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なでなでブーム

 途端に、リンに抱き上げられる。  んん? 足元が岩場で歩きにくかったからかな?  次の瞬間、リンの胸へ、きゅう、と優しく抱き締められて、なるほど、と思った。  これはあれだ。  さっきブラウを抱きしめた分の、リンのささやかなヤキモチだ。  俺にも、恋人の前で別の男を抱きしめたことへの罪悪感は十分にある。  必要だと思っての行動ではあるけど、俺がリンの立場でも、やっぱり嫌だよな。  リンにおろされるまでは大人しく抱かれていようと思った俺は、リンの腕の中で目を閉じる。  すると、リンのそばでもうひとつ足音が鳴っていることに気づいた。  リンと同じ護衛騎士の甲冑の足音だ。  誰だろう、と顔を上げると、副団長のゼクオールさんが非常に微妙な顔をしていた。 「あー、ええと、お取り込み中に申し訳ありません、ご報告をと思いまして……」 「こちらこそ、お気遣いありがとうございます。報告をお願いします」  ゼクオールさんから、俺がブラウから聞かなかった部分の、騎士達の戦いについての報告を受ける。  え……?  えーと……つまり……? 「シオンに並々ならぬ執着を見せる男が2人で、シオンをかけて決闘をして、ケーゲルさんが勝った……って認識で、いいんですか?」 「はい」  えっ、合ってる?  本当に?  そ、そうなんだ……。  じゃあ、騎士団の人達って、運悪く私怨に巻き込まれただけってこと……?  いやまあ聖球は聖球で狙われていたようではあるけど……。  報告を聞く限りでは、聖球は本命というよりも口実のような扱いに聞こえた。 「聖球は全部回収できていますし、騎士団員にも欠けはありません。怪我人はケーゲルのそばに集めていますが、命に関わる怪我はありません」 「そうか、よかった。報告ありがとう」  俺が感謝を伝えると、ゼクオールさんはクルリと踵を返した。  ゼクオールさんの後ろで括られた青緑色の髪が半円を描くようになびく。  ケーゲルさんのそばには、座り込むシオンと、ソーンと、そんなソーンに何やら訴えているリーアがいた。  リーアは今回のメンバーの中では一番の巻き込まれ被害者だよね……。  非戦闘要員なのに、ずっと剣戟の只中にいたんだから……。 「いい加減に観念して、傷口をお見せください」 「大丈夫だってぇ。もうケイト様が来てくださるからさぁ。包帯が勿体無いってばぁ」 「ですが、いつまでもそのままでは……」  どうやらリーアがソーンに包帯を巻こうとしているものの、ソーンに断られているようだ。 「ごめんごめん、待たせたね。ソーンも怪我したの? 珍しいね」  一度、火事の時に寝過ごして丸焦げになったソーンを治癒したことはあるけれど、それより前にも後にも、ソーンを治癒する機会はなかった。  ソーンは、実戦はもちろん、訓練でも怪我をしない。  噂では、真面目に戦えば騎士団長より強いんじゃないかという話まであるソーンが怪我をするなんて……と思ってから、ソーンは今日ずっとリーアを庇いながら戦っていたのか、と理解した。  リーアが少しでも早く手当てをしようと必死になっていたのも、ソーンの怪我に責任を感じていたからか。 「傷を見せてくれる?」 「いいですけどぉ……。ちょっと、恥ずかしいって言うかぁ……」  ソーンはもじもじとした仕草でリーアに視線をチラと投げた。 「リーア、俺がいいって言うまでこちらを見ないでいてくれるかな? ちょっと服を脱がせて治癒するからね」  実際は服なんてあってもなくてもそんなに変わらないけど、俺はソーンの希望に沿うことにした。  ソーンの太腿の刺し傷は、思った通り、見た目よりも深かった。  治癒を回してみたら、表側から刺されて裏側へと貫通していたのだと分かる。  それを、表も裏も火で炙って出血を止めてあったのか。  とはいえ中は切り裂かれたままなのに。  よくこれで平気な顔していられたな……。  ソーンはリンと一緒で、火の魔法を使う人なんだなぁ。  火の魔法を使う人は火にある程度の耐性があるって聞くけど……、それで、火事の時もあの状態で生き残ってたんだろうか。  けど、怪我らしい怪我はこれひとつみたいで、他には本当に小さなかすり傷くらいしか残ってないな。  俺は治癒をかけ終えてから、ソーンの耳元にそっと囁く。 「リーアを守ってくれてありがとう。人1人守って戦うのは大変だったよね、本当にお疲れ様」  ソーンはいつもの眠そうな顔でふにゃっと笑って、俺に負けないくらい小さな声で言った。 「ケイト様も、俺を治してくれてありがとうございます。えっとぉ、もしよかったら、ご褒美になでなでしてもらえますかぁ?」 「ふふ、いいよ」  そのくらいの事、お安いご用だよ。  俺はソーンのもさもさした紫色の髪をたっぷり撫でてやった。  なんだか、ブラウの影響で騎士団になでなでブームが来ているんだろうか。  以前、ソーンのいる8班のメンバーは、リーアの救出の際に全員頭を撫でたんだよね。  それから、ソーンはどうも撫でられることにハマっているようだ。  まあ、撫でる方にハマりつつある人もチラホラいるみたいだし、需要と供給が噛み合うといいんだけどね……。  ……いや、いいのかな……?  聖女の護衛騎士達になでなでブームが来ても……? 「ケイト様、シオンさんの怪我も治してやっちゃくれませんか?」 「ああごめん、すぐ治すね」 「ケーゲル、ケイト様を急かすんじゃない」 「大丈夫だよシオン、むしろ最後まで待たせちゃってごめんね」 「いえ、私の怪我など大したことはありませんので……」  そういうシオンだけど、いざ治癒をかけてみると、怪我の数は多かったし、背中と腕の怪我はそこまで深くはないものの、浅いとは言えないものだった。  鉤裂きみたいにギザギザに傷つけられていて、これは痛かったんじゃないかなぁ……。  ケーゲルさんの腕の傷もこんな風にギザギザになってたな。  スパッと斬られているよりは断面が合わせやすくて助かったけど、痛みはこっちの方がずっと強いだろう。  それにしても、騎士達は普段、悪党相手と言えど、殺すよりも捕縛する数の方が多いのにな。  今回は、逃げた者はいたらしいけど、それ以外は皆殺されてるって言うのが……、なんだか怖いな……。  目的が『聖球を奪うこと』から『騎士を殺すこと』に変わるだけで、こんなに結果が変わってしまうのか……。  殺意っていうのは怖いな……。  その首謀者の男は、夜番の騎士全員を殺してでも、シオンが欲しかったんだ。  俺は治癒を終えると、魔力をブレスレットから補いながら尋ねる。 「……ねぇシオン、答えられる範囲でいいんだけど、今回の件でいくつか尋ねてもいいかな?」  答えを待ちながら、続けての治癒でクラクラする自分の頭に浄化をかけて、回復も一度かける。  合間に、リーアにも「お待たせ、もうこっちを向いていいよ」と声をかける。  シオンは治癒の礼を真摯に伝えてから、俺の問いに答えた。 「はい。何なりとお尋ねください」  答えをもらって、俺はリンを振り返る。  リンはひとつ頷くと、遮音をかけてくれた。  効果範囲の中には、俺とシオンとリンだけだ。  ケーゲルさんは顰めっ面でこちらを見ているけれど、強引に入ろうとはしなかった。 「今回、シオンを狙っていた人はシオンの知ってる人だったんだよね? どんな人だったのか聞いてもいいかな?」

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