325 / 336

【サブ】シオンとケーゲルの、巡礼の終わり(1/4)

 *** 〈シオン視点〉 「あーあ……、終わっちまったなぁ……俺の最後の巡礼が……」  俺の隣でそうぼやいたケーゲルは、両手を頭の後ろで組んで明後日の方向を眺めていた。  夕暮れの迫る静かな教会の廊下には、俺とケーゲルの足音だけが響いている。  俺達はケイト様に治癒をかけていただいたとはいえ、揃って怪我が酷かったので、念のためにと巡礼最終日は教会の医務室に泊まって、翌日の今日、ようやく解散となった。 「まだ引き継ぎまで、お前は9班の班長だろう。あまりだらけた姿を班員に見せるなよ」  窘める俺の言葉に、ケーゲルはまるで反省のない様子でへらりと笑う。 「これは俺なりのスタイルなんですよ」 「スタイル?」 「人のフリ見て我がフリ直せ……的な?」 「……お前は悪い見本なのか……」  思わず片手で額を押さえる。  まったく、一体どこの班長が、班員に悪い見本を見せるというのだ。 「おかげでうちの班員達はしっかりしてるでしょう? どこに出しても恥ずかしくない、腕と度胸のある、気のいい奴らですよ」  その評価には俺も異存はないが……。  俺は一瞬目を閉じる。  俺の目蓋に残っている15歳の頃のケーゲルは、紺色の髪を柔らかく揺らした、一途でひたむきな少年だった。 『シオンさん、シオンさんっ』  そんな風に俺を呼んで、どこへ行くにも俺の後ろをついて回って、初めての魔物に怯える、可憐な少年だったはずだ。  ……それが、何をどう間違って、こんなにひねくれた大人になってしまったんだろうか。  俺の視線に気づいたのか、ケーゲルが俺を見る。  その微笑みに幸せが滲んでいて、俺はどうしたらいいのか分からなくなった。 「どうしました? シオンさん」 「いや、別に……」  視線を床に落とすと、ケーゲルがくすくすと笑う。 「俺の事なら、いくらでも見つめてくれていいんですよ?」 「別に……、お前の事を見ていたわけじゃ、ない……」  良い言い訳が浮かばなくて、それだけを言って床を睨む。 「そうなんですか? 俺は、騎士団を辞めたら一日中シオンさんの事を見ていたいと思っていますよ?」 「なっ……っ」  どうして、そう、返事に困るようなことを次々に言うんだ。 「これからは、俺がずっと……、シオンさんの傍で、シオンさんを守りますからね……?」  甘く囁くようなケーゲルの声色に、思わず背筋が熱くなる。 「っ」  そんな必要はない。  俺は自分のことくらい、自分で守れる。  そう言い返してやりたいのに、なぜだか言葉が出てこない。  それどころか、胸の奥底では、自分を守ってくれるというケーゲルに縋りつきたいような、そんな想いすら……。  俺は、慌ててその感情から目を逸らす。  こんな……。  こんな気持ちは、俺には許されないのに……。  黙ったまま足を進める俺に、ケーゲルはぽつりと尋ねた。 「シオンさん、手をつないでもいいですか?」 「……は?」  どうして急に。  しかも、ここはまだ教会の中だぞ!?  一体何を考えているんだ!? 「それって拒否じゃないですよね?」 「いや、ちょっと、待っ――」  慌てて止めようと開いた俺の手を、ケーゲルがぎゅっと握る。 「許可を出した覚えはないぞっ」  手を引っ込めようとするのに、ケーゲルは俺の手をガッシリと掴んでいてビクともしない。 「嫌なら嫌だって言ってください。俺とは手を繋ぎたくないって。すぐ離しますから」  ケーゲルの紺色の瞳が、俺をじっと見つめてくる。  俺が好きだと、この手を離したくないと、ケーゲルの瞳は俺にハッキリ伝えていた。 「……っ!」 「そうじゃないなら、今日はこのまま帰りましょう……?」  ケーゲルの言葉に、小さく息を呑む。  このまま……。  そう、だったな……。  俺は今夜……、ケーゲルの家に連れ帰られてしまうんだ。  俺を好きだと豪語するケーゲルは、やはり……その……。  ……俺を……求めてくるんだろうな……。  そうなった場合、ケーゲルの家に厄介になる立場の俺は、家主の求めに応えるべきなんだろう。  俺は、急激に重たくなってきた足で、のろのろと廊下を進む。  廊下が終わると、向こうに教会の正門が見えてくる。  俺の手を引いてぐんぐんと進むケーゲルは、まるで鼻歌でも歌い出しそうなほどに上機嫌だ。  ……俺が……、俺がもし、ケーゲルのこの手を振り払って、逃げ出したとしたら……。  ケーゲルは怒るのだろうか、それとも……泣くのだろうか……。  ケイト様にケーゲルの事を頼まれた以上、私にその選択肢は無かったが、それでもこれから丸一年は軟禁されて嬲られて過ごすのだろうかと思うと、多少憂鬱だ。  いや……、そう思うこと自体が贅沢過ぎるのかもしれないな。  今までが、罪人にしては自由にさせてもらい過ぎたのだ。  それに、ケイト様が、巡礼後と巡礼前には必ず見に来てくださるとお約束してくださった。  最悪、何か薬を使われるとしても、二度と抜けないようなものではないはずだ。 「シオンさんっ、今日の夕食を買うついでに、シオンさん用の食器とか日用品も買って帰りましょうね」  暗い覚悟を固めていた俺にかけられたケーゲルの声は、場違いなほどに明るい。 「あ、ああ」 「シオンさんの好きな色って何色ですか? あ、俺の食器もシオンさんとお揃いで買い直すのもありですねっ」  好きな色……?  そんなこと、考えたこともなかったな……。 「退職金も出るから、家具は少し奮発しましょうかっ。ベッドはデカいのを……って。シオンさんは……俺と一緒じゃ、やっぱ、嫌ですかね……?」  ケーゲルの明るい声が、次第にしょんぼりと力を失う。  俺は思わずポカンとケーゲルを見つめ返した。  俺は、この男と同じベッドで寝なくてもいいのか……? 「俺は床で十分だ。気にしなくていい」  思わず答えた俺に、ケーゲルが慌てる。 「たっ、確かに今日は布団が間に合いませんけどっ。俺はこれがあるんで、シオンさんはベッドを使ってくださいっ」  これ、と示されたのは、ケーゲルが背負った荷物に括られている寝袋だ。  ……そうか。  ケーゲルは最初からそのつもりで、寝袋を持ち帰っていたのか。  俺はそんな事にすら気付かずに……、ずっと俯いて歩いていたのか……。  いつの間にか俺達は屋台の立ち並ぶ通りにまで出ていた。 「あー、俺あれ好きなんすよね、夕飯あれでもいいですか?」  ケーゲルに、肉と野菜をたっぷり包んだ巻物料理の屋台を指さされて、俺は頷く。  辛いのがいいか甘いのがいいかと色々尋ねられて、飲み物も合わせて明日の朝の分までケーゲルが2人分の食料を買い込むのを、なんだか夢うつつのような感覚でぼんやりと眺める。 「うおおおっ、あのカップ、綺麗な紫色ですねっ」  ケーゲルの見つめる先には、美しく輝く澄んだ紫色のカップがあった。 「うー……、良い色だ……欲しい……、けど今は本物のシオンさんがいるんだし……」  何やらうんうん悩んでいるケーゲルに、俺は尋ねていた。 「ケーゲルは紫色が好きなのか?」  ケーゲルの肩が、思いのほか大きく跳ねた。 「いっ、や、その……ぉ……」  しどろもどろに答えるケーゲルはあからさまに様子がおかしい。  何か聞いてはまずいような事だっただろうか? 「俺は……、シオンさんの瞳みたいな紫色を見ると、つい買い込んでしまうんで、家の一角が……その……紫色と銀色で、埋め尽くされて、まして……」  ……どういう事だ? 「いや、見られたらもう、バレる事なんで、仕方ないとは……思ってるんですが……」  恥ずかしいのか、ケーゲルは眉を寄せて視線を彷徨わせている。 「シオンさん、引きました……? あの、帰ったらすぐ布でもかけとくんで、どうか許してください……」  苦し気に頭を下げられて、俺の方が答えに困る。 「許すもなにも……。ケーゲルが、俺を連想させる物を買い集めたところで、俺に何か迷惑がかかるわけでもなし、咎めるような事ではないだろう。俺は気にしないから、お前も気にしなくていい」  努めて冷静にそう答えてから、遅れてじわじわと訳が分からなくなってくる。  ……だから、どういう事なんだ。  ケーゲルの家には、俺の色で埋め尽くされた一角があると……?  ……それは一体、どういう事なんだ……? 「ありがとうございますっ、俺もう、これ以上増やしませんからっっ、というかこれからは本物のシオンさんに貢ぎますからっ、欲しいものがあったら何でも言ってくださいねっ!」  欲しい、もの……? 「俺は、少しの自由があれば、それで……」  思わずポロリと零れてしまった本音に、ケーゲルが笑って答える。 「そんな、少しと言わずいくらでも自由に過ごしてくださいよ? 俺はシオンさんを閉じ込めたりしないんで。あ、でも一日の終わりには必ず俺んとこに帰ってきてほしいって思いますけど……」 「……俺を、閉じ込めないのか……?」  驚いた俺の言葉に、今度はケーゲルが驚いた顔をした。

ともだちにシェアしよう!