方ないみたいな声だった。  もしかしたら、ブラウは安堵や喜びでも涙が出ることを知らないんだろうか。  これは、ブラウに尋ねるより、俺達が教えてやるべき事なのかもしれないな。 「ええと……、オイラは、今まで死ぬのって別に怖くなかったんです。むしろ、生きてんのより楽になれんじゃないかなって、思ってたくらいで……」  おお?  えらいぞブラウ。  ちゃんと自分が考えてる事を探して言葉にできてるじゃないか。 「でも、ケイト様とクロイスちゃんがオイラを撫でてくださって。騎士様方もオイラに優しくしてくださって……。世の中に美味しいものがいっぱいあるって知って、まだ食べたことない物に出会えるのが、楽しくて……」  そういえば、最近は一部の騎士達が、野営の時もお決まりのポトフにあれこれ入れては、ブラウの反応を見て盛り上がってたなぁ。  きっと、初めての味を食べる度に、目をキラキラさせて喜ぶブラウが可愛いんだろう。  ロウフォード領地で完全にブラウの身柄を引き受けた後、俺は4班以外の騎士達にもブラウを紹介した。  それからの3か月弱で、ブラウは何度もその耳で騎士達を助けた。  ひょろっと細いが身長170センチほどのブラウは、俺から見て小さくはない。  けど、それより背の高い者達の多い騎士達の中では若干小柄に見えるのか、それとも素直な性格からか、時に揶揄われ、時に撫でられて、今では騎士団のマスコットキャラクターのような存在になっていた。  ロウフォード領地で諜報員の育成施設に突入した騎士達は、ブラウの年齢よりも随分と幼い様子や、屈託のない甘えた笑顔の理由を察していたんだろう。  シオンにケーゲルさんがいてくれたように、ブラウにも目をかけてくれる騎士達が何人かいたおかげで、うまく騎士団に馴染めたようだ。 「オイラ、生きるの楽しいなって、生まれて初めて思ってたんだなって、気づいて……」  ブラウの紺色の瞳に滲む涙の粒が、大粒になる。  それに合わせて、周囲からも小さく鼻を啜る音が聞こえた。 「体が動かなくなって、オイラこのまま死ぬんだって思ったら、すげぇ……震えるくらい、怖くなったんです……」  ……ブラウは死ぬのが怖かったのか……。  俺の脳裏に、キリアダンの聖女の部屋で、あっさりと自決しようとしたブラウの姿がよぎる。  あの頃のブラウは、痛い目に遭うくらいなら死にたいって思ってたんだよな……。 「こんなに怖いって思ったの、オイラ、生まれて初めてで……。死ぬの嫌だなって、もっと生きてたかったのにって思って……、もう一度だけでも、ケイト様に撫でてほしいって思って……」  ああ……。  ブラウはもう、あの頃のブラウじゃないんだね。  痛い目に遭う可能性を理解した上で、騎士達の命を守るために。  恐怖を堪えて、自分の判断で動いたんだ。  俺は、最後の傷を塞ぎ終えると、回復魔法に切り替える。  少なくともあと2回はかけておかないと起き上がれないだろうな。  それほどまでに、ブラウの出血は酷かった。  既に致死量を超える血を流していたブラウが、俺が来るまで堪えていてくれたのは奇跡に近い。  死にたくないと強く願うその心がなければ、きっと難しかっただろう。  俺は、手早く回復魔法を2度かけてから、ようやく口を開いた。 「そうか、怖い思いをしたんだね。俺が来るまで、よく待っていてくれたよ」  優しくブラウの頭を撫でて、それから涙で濡れる頬も撫でる。 「生きることを諦めないでいてくれて、ありがとう。ブラウが沢山頑張ってくれたから、俺も皆も、誰も悲しい思いをしなくて済んだんだ。……もう、ブラウにも分かるよね?」  微笑んだ俺の言葉に、ブラウはコクコクと懸命に頷いた。  全身血まみれのブラウに浄化をかけて、血と汚れを洗い落とす。 「リン、ブラウをゆっくり起こしてやってくれる?」 「はい」  ブラウを起こすためにしゃがんだリンと、距離が近くなる。 「リン、ちょっとだけ、ごめんね?」  小声で謝ると、リンは俺の目を見て一度瞬いて、それから苦笑してくれた。  だって、怖くてたまらなかったと泣くブラウを、このままにはしておけないよ。  リンに支えられて上半身だけ起き上がったブラウを、俺は優しく胸に抱き寄せる。  途端、周囲の騎士達がどよめいた。 「ブラウがいてくれて、俺はとても嬉しいよ。おかえり、ブラウ」 「……ケイト様……」  ぎゅっと力を込めてブラウを抱き締めると、ブラウの心臓の音が伝わってきた。  ああ、本当に、ブラウが生きていてくれてよかった。 「騎士の皆を守ってくれて、ありがとう。本当に……よく頑張ったね」  優しく頭を撫でながら伝えると、ブラウはとうとう声を上げて泣き出した。  ようやくホッとしたんだろう。  安堵から泣くのも、ブラウには初めてのことなんだろうな。  ああでも、まだ体内の水分が少ないのに、あんまり泣いたら足りなくなっちゃうよ。  俺はブラウから体を離して「あと2回、回復魔法をかけるね」と伝える。  リンが「3度は必要かと思われます」と補足してくれるので「じゃあ4回かけちゃうか」と言って、俺は回復魔法を高速で4回かけた。 「はい、出来たよ。俺はまだシオンとケーゲルさんの治癒があるから、しばらくそこで休んでいてね」  俺が立ち上がった途端、ブラウは周囲を囲んでいた騎士達にもみくちゃにされた。 「ブラウゥゥゥゥゥゥ!」 「死んだかと思ったじゃねーかよ!」 「お前の人生不憫過ぎんだろ!?」 「心配かけやがって!」 「俺も頭撫でてやるからな!」 「羨ましいことしてもらいやがって」 「ケイト様と間接ハグだ!」 「おい、不埒な奴が混ざってるぞ!」 「ブラウのおかげで俺達も助かったよ」 「本当によく生きてたなぁ、偉いぞ」 「後でクッキー食わせてやるからな」 「飴もあるぞ?」  ブラウはあまりに一斉に喋られて驚いたのか、涙が引っ込んでしまったようだ。  甲冑の男達に押し潰されそうなブラウが、まだ涙の浮かぶ瞳で嬉しそうにへらっと笑う。 「……えへへ……」 「っ、……可愛いな!?」 「お前知らねーのかよ、ブラウはめちゃくちゃ可愛いんだぜ?」 「なんだお前ブラウ撫でたことねーのかよ、すっっげぇ蕩けた顔で笑うんだぜ?」 「いや待て、なんだそれ」 「癒されるんだって、マジで」 「アニマルセラピー的なやつ」 「なんでだよ」 「ほらブラウ、俺の膝においで」 「こら、ケイト様が休んどくように言ってたろ」 「俺の膝で休ませてやるからいいんだよ!」 「うわ、そんな素直に乗っかっていいのかよ!? むさいオッサンの膝の上だぞ!?」 「むさいオッサンって、お前も似たようなモンだろうが。よーしよしよし、ブラウは可愛いなぁ。今日は大変だったよなぁ、いっぱい頑張ってえらかったぞぉ」 「うわ……目ぇ細めてる、可愛い……」 「え? え? じゃあむさいオッサンの俺の膝でもこんな甘え切った顔してくれんの?」 「んー、最初は難しいかもなぁ」 「撫で方にコツがあるんだって」 「コツ!?」 「そう、ブラウは撫でると喜ぶポイントとか、好きな撫で方があってさ……」 「おい! いきなりバラすなよ! そういうのは自分で見つけるもんだろ!?」  ……一体なんの話をしてるんだろう……。  なんか、今回の件でブラウのマスコット化……というか愛玩動物化……? が、さらに加速してしまった気がするな……。  まあ、ブラウがそれで困らない間はいいんだろうけど……。  うーん、一応後でドルーグにも声をかけておこうかな。  ブラウにはまだ倫理観とかが足りてない気がするからなぁ……。  俺は、ブラウの成長を喜ばしく思うと同時に、新たな心配の種も抱えつつ、シオン達の元へと向かった。

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