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癖のようなもの
帰還式を観るのを、あんなにあんなに、楽しみにしてたのに……、見られなかったのかな……。
ああ、可哀想に……。
「どうした?」
「いえ……その……、弟さんが……、今日の式を楽しみにしていたので……」
「ククク、聖女様は本当に我が弟の事をよぉくわかっているのだな……?」
それは……、この人は、カラサディオが式を観たがっていたことを知りながら、留守番を言いつけてきたって事なのか……?
「安心するがいい。アレも式までは共に目にした。私はアレがあんなにペラペラ喋るのを初めて聞いたよ。まあ、その後はまっすぐ馬車で帰らせたがな」
そうだったのか。
話もできずに帰ってしまったのは残念だけど、帰還式典が見られたなら良かった。
キリアダンの式典は見られなくて悔しがってたからなぁ……。
「ありがとうございます、ルド様」
「私に礼を言うのか?」
「はい」
だって、この人が行くなと言えば、カラサディオは来られなかったはずだから。
無理のある日帰りとはいえ、それを許してくれたのはこの人なんだろう。
「……」
うん?
リヴァルド陛下は俺の隅々までを観察するかのように、じっと俺を見つめている。
「弟に、髪色を変える術を授けたのは貴女だそうだな?」
「……はい」
なんだろう、幻術は悪者が使うって話かな……。
「私も使ってもいいだろうか?」
「はい、それはもちろん……」
わざわざ許可を取る必要があるんだろうか?
リヴァルド陛下がパチンと指を鳴らすと、侍従さんがサッとリヴァルド陛下のフード付きローブを脱がせて、後ろで控えていた男が魔術陣を展開した。
うわ、展開が早いな……俺の倍以上の速度で回る魔術陣が、リヴァルド陛下の髪色を鮮やかな青色に染めた。
リンと同じ、ルクレインの色だ……。
それでようやく、この部屋に立つ兵士の甲冑が5人ともルクレインの甲冑であることに納得する。
この人は、ルクレイン家の貴族のフリをして、ここに滞在するつもりなのか。
けど、代替わりをして間もない陛下が、そんなに長く城を空けていていいんだろうか……?
「いつまでここにいるのか、という顔をしているな」
「ぇ?」
俺って、そんなわかりやすい顔をしていただろうか。
両手で頬を押さえると、両腕がむにゅんと胸にめり込んでしまった。
あっ、失敗失敗……。
慌てて手を離したものの、リヴァルド陛下の視線は胸にじっと注がれている。
うう……、今日は衣装から着替えてすぐで、ケープも何も羽織ってなかったんだった……。
次の瞬間、リンの青いマントがひらりと俺の前に回された。
途端に、パッとリヴァルド陛下の視線が離れる。
「お寒くありませんか?」
リンの囁きに「ありがとう、羽織るものを借りてもいいかな」と調子を合わせて、そのままリンのマントを借り受ける。
アンナがすぐにマントを可愛く巻いてくれて、一芝居完了だ。
リヴァルド陛下が俺の胸を見つめてしまったのは、おそらく無意識だったんだろう。
これに関しては、うっかりとはいえ目の前で思い切り胸を寄せてしまった俺が悪い。
うん、全面的に。
リヴァルド陛下は、どこかバツが悪そうに視線を窓の外に向けたまま言う。
「城の事は、宰相がいればなんとでもなる」
宰相さん……父さんがお世話になっている人だな。
「むしろ、目の上のたんこぶがなくなって、今までよりも回しやすいくらいだ」
うーん……。
実の父親をそんな風に言ってしまうのか……。
2人がどんな関係なのかを知らない俺には何とも言えないけれど、聞いていて気持ち良いものではない。
「それに、私が留守だという隙があればこそ、ドゥクシオの本意も探れるだろうしな」
なんでこの人はこんなにペラペラと、そんな重要そうな話を俺に聞かせるんだろう。
この人は、俺に何をさせたいのか……。
「……ドゥクシオを、知っているのか?」
そして人の顔色を読むのがとことん上手い。
ここでいいえと答えるのは、余計に怪しまれてしまうんだろうな……。
「はい。多少ですが、以前ドゥクシオ様ともバリシアス様ともお話しさせていただいた事があります」
「ふむ……なるほど。そういう事だったのか……」
何が?
「いや、2人の態度が以前とはあからさまに違うもので、警戒していたのだが……、そうか……」
「?」
「2人とも、聖女様に影響を受けたということならば、警戒は残しつつも有効に使わせてもらうとしようか」
……どういうこと……?
「あの頭の固いダリスですら籠絡した聖女様だ。まだまだ純粋な小僧と小娘を落とすくらい訳もないという事か」
なんだかいちいち言葉選びに棘のある人だなぁ。
俺が内心でため息を吐くと、リヴァルド陛下はくしゃりと顔を歪めた。
苦笑いというよりも、泣き笑いに近いそんな顔に、胸が詰まる。
「すまないな、これは癖のようなものだ。特に貴女の前では……、自分を強く持っていなければ、今すぐにでも、貴女に縋りたい気持ちにさせられてしまいそうなのだよ……」
リヴァルド陛下の言葉は、まるで俺に助けを求めているように聞こえた。
「……あなたは、私にどうしてほしいんですか?」
返事の代わりにリヴァルド陛下からは、ひゅっと息を呑む声だけが聞こえた。
赤い瞳が微かに揺れている。
この答えを絶対に間違えてはいけないのだと、必死に計算しているような、そんな沈黙。
「それを尋ねてどうしようというんだ? 聖女様が私の願いを叶えてくれるとでも……?」
「場合によっては、ですね。私が助けるべきだと思ったなら、私はあなたを助けます。それに、取引の対価としても、私はリヴァルド陛下に協力をするとお約束しているはずです」
ピリ、肌を刺すほどの緊張は、リヴァルド陛下からだけではなく、周囲に立つ人々からも漏れ出ていた。
「……私は、貴女にとって耳触りの良い答えを、いくらでも返せるだろう。それでも構わないのか?」
そんなこと言われてもなぁ……。
「そうだとしても、私は尋ねます。会話をしなくては、あなたのことも誰のことも救えないでしょう?」
俺の言葉に、リヴァルド陛下は「そうだな……」と呟いて、ゆっくり息を吐いた。
「君は……眩しいな……」
「え?」
俺、今、光ってるっけ?
そういえば、昨日電話で浄化を使いすぎるとそこが光り出すって昨日蒼が言ってたな。
『セリクのケツだけ光り出したらヤバイから、最近は全身浄化するようにしてる』
って言われて、どれだけ偏った使い方してるんだよって思ったんだよね……。
「私に、貴女の本当の名を呼ばせてもらえないか?」
えー……と。
カラサディオ達は俺の名前を伝えなかったんだろうか?
「サディオもダリスも、君に忠誠を誓っているようでな?」
いや忠誠は誓わせてないけども。
……リヴァルド陛下はカラサディオの事をサディオって呼ぶのか。
「諜報から君の名の情報は持っているが、君の許しが欲しい」
別に断る理由はないけどな……?
「私の名前は芦谷圭斗、ケイトと呼んでくださって構いません」
「アシャ、ケイト……? 初めて聞いたな。君をアシャと呼ぶ者はいないのか?」
「そちらは家名ですので、父と被ってしまいますから」
俺が聖女ミノルじゃないと知っているなら、父のことも知っているだろう。
弟の事はまだ伏せておくけど……。
「ふむ、ならば人前でアシャと呼んでも間違いではないわけか」
リヴァルド陛下は、考えるような仕草で緩く握った手の人差し指の脇で顎を撫でる。
それから、不敵に笑って言った。
「ケイト、君のことはプライベートではケイトと、公ではアシャと呼ばせてもらおう」
別に何でもいいけど……。
わざわざそう宣言されると、今はプライベートだぞって言われてるみたいで、妙に意識してしまいそうなのが嫌だ。
……わざとなんだろうか。
「ケイト……優しく美しい、良い名だな」
ニッと片方の口端だけを持ち上げる不敵な笑みは、リヴァルド陛下にやたらと似合っている。
「あ、ありがとうございます……」
そんな風にじっと目をのぞき込まれてしまうと、……っ、なんか……、照れるな……。
頬が熱くなってしまいそうで、俺は視線を外してこっそり深呼吸をする。
リヴァルド陛下から、クククと喉の奥で笑う声がかすかに漏れる。
うちの弟も悪役っぽい笑い方をするけど、この人もそうだよなぁ……。
なんというか、とても静かに笑う人だ。
「改めて名乗ろう。私は、リヴァルド=ロル=フロウリア。このフロウリアの王だ」
「リヴァルド様……、とても素敵なお名前ですね」
その名前からは、強くて凛々しくて、でも本当はカラサディオみたいに優しい人なんじゃないか、そんな印象を受けた。
この人はきっと、この人なりに、苦労をしてきたんだろうな。
王様らしくある事は、多分……そう簡単なことじゃないんだろう。
「どうしたことだろうな。自分の名が、こんなにも素晴らしい物に思えたのは初めてだ」
そう言って、はにかむように小さく微笑んだリヴァルド陛下は、ほんの一瞬だけ、どこにでもいる1人の青年に見えた。
そんな姿に、俺もつい微笑んでしまう。
30代以上にも見えるほどの貫禄は、彼が努力で身に着けたものなんだな。
一瞬だけ垣間見えたリヴァルド陛下は、20代らしい無邪気な空気を纏っていたから。
すると、リヴァルド陛下は俺の顔を見つめたまま固まってしまった。
「……ケイト……。君は……、とても美しい人だな……」
「え?」
「ああ……本当に……綺麗だ……」
「あ、ありがとう、ございます……?」
なんか俺って、この顔の系統の人だけに効くフェロモンでも出てるんだろうか……?
それとも、カラサディオがダメだった『聖女をメロメロにしよう大作戦』をリヴァルド陛下が引き継ごうとしてるんだろうか……?
「まずは、ケイトに頼まれていた件について、報告をしよう」
ふ、と真顔に戻ったリヴァルド陛下に、俺も気を引き締める。
「ケイトの探していた元聖女は2人とも私が保護し、今回ひそかに移送してきた」
もう連れてきてくれたのか!
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