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【サブ】シオンとケーゲルの、巡礼の終わり(2/4)

 〈引き続きシオン視点〉 「はぁ!? シオンさん、まさか俺がシオンさんを家に閉じ込めると思ってたんですか!?」  声色に怒気を感じて、俺はようやく失言だったことに気づいた。 「いや、その……、そういう可能性も、あるかと、思ったまでで……」  俺の言い訳に、ケーゲルは酷く傷ついた顔をした。 「そんな……シオンさんが檻に向かう気でいたなんて……全然……気づかねぇで……っ、俺だけ、こんな浮かれて、馬鹿みてぇじゃないっスか!!!」  悲痛に叫んで立ち尽くすケーゲルに、人々の視線が集まる。  ギリ、と噛み締められたケーゲルの奥歯が僅かに軋んだ音を立てた。 「……悪かった。ケーゲル、落ち着いてくれ」  こんなところで人目を集めるわけにはいかない。  俺はこれでも死んだはずの人攫いなんだ。  ローブのフードを目深に引き下ろすと、ケーゲルも気付いたのか、ハッとした顔をした。  不意にぐいっと繋いでいた手を引かれて、俺はケーゲルの胸に飛び込んでしまう。  そのままぎゅっと背中に腕が回され、ケーゲルが俺の肩に額を押し付けると、俺達に集まっていた視線はパラパラと散った。  何だ、痴話喧嘩か。そんな空気が漂ったからだろう。  ……それは分かったが、ケーゲルはいつまで俺を抱き締めているつもりなのか……。  ケーゲルの体温がじわじわと俺に沁み込んでくると、自分の心臓の音がいつもよりも大きく聞こえてくるようで……。 「シオンさん……、すみません。俺、シオンさんがうちに来てくれるのが嬉しくて……。シオンさんが俺と同じ気持ちじゃないって、分かってたはずなのに。なんか、ほんと……馬鹿な奴で、ごめんなさい……」  ケーゲルは、俺を抱きすくめたまま、今にも泣きそうな声で謝った。  ああ……違うんだ。  ケーゲルを、こんな風に傷つけるつもりじゃなかった。  俺は、躊躇いながらもケーゲルの背に腕を回す。  もう片方の手は、いまだにケーゲルに握られたままだ。  教会を出る前から、ずっと……。 「ケーゲル、すまない……。馬鹿なのは俺の方だ。お前を傷つけるつもりじゃなかった。許してくれ……」 「……シオンさんは馬鹿じゃないです……」  なんだその拗ねた子どものような言い草は。 「でも、許します」  そう言って、そっと体を離したケーゲルは、ゆっくり微笑むと「そのかわり……」と言った。  おい、その悪そうな顔はなんだ。  さっきのはウソ泣きだったのか? 「今夜は俺と、手を繋いで眠ってくれませんか?」  ……は?  手……?  お前……、繋ぐのは、体じゃなくて、手だけでいいのか……?  怪訝に眉を顰めると、ケーゲルが慌てて首を振った。 「っ、調子に乗り過ぎました!」  その様子に、思わず噴き出してしまう。 「構わないさ、そのくらい。朝まで俺の手を繋いでいればいい」  俺が答えると、ケーゲルは「本当ですか!?」と弾けるような笑顔を見せる。  その時ようやく、俺は気づいた。  そうか。  俺はまだ、知らないんだ。  ケーゲルが俺に向けてくれる、この『純粋な愛』ってのを。  多分ケーゲルの気持ちは、俺の持っている物差しでは測れない。  これまで俺は、劣情とか、支配欲とか、依存心とか、そんな物を向けてくる相手としか関係を築いたことがなかったから。  ケイト様に出会って、モンドベル司祭やロイスさんを通じて、母親以外にも俺に『無償の愛』を注いでくれる人がいるのだと知った。  こんなにも温かく優しい愛を、他人に向ける事ができる人がいるのかと、心底驚いた。  けれど、ケーゲルが俺に向けてくれる気持ちは、これまでのどれとも違う。  甘くて優しくて、でも火傷しそうな程熱くて、そしてずっしりと重い気持ちだった。  そんなケーゲルを、俺の持つ物差しで測ろうとするから、間違ってしまうんだ……。 「なぁ、ケーゲル……、教えてくれ」 「なんですか? 何でも聞いてくださいっ」  張り切るケーゲルが鼻の穴をふくらますのを、なんだか頼もしい気持ちで眺めながら、俺は尋ねた。 「お前の愛ってやつを、俺に教えてくれないか……?」  ケーゲルは一瞬ポカンと俺を見つめて、次の瞬間、顔を真っ赤に染めた。  いや、顔だけじゃなく、耳やら首まで全身赤いな……。  なんだ?  多少恥ずかしい台詞ではあったが、お前が普段豪語している言葉に比べれば大したことはないだろうに。 「そ……それって、お誘い、ですよね?」 「……は?」  途端、ケーゲルが俺の手をしっかりと掴んだまま駆け出した。 「お、おい待てっ」 「ダメですっ、もう待てませんっ!」 「いや、何か勘違いしてるだろ!?」 「勘違いでも構いませんっ!」 「俺は構うんだよ!」 「シオンさんっ、愛してます! 俺の愛をたっぷり受け取ってくださいっ!」 「だからそんな恥ずかしい事を外で言うんじゃない!!」 「シオンさんだってさっき言ったじゃねぇスか!」 「俺は愛してるとは言ってねぇんだよッ!!」  いや待て、本当に待てって。  こんなの、いい歳した男が走りながら交わしていい会話じゃないだろう!?  焦りを浮かべながらも、ケーゲルの手を振り払えないままに走り続けるうち、どんどん人通りが減って、見慣れない通りに入って、静かな住宅街の小さな一軒の家の前に辿り着く。  ケーゲルがポケットから鍵を取り出して、ガチャリと開ける。  紺色の屋根は、ケーゲルの髪と同じ色だった。  ここが、ケーゲルの家で、俺がこれから過ごす場所なのか……。  そんな風に思う間に、ぐいっとケーゲルに腕を引かれる。 「シオンさんっ!」  ぎゅむっとケーゲルの腕の中に抱き締められたと思ったら、ケーゲルが俺の背中側に手を回してカチャッと玄関の鍵をかける。  その音に、閉じ込められたような気がして、息が苦しくなる。  残念な人生を送ってきた俺には、これまでに、閉じ込められた経験が嫌というほどあった。  けれど、今度はケーゲルも俺の様子に気づいたようで、ニッコリ笑って俺に言う。 「内鍵をかけただけなんですから、シオンさんはいつだってそこの鍵を開けて外に出ていいんですよ」 「……あ……、ああ……」  返事すらもろくに返せない自分が嫌になる。  ケーゲルは震える俺の肩を抱くと、俺の手を取って、内鍵を開けさせた。 「ほら、簡単に開けられるでしょう?」 「……そうか。そうだな……」  ようやく滲んできた安堵に胸をなでおろしていると、ケーゲルは素早く荷物を運び込み、俺の荷物まで下ろしてから俺を抱き上げた。 「なっ何をっ!?」  そんなヒョイと抱き上げられるような体格をしているつもりはないのに、なぜケーゲルはこうもやすやすと俺を抱えるんだ!? 「俺の愛が知りたいんでしょう? シオンさんにしっかり伝わるまで、俺がたっぷり教えてあげますからねっ」  嬉しくてたまらないと言わんばかりの弾んだ声に「やめろ」だとか「下ろせ」だとか、そんな言葉は引っ込んでしまった。  だってこいつはもう30年近く、俺だけを想っていたというじゃないか。  ここまで俺を一途に想っているケーゲルと同居をすれば、こうなるのは目に見えていた。  俺だってもういい大人だ、久しぶりではあるが、初めてというわけでもない。  ここはケーゲルの顔を立てて、黙って抱かれるべきだろう。  生憎、俺には受け入れる側の才能は無いようだが、ケーゲルが冷めない程度に演技もしよう。  ケーゲルが喜んでくれるなら、それでいい。  今まで諦めの果てで渋々受け入れていた行為を、こんなに前向きに考えられたのも、俺にとっては初めてだった。  一人用のベッドにそっと下ろされて、丁寧に靴を脱がされる。 「シオンさん、いいですか? ダメならダメって言ってくださいね? 今止めてくれないと、俺もう止まりそうにないですよ?」  そんなに欲に濡れた瞳で、股間を張り詰めておきながら、お前はまだ俺に選ばせてくれるのか? 「構わないさ。覚悟はしていた」 「覚悟……って……。俺は無理矢理シオンさんを抱こうとなんかしませんよ! むしろ、シオンさんが俺を望んでくれるなら、抱かれたって構わないです!」  驚きに大きく目を開く。 「お前…………、俺に抱かれたいのか?」 「俺はそんなのどっちでもいいんです。重要なのはシオンさんと愛し合えるかどうかなんで」 「どっちでも……?」

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