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魔法のある世界
ほとんどの聖女は行きも帰りも同じサイズなので、既に衣装は仮縫いが終わっていたらしい。
けど、ほんの時々、俺みたいに巡礼の途中で心を大きく成長させてサイズが変わる聖女もいるとかで……。
イレギュラーではあるものの、一応衣装部の想定の範囲内ではあるらしい。
そんなわけで、明日は朝一番で、衣装部に顔を出すよう要請されていた。
本当にごめんなさい。
いきなり5センチも伸びちゃって、体格も変わっちゃって、ごめんなさい。
そんな気持ちで俺はその要請を受けた。
だから明日は、早くとも昼前くらいまでは衣装部さんに拘束されそうなんだよなぁ……。
皆さんこだわりの職人集団だからな。
俺の外見がこうなってしまったら、下手すると衣装のコンセプトから見直し始める可能性……うん……、十分あるよな……。
「聖女様?」
リンの声に顔を上げると、もう部屋の前についていた。
エヴァンと別れた後、俺は衣装のことを考えながら俯いて歩いていたらしい。
リンが開いたまま待っている扉をくぐる。
教会の奥にある聖女の部屋は、俺にとっての自室だった。
ようやく夕食をいただいてから、アンナが淹れてくれた食後のお茶に口をつけようとしていたところへ、コンコン、とノックの音がした。
こんな時間に誰だろう。
アンナが答えて扉へと向かう間に、俺の隣でソファに座っていたリンが、スッと立ち上がって俺の後ろに回った。
部屋の隅にはブラウ、部屋番には6班の皆がついてくれている。
普段ならもうとっくに夜番の担当時間だけど、今日夜番は全員日中に戦っていたので、今夜は6班がいつもより遅くまでついて、明日の朝は5班がいつもより早めに入ってくれるらしい。
チラとリンの顔を見上げると「団長です」と囁いてくれる。
そうか、団長かぁ……。
って、なんでそんなことがわかるの?
足音?
俺には聞こえなかったけど……?
アンナに案内されてリンの言葉通り団長がやってくる。
「ケイト様、こちらが護衛騎士の死亡者名簿となっております」
ずっしりした羊皮紙の束には、表に『聖女護衛騎士団の死亡者名簿 4000年~』と書かれている。
こ、これ1000年単位でまとめてあるんだ……?
実際の重み以上に、歴史による重みを感じてしまうな……。
「そちらが原本となります。100年おきに写しを取る習わしがありますが、今回は間違いがあってはいけないと思い、原本をお持ちしました」
騎士団長のヴィクトルさんの気遣いに、感謝を伝える。
「ありがとうございます、わざわざお持ちいただいてしまってすみません」
「こちらこそ遅い時間に申し訳ありません。その……、そちらは持ち出し禁止書類となりますので、ご確認いただいた後に、また持ち帰らせてください……」
言いにくそうなヴィクトルさんの言葉に、なるほどと思う。
「わかりました、しばらくお待ちくださいね。アンナ、お茶をお出しして」
「はい」
アンナが、ヴィクトルさんにお茶やお茶受けの好みを尋ねている。
その間に、俺は名簿をそっと捲った。
いくら羊皮紙が紙より頑丈とはいえ、もう846年も前から使われている資料だから、壊さないようにしないと……。
松本さんが安否を心配していた護衛騎士のエストさんは、確か4441年から4442年になる年に巡礼に出ていて、その頃20歳になる青年だったはずだ。
4441年から4466年までの間に名前がなければ、無事定年したってことだよな。
えーと、4441年、あった。
ここから……。
しかし、その名前はすぐそこに書かれていた。
『4441年、11月6日、エスト生死不明』
……ん?
俺は前後の記録を確認する。
死亡日やどんな怪我でといった内容が並ぶ中、生死不明も確かにほんの時々出てくるけど……。
俺の後ろから手元を覗いていたリンを見上げる。
リンも訝しげな表情をしていた。
あ、そうだ、ロイスの時はどうだったんだろう。
えーと4820年から4821年だったよね?
いや、こっちは死亡って書かれてるな。
遺骨や遺品を後ほど回収したって話もちゃんと書かれてる。
「じゃあ生死不明っていうのはつまり……、死体が出てないって事か」
俺の呟きに、リンが「そうですね」と答える。
俺はなんの気なしにパラパラと最新のページまで名簿を捲る。
すると、最近に近づくにつれて……。
「というかここ8年くらいの死亡者多くない……?」
俺の呟きに、騎士団長は視線を落として「はい……」と申し訳なさそうに同意した。
「いやいや、ヴィクトルさんはよく頑張ってると思いますよっ!?」
「マルコメロ司祭が就任なさったのが8年前です」
部屋番をしていたシヴァルがさらりと告げる。
あああああ、そうかぁぁ……。
確かに、浄化での索敵や加護の重ねがけも知らないままの聖女との巡礼となれば、そりゃ厳しいよ……。
……ごめん、やっぱり俺、あの人好きじゃないな……。
というか来年とか再来年は俺がいけるとしても、再来年以降はどうなるんだ。
なんとかして聖女に十分な知識を引き継げるようにしないと……。
俺は、今年一緒に回ってくれた騎士達の誰1人として、この名簿に名を連ねてほしくないよ……。
「はぁぁぁぁ……」
思わずこぼれてしまったため息に、ヴィクトルさんがどこか寂しげな顔で口を開いた。
「ケイト様……、どうぞご無理をなさらないでください。ケイト様が我々を思ってくださるお心は、皆大変嬉しく思っております。ですが…………」
そうなんだよな。
俺はいつまでもここにいられるわけじゃない。
彼らは、俺がいなくなっても、ここで生きていかなきゃいけないんだから。
俺のやり方に慣れてしまったら、この先が余計大変になってしまうよな……。
でも、俺だって、出来る限りのことはしたい。
俺は、名簿をもう一度捲り直すと、爽真君が担当していた4805年以降の死亡者を確認する。
やっぱりそうだ。
俺がマニュアルを作って、モンドベル司祭がそれをちゃんと新しい聖女に引き継いでくれている頃は死亡者が少ない。
この辺りは0が続く年にも関わらず、だ。
しかし、4820年を過ぎたあたりからまた名前が並ぶようになっている。
「……モンドベル司祭はいつ頃退任されたんですか?」
「モンドベル司祭ですか? 私が見習いになった頃には既にバハムール司祭でしたので、なんとも……」
答えを持たないらしいヴィクトルさんに代わって、シヴァルが手を挙げてこちらへ歩み寄る。
「母から聞いた話ですが……」
俺はリンを振り返って「リン、お願い」と伝える。
リンはすぐに俺とリンとシヴァルとヴィクトルさんを遮音で包んだ。
「モンドベル司祭様の葬儀は、空の棺で行われたと耳にしました」
ポツリ、とシヴァルからこぼされたのは、思った以上にきな臭い話だった。
「えええ、つまり司祭様は殺されたって事……?」
「私もずっとそう思っていたのですが、ケイト様と過ごすうちに、そうではない可能性に気づきました」
シヴァルの言葉に、リンが頷く。
「確かに。組織的な犯罪ならば、司祭は殺されたとして適当な犯人を仕立て上げ、その者の口を封じてしまう方がよほど安全だ」
「そうできなかった何かがあったって事か……?」
ヴィクトルさんが考え込むように呟く。
「母の話では、表向きはモンドベル司祭は高い崖から落ちたために死体の破損が酷く、棺に入れられたのは服だけという事でしたが……」
「それにしたって、普通は体の一部くらい入れるだろう」
ヴィクトルさんの言葉を聞いて、リンがシヴァルへ問う。
「柩は完全に空だったのか?」
「服や経典、杖などが詰め込まれたそうですが、遺体はなかったそうです」
「それじゃあ、遺体は殺人現場に埋まってるって事……?」
俺の言葉に、シヴァルがなぜか優しく微笑んだ。
あ……そうか。
「偽の葬儀だったって事か!」
俺が、命を狙われたリーアを死んだことにして連れ出したように。
「その可能性もあったのだと、私も今年ようやく気づきました」
え……?
じゃあモンドベル司祭様は死んだことになってるけど、死んでないかもしれなくて?
エストさんも、誰も死体を見ていなくて……?
もちろん、2人の年齢を考えれば、その時にうまく生き延びていたとしても、どちらもとっくに寿命で亡くなっているはずだけど……。
もしも……。
もしも、まだ死んでいないとしたら……?
この世界には魔法がある。
俺は、人の時間を止めたままにしておける魔法の存在を知っていた。
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