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俺は浮気なんてしないからな!?

「ありがとうございます!」 「ケイトは、元聖女を元の世界に帰すのが目的なのか」 「それは本人次第ですが……。意に反した状況にいる場合は、助けたいと思っています」 「では、ケイトがそういった任務を受けているというわけではない、と?」 「はい、これは私の意思です」 「ふむ……。それならば喜んでもらえるだろうか? 王城の地下施設には元聖女が他にも4人隠されていた。計6名を我々は移送してきた」  そんなに大勢の元聖女が……、城の地下にいたのか……。 「……ありがとうございます……。……あの、皆さんの様子は……」 「心配いらない。施設の者も聖力は心の力だと理解していたのだろう。全員丁重に扱われていたようだ」  ああ、それだけでも、よかったとは言えるかな……。 「ケイトは全員の引き渡しを望むのか?」  タダでは渡さないぞって事か。  そりゃそうだよな。  言い方は悪いが、国にとって元聖女は重要な財産なんだろう。 「本人達の意思次第ですが……」  けど、そんなに大勢の元聖女の対価として、俺にできることなんてあるんだろうか……。 「……そう思いつめた顔をするな、まるで私が意地悪をしているようではないか」  そう言ったリヴァルド陛下は席を立つと、わざとらしいほどに悲しげな素振りで頭を振って、俺の隣に座った。  ……え?  なんでわざわざ対面からこっちに来たの……??  そのまま、俺の膝の上にリヴァルド陛下の手が伸びて……ああ、俺の手を取ろうとしてるのか、と分かった時には、俺はリンに抱き上げられていた。  リヴァルド陛下は空振った手を軽く握ると、こちらを見上げる。 「……ふむ、流石に優秀な聖女様ともなると、護衛も優秀なのだな?」  リンとリヴァルド陛下の視線が絡むと、バチっと火花が散ったような気がした。 「リン下ろして。まだ話があるんだ」 「……ですが……」 「大丈夫、一国の王ともあろう方が、断りもなく女性に触れるなんて事ありえないよ」  わざとハッキリ言った俺の声に、場の空気が異様にヒヤリとした。  え、なんで? 冷たくなりすぎじゃない?  リヴァルド陛下ってそんなに手が早いの??  でもこの人って確か、奥さんもお子さんもいらっしゃるよね?? 「ふ、ク、クククッ、それはそうだ、そうあるべきだな。急に触れようとするなど、私がどうかしていた」  それじゃあ、自分は断りもなく触ろうとしてましたって自白してるようなものだよ。  せっかく俺が抜け道を用意しておいたのに。  リンが、躊躇いつつも渋々俺をソファに戻してくれる。  元の位置よりも、3人掛けソファの限界までリヴァルド陛下から離れた場所にだけど。 「お初にお目にかかります。そちらは大叔父様のディアリンド=フィズ=ルクレイン様ですね?」  おお、陛下もリンには目上として接するんだ?  リンはまだ25歳だから陛下の方が実年齢は年上だけどな。 「……リヴァルド陛下にご挨拶いたします……」  リンはちょっとだけ渋々ではあったけど、きちんと最敬礼をしてリヴァルド陛下に膝をついた。 「時に、ディアリンド様はケイトと恋仲だというのは事実だろうか」  なんで急にそんな話!? 「はい。それが何か?」  ちょっ、リンも頭下げたままの割に、返しに棘がありすぎない!? 「なに、人の物というのもまた、奪いがいがあると思ったまでです」  ……は!?  俺は浮気なんてしないからな!?  ん? 待てよ、別に俺を狙ってるとは言ってないか。  えっ……!?  まさかリンの事狙ってる!?!?  慌ててリンとリヴァルド陛下を見比べる。  確かに俺よりもリヴァルド陛下の方がずっとかっこいいし、権力もあるけど、でも……っ。  いきなり、リヴァルド陛下が盛大にふきだした。 「……ま、まさか、そちらの心配をされるとは……っ、思っても、なかっ……」  違うの? 違うんだね!?  ……そっかぁ、よかったぁ……。  ほーっと息を吐いたところで、顔を伏せたままのリンまでもが肩を震わせている事に気づいた。  なんだよ、俺は本気で心配したのに……。  リヴァルド陛下はひとしきり笑ってから、目尻の涙を長い指で拭って言った。 「お2人は、余程お熱いようだ」  分かってくれたなら、よかっ……。 「それでこそ、奪いがいがある」  ……なんでそうなるかなぁ。  やたらと楽しそうにニタリと笑ったリヴァルド陛下が、スッと真面目な顔に戻る。  頭を下げ続けていたリンも、ようやく礼を崩す許可をもらって俺の後ろに戻ってくる。 「元聖女引き渡しの対価として、事前に定めのある2名に関しては、結界修復の協力と、新たな結界柱を建立する際の協力を求めよう」  俺も後ろに立つリンのように、ピッと背筋を伸ばして答える。 「私自身が結界柱に入ることは難しいですが、それ以外でしたら、私の出来る限りで協力いたします」 「ああ、私も君のような人を失いたくはない」  そんな熱っぽく瞳を潤ませて言われると、ドキッとしてしまうのでやめてください。 「宰相から聞く限り、ケイトの父君も大層優秀な研究者らしいな。私の目指す新しい国には、犠牲など必要ないと頭の固い連中に分からせる良い機会だ」  ニヤリと笑うリヴァルド陛下の言葉に、思わず大きく瞬く。  この人は、犠牲のないフロウリアを作ろうとしているのか。 「残る4名の元聖女を引き渡す対価は……、ケイト、君を貰おう」  俺……の、何を……?  途端、背後からものすごい威圧感を感じる。  リン落ち着いて、まだ何も具体的な話は出てないよ? 「ククク……、大叔父様はまだまだお若いようだ。これならば十分に付け入る隙もあろう」  ほら。却ってリヴァルド陛下が調子に乗っちゃうだけでしょ? ひとまず落ち着いて。  俺が視線で促すと、リンの気配がしょんぼりとしぼんだ。 「ここで取引として君の心や体を求めたところで、そんなものが力になるとは思っていない。私は、ケイトに正しく私自身へ心を傾けてもらう事こそが、この国の安定と繁栄に繋がると確信している」  ええ……?  俺がリヴァルド陛下を気に入れば、フロウリアが栄えるって……?  そんな、異世界転移聖女恋愛ゲームみたいな展開……。  ……いや、異世界と転移と聖女までは『そう』なのか。  まあ確かに……、俺が本当にリヴァルド陛下の事を好きになったら、きっとこの人が望むようにフロウリアを良くしようと頑張るんだろうな……。  結構……考え方としては、合ってる、のか……? 「ケイト、君は聡明だ。その上で、優しい……。そう、情に厚い人なのだろう……? 私は、ケイトの心を射止めるためなら、なんだってやってみせるよ?」  うっ、なんかこう、正面から俺の攻略法を分析されている気がする……っっ。 「元聖女1名につき、ケイトの時間をほんの1日だけ、私にくれないか?」  フロウリアでの俺の1日は、彼の言う通り、俺にとってのほんの2分だった。  リヴァルド陛下はそれも分かった上で言っているんだろうか……?  なんだか底が知れない人だなぁ……。  リヴァルド陛下は、どこか手段を選ばないような危うさは感じるけれど、それでも自分の思う正義に忠実な人なのかな、と思う。  彼の正義が、この先、俺の正義と相反しないといいんだけどな……。 「1日と仰るのは、何時から何時迄ですか?」 「そうだな……、朝の7時からその日の夜8時迄とさせてもらおうか」  24時間とは言わないのか。  時間の指定も意外と常識的な範囲だ。 「私やディアリンドが嫌がることは強要しないと、お約束いただけますか?」 「ケイトの嫌がることはしないと誓おう。だが、大叔父様に関しては約束できないな」  ああ、この人は交渉に慣れているな……。  ここで「それじゃダメだ」と俺が言ったところで、元聖女の引き取り条件が無理難題にすり替わるだけか……。 「……分かりました」  俺の背後でリンが小さく気配を震わせた。 「おや? もっと粘ってくれても構わないんだよ?」  そんなの、粘れば粘るほど、俺に不利に条件が付きそうじゃないか。  護衛騎士の付添いは禁止だとかさ……。 「いいえ、条件はそれでお願いします。リヴァルド陛下のご厚意に、心から感謝いたします」  俺はこれ以上の条件を足される前に、丁寧に頭を下げた。 「引き際も鮮やかだなんて、ますます惹かれてしまうな」  クククと喉の奥で笑ったリヴァルド陛下がゆるりと細めた赤い瞳で俺を見つめる。  普通に顔がイイんだよ顔がっっっ!!!  リンがもう2つ3つ歳を取ったらこんな感じになるんだろうな……って感じのイケメン……!!  なんで髪を青くしちゃったんだよッ!!  せめて赤いままでいてくれたらよかったのに!!  俺は、顔が赤くなってしまう前にと、そっと視線を外して口を開く。 「……これはあくまで確認なのですが、私はディアリンドと離れるのが『嫌』なので、リヴァルド陛下とご一緒の際も、ディアリンドはもちろん傍に置かせてくださいますよね……?」 「……ハッ、これはまた抜け目のない方だ」  さも面白くなさそうな声ではあるが、これは十分に想定の範囲内だったのだろう。  リヴァルド陛下は満足気な笑みを崩していなかった。 「お手を賜っても?」  俺に返事を返す前に聞くところが、狡猾だなと思う。  これじゃ断れないじゃないか。  いや、むしろ、これが狙いだったのか……!?  俺がリンの同行を確認するだろうと読んでいた……!?  気付いたところで口にした言葉は戻せない。  俺は、返事の代わりに、差し出されたリヴァルド陛下の手の上に、自分の手を重ねる。 「全ては貴女の思うままに、マイレディ」  甘い笑みを浮かべて、そう囁いたリヴァルド陛下の唇が俺の手の甲に落とされる。  ああくそ、台詞までもが行動と合致していて、咎めようがないな……。  手の甲への口づけは、敬意や忠誠を示す仕草だ。  この世界の貴族や騎士達の常識で言うならば、十分に一般的な挨拶の範囲内だった。  後ろでリンの気配が膨らんでいるけど、これは……ええと。  ……俺がミスしました、本当に、ごめん……。  ふっと温かな息が手にかかって、思わずビクリと肩を揺らす。  視線を戻すと、リヴァルド陛下が困ったような顔で苦笑していた。 「いや、女性に口づけを捧げて、こんなにしょんぼりされたのは生まれて初めてだ」  リヴァルド陛下は次第に堪え切れなくなったのか、俺の手を離すと、背を丸めて腹を両腕で押さえて笑い出した。  腹を抱えるほどに笑っても、この人は静かなんだなぁ。  ああ、声を上げて笑う事の許されない生き方をしているのか……。  確かに、カラサディオも大きな声で笑っているところは見た事がないな。  俺の隣で肩を揺らして笑うリヴァルド陛下のククククと伏せた声が、明るい笑い声になることは結局なかった。

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