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夕暮れの教会

 *** 「ケイト様、到着します」  優しい声に起こされて、俺は目を開いた。  俺はいつの間に眠ってしまっていたんだろう。  目の前には、リンではなくシヴァルがいた。  シヴァルの隣にはクロイス。  俺の隣にはアンナ。  聞き慣れた馬車の車輪の音と振動が身を包んでいる。  ああ、移動中の馬車の中だ。  3人は、どこか心配そうな顔で俺を見ていた。  そういえば、俺が「ちょっと寝るね」って宣言しないまま寝てしまう事って、今までになかったっけ。  俺は3人を安心させるように、にっこり微笑む。 「シヴァル、起こしてくれてありがとう」  窓の外を確認しようと顔を動かすと、俺の顔に西日があたらないよう閉めてあったのだろうカーテンを、シヴァルがすぐに開いてくれた。  既に馬車は町に入っていて、夕焼けに染まる町並みの向こうに、背の高い教会の塔の部分が見えた。 「ようやく帰りついたんだね……、誰1人欠くことなく……」  その事実に、どうしようもなくホッとしてしまう。  元聖女として付き添う巡礼に比べると、各町での歓待や慰問、町中での浄化に式典と、聖女として参加した8か月間の巡礼はやっぱり桁違いに濃厚だったな……。 「減ってはおりませんが、3名増えましたね」  アンナがそう言って笑ってくれる。  増えた3人のうち、シオンはケーゲルの家での同居が決まっている。  リーアは『できれば教会で侍女に教育指導を行う仕事がしたい』と本人が言うので、ケヴィンスさんに相談の手紙を送っておいた。  詳しくは着いてから相談する予定だ。  ブラウについては、まだ俺の目の届く範囲に置いておきたいから、俺が生活費を負担する予定だ。  ……とはいえ、その資金自体はルクレイン家からの支援金なんだけどね。 「あ、忘れるところだった!」  俺の声に3人がびっくりした顔をして俺を見た。  ごめん、声がちょっと大きかったかな。 「クロイス、ヒアッカがブラウを捕まえようとしてるみたいなんだ」  俺の言葉にクロイスは怪訝な顔で首を傾げた。 「どうやらヒアッカは、クロイスがブラウのことを好きなんだって勘違いしてるみたいだよ?」 「…………は……???」  クロイスの、ロイス譲りの綺麗な碧眼が唖然と見開かれる。  それから、頭を抱えたクロイスが、幼さを残した顔をくしゃくしゃに顰める。 「なんでまた……そんな誤解を……」  悲しみよりも苛立ちの強いその声に、これはクロイスよりもヒアッカの方がよっぽど自覚が足りていないんだなと理解する。  すっと俺に顔を向けた時、クロイスは一瞬前とは違う、一人前の護衛騎士の顔をしていた。 「ケイト様、教えてくださってありがとうございます。この件は私が責任を持って引き受けます。安全が確保でき次第ご連絡しますので、それまでブラウさんにはなるべくヒアッカに近づかないようお伝えください」  背を伸ばして言うクロイスに、俺はこの巡礼での彼の成長をヒシヒシと感じた。  ああ、一回りどころじゃなく、クロイスは心も体も大きく成長したんだね。 「わかった、クロイスにお任せするね。良い報告を期待してるよ」  俺の言葉に、クロイスはちょっとだけ目を見開いてから、ゆっくり微笑んだ。 「はい、頑張ります」  どこか余裕すら感じさせるクロイスの表情が眩しくて、俺は思わず目を細めた。  ***  予定では昼過ぎに教会に戻るはずが、聖球を……というよりもシオンを狙ったゴタゴタのせいで、実際に教会についたのは夕方だった。  それから大慌てでケヴィンスさんを捕まえてリーアの事を相談した。  リーアは名前を変えて『リアナ』という名で働くことになった。  念のため、外見も幻術で少し色を変えておこうという話になっている。  リーア……改めリアナの部屋は既に手配されていた。  さらに教会にはケヴィンスさんの縁故雇用という形でケヴィンスさんの部下としての採用が周知されているらしい。  俺もリアナも、ケヴィンスさんの心配りに改めて感謝した。  リアナをケヴィンスさんに預けて、これでやっと夕飯にありつけると思ったところで俺はマルコメロ司祭に呼び出された。  今年の巡礼の評判がすこぶる良いと、満面の笑顔と揉み手で迎え入れられて、俺はペコペコのお腹を抱えながらも、なんとか愛想良く返事をしつつ、騎士達の待遇改善と浄化や加護の使い方についての周知徹底だけは求めて、退室しようとした。  この人ともいずれ決着をつけないといけないだろうけど、今ではないよな。  治癒の疲労が残っているのかあんまり頭も回らないし、今はとにかく、早く夕飯が食べたい。 「いやそれにしても、何やら大きく……、いえその、ご成長なされた様子で……」  マルコメロ司祭の視線が、入室してすぐから俺の胸に張り付いているのは気付いてたんだけど、まさかそれを口にされるとは思わなかったなぁ。  ヒヤリと冷たい気配が俺の背後から漂って、マルコメロ司祭の顔色が青くなる。 「厳しい巡礼と、それを支えてくださる献身的な護衛騎士の皆さんのおかげで、私も一回り精神的に成長できたようです」  にっこり微笑んで返すと、マルコメロ司祭がしどろもどろに「そ……そう、そうですか、それは何よりです」と答える。  俺は優雅に微笑んでカーテシーを披露しつつ「お話はここまでのようですね。それでは、私は失礼いたします」とマルコメロ司祭の部屋を後にした。 「聖女様……」  廊下を大股で進んでいると、リンがどこか思い詰めたような声で俺を呼んだ。  司祭の部屋では相変わらずランプはもらえなかったけど、今回は部屋を出る際にアンナがちゃんとランプを持って出てくれたので、廊下は明るく照らされている。 「うん?」 「その……、人前ではケープかポンチョを着用なさる方が、よろしいのではないでしょうか……」  リンの言葉には、アンナも力強く頷いていて、ランプがゆらゆらと揺れている。 「うーん……そうだね。面倒だけど、そうしようか」  女の人って大変だなぁ。  この経験は、胸の大きな女性役をする時には役立ちそうだ。  そう思いながらも、俺がそんな役をもらうことはまずなさそうだけど、と、胸中で苦笑する。  すると、ぐぅぅ、とお腹が鳴ってしまった。 「お部屋に戻る前に、私は厨房へ寄って食事をとってまいりましょうか?」 「ああ、お願いしてもいいかな。俺もう腹ペコでさ……」  普段はそんなにお腹は減らないんだけど、魔法を使うと途端に空腹を感じるんだよな。  中庭に差し掛かったところで、向こうから元気な甲冑の足音が駆け寄ってくる。 「ケイトさ……っっ、じゃなくて、聖女様ぁっ! おかえりなさいませ!」  薄闇に包まれた中庭の中でも、鮮やかな赤髪が元気に跳ねる様は目を惹いた。  オレンジ色の瞳をキラキラと輝かせて俺に駆け寄ってくる聖騎士の姿に、思わず笑みがこぼれてしまう。 「やあエヴァン、久しぶりだね。元気にしてた?」 「はいっ、元気に教会を守ってましたよ!」 「あはは。ありがとう、お疲れ様」 「聖女様のお夕飯がまだだって聞いたので、3人分のお食事をお部屋に届けておきました」 「それは助かるよ、ありがとう。あ、部屋にはシヴァルがいたんじゃない? 会った?」 「はいっ、元気そうで安心しました。ケイトさ……じゃなくて、聖女様のおかげですっ」 「騎士の皆が頑張ってくれたからだよ。ご両親にもよろしく伝えてね」 「えーと……、父さんと母さんは最近あんま家にいないので、あっちに行く方が会えるかもですよ?」  あっち、と指さされたのは教会の裏山だ。  まさか、エミーもシルヴィンも、揃ってうちの父さんにこき使われているんだろうか……? 「あっ、大丈夫ですよっ、父さんも母さんも楽しくやってるみたいなんで! むしろ老後の楽しみが増えてよかったんじゃないかなって俺も思ってますっ」  俺はよっぽど怪訝な顔をしてしまったのか、エヴァンがわたわたと補足してくれる。 「うちの父さんが2人に迷惑かけてないといいんだけど……」  俺の呟きに、エヴァンは微妙な表情で苦笑した。  うん、ごめん、やっぱり何か負担をかけてるんだな……。  今日はもう無理だけど、明日は朝一番に……って、朝一番は衣装部さんのところへ、帰還式典用の衣装のサイズ修正作業があるんだよね……。

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