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細かいことは気にするな

 ***  蒼から電話が来たのは、朝食を終えて少しした頃だった。 『兄ちゃん……』 「蒼、どうしたの?」  いつもと違う弟の様子に、心臓が大きく跳ねる。 『今から来てくれるか。兄ちゃん来るまで……待ってっから……』  俺は「分かった、すぐ行く」と短く答えて通話を終了すると、部屋を飛び出した。 「「「ケイト様!?」」」  慌てる騎士の皆さんに「急ですみません、呼ばれたので出かけますっ」と答える。  こんなことなら昨夜のヴィクトルさんの提案に乗っとけばよかった。  昨夜、騎士団長のヴィクトルさんは明日の部屋番を4班にしようかと提案してくれた。  だけど、呼び出しが明日あるとは限らないし、4班は明後日が当番の予定だったから、そのままでいいと断ってしまったんだよな。  明後日になれば、呼ばれなくても一度4班を連れて裏山の結界柱には触れに行くつもりだったから……。 「ブラウ! 予定通りにお願い! それとブラウも一緒に来て!」  思わず大声で叫んでしまってから、ハッとなる。 「……今のって、司祭さんに聞こえたりしなかったかな……」 「彼の気配は近くにはありません。おそらくいつもの部屋でしょう」 「そっか、よかった」 「……しかし、もっと厄介な気配が動き出したようです」  もっと厄介な気配……? 「急いだ方が良さそうです」  リンに珍しく急かされて、俺はリンを見上げる。  すると、リンはそれだけで俺を抱き上げて駆け出してくれた。  厩舎に向かうと、4班の皆も丁度着いたところだった。  ブラウ含め6人が揃っていて、ホッとする。 「ブラウありがとう。とても助かったよ」  俺が褒めるとブラウは「へへへ」と嬉しそうに笑って言う。 「騎士団長さんにも、今から出かけますってお伝えしておきました」 「え、伝えて来てくれたの? それはすごく助かるよ、ありがとう。今から厩舎の人に伝言を頼もうかと思ってたんだ」  ブラウが自分の判断で動くことができるようになってから、俺は助けてもらいっぱなしだなぁ。 「参りましょう」  リンがチラチラと教会の方を気にしながら言う。 「じゃあ行こうか」  そうして早足で移動を始めた俺達が裏門目指して歩き出したところで、背中に凛と響く声がかかった。 「おや、聖女様がこんな裏門からお出かけか?」  振り返ると、そこには長い青髪を揺らす立派な体躯の人が居た。  リッ…………っ、じゃなくて。 「ルド様……」  俺を抱くリンの腕にギュッと力が込められる。  それでリンはあんなに焦ってたのか。 「まるでこっそり抜け出すかのようだな?」  うぐっ。  騎士団長さんには伝えてあるけど、司祭さんには無断なんだよなぁ。  まあでも、あの人は俺が騒ぎを起こさず、聖球作りのノルマをこなして、次も大人しく巡礼に行きさえすればそれでいいみたいなので、干渉はしてこないんだけど。  そう。俺はまたもやマルコメロ司祭から聖球作りのノルマを課されていた……。  俺は焦る内心を隠して、努めてゆったり微笑むと尋ねる。 「ルド様こそ、このような場所へいらして、一体どうなさったのですか?」  ここは厩舎の向こうに広い馬場があって裏門が続くだけの場所だ。  まずはリヴァルド陛下の言い訳を聞かせてもらおうか。 「貴女が慌てて駆けてゆくので、何かあったのかと追いかけてみたまでだ」  会話しながら、リヴァルド陛下はどんどんこちらに近づいてくる。  護衛や侍従の人達もぞろぞろと来るので、こっちと同じくらいの人数はいるな……。 「あら、おかしいですね。リヴァルド陛下のお部屋からでは、私の部屋からここまでのどこにも私の姿を見る機会はございませんのに」  それに、俺は走ってない。  走っていたのはリンで、俺は抱えられていただけだ。  ……まあ、胸を張って言えることでもないから言わないけど。  俺の言葉に、リヴァルド陛下は面白そうにククッと笑う。 「細かいことは気にするな。どこへ行く気だ?」  ちょっ、この人バッサリ切り捨ててきたよ!?  なんて答えたもんかと迷う俺に、リンがそっと囁く。 「参りましょう、アオイ様がお待ちです」  そうだな、早く駆けつけてやらなきゃ……。  さっきの、いつもと違った蒼の声が胸によぎる。 「大変申し訳ありませんが、とても急いでおりますので、お話は戻ってからでも構いませんか?」 「ならば私も行こう」  ああ、わかった……この人最初から俺についてくる気なんだ。  たとえ俺が来るなと言っても。  俺は諦めてため息をひとつ吐くとリンに「行こう」と囁く。  ずんずんと歩いて来たリヴァルド陛下が俺の隣に並び立つと、瞬時に俺を抱いているリンが一歩距離をとった。  リヴァルド陛下が手を伸ばしても、ギリギリ俺に届かないくらいまで。  こうして、護衛騎士と私兵達を合わせて30人ほどの集団がぞろぞろと狭い裏門を通る。  当たり前みたいな顔をして俺の隣を歩くリヴァルド陛下に、俺は言った。 「この先で目にする全てについて、お付きの皆さんにも他言無用を徹底していただけますか……?」  たとえ無駄でも、これはお願いしておかないとな……。  うんざりした俺の口調にもめげずに、リヴァルド陛下はニヤリと笑って言った。 「ああ、もちろんだ。……可愛いケイトの頼みとあらばな」  さらには、俺をじっと見つめて、イイ顔でパチーンとウインクまでかましてくる。  うっ。ウインクが上手いのって、家系なの……!?  カラサディオもめちゃくちゃ綺麗なウインクをしてたよね? 「あ、ありがとうございます……」  なんとかお礼を返しながらも、カカーッと熱くなってしまう顔を慌てて逸らす。  途端、ゆらりとリンから怒気とも殺気ともつかない気配が立ち上る。  あ、これ悋気かな。嫉妬の気配ってこんな感じなんだ。 「ねぇ、リン」  俺が声をかけて腕の中から見上げると、リンは「はい」と答えて俺を見下ろした。  それだけで、しゅるるるると悋気の気配が萎んでゆくのが、なんだかとても嬉しい。 「リンは、ウインクできる?」  尋ねた俺を少しだけ見つめてから、リンは、ぎゅっ、と顔を顰めた。  ――いや、違う!  これはウインクだ! リンなりの!!  だって、片目はぎゅっと閉じてるけど、もう片方の目はぷるぷるしつつも頑張って少しだけ開いてるから!!!  うっ、かわいいいっっっっ!!!!!  体中が熱くなるような感覚に、思わず両手で自分の口元を覆う。  リンがかわいすぎて、俺は真っ赤になってしまった。 「……も、もしかして、リンって、今初めて、ウインクに挑戦した?」  まさかとは思いつつも恐る恐る尋ねると、リンは自分ができていなかった事に気づいたのか、少ししょんぼりとした様子で「はい……」と答えた。  うっっっっ、可愛すぎる……っっっ!!!!!  そっかぁ。リンは今までウインクしたことなかったかぁ。  そうだよなぁ。  魔物を倒すのにも、聖女を守るのにも、ウインクは必要なかったんだなぁ……。  こんなに顔がイイのに。  こんなにウインク顔も決まりそうなのに。  やったことなかったかぁ……。  そんなリンがまっすぐで可愛いし、さらにはそんなリンが俺のためにウインクに初挑戦してくれたって事がまた、嬉しくてたまらない。 「そっか、ありがとう。俺に見せてくれて」  えへへ、と緩む頬を引き締めきれないままにお礼を伝えると、リンも俺の求めに応えられたのだと、嬉しそうに微笑んだ。  そこへ、訝しげな声が割り込んできた。

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