333 / 336
俺のたったひとりの大切な弟
俺は咄嗟に腕を伸ばして障壁を張る。
補佐官が投げたのは睡眠魔法か何かだったのか、見覚えのあるそれは、俺の障壁に弾かれて霧散した。
ギィンッと響いた金属音にそちらを見れば、蒼の前ではリンが剣で陛下の護衛の一撃を受け止めていた。
「蒼っ、危ないことしないで!!!」
思わず力いっぱい叫ぶと、俺の叱り声は森全体に響き渡ってしまった。
しかめ面の人達の中で、相変わらずリンだけが涼しい顔をしている。
……なんでだろう。
蒼の背後にいた蒼の護衛らしき人は、リンが剣を受け止めた後でようやく剣を抜いていた。
間に合わなかったことに、顔色を青くしている。
「……悪ぃ、兄ちゃん……」
「俺にじゃなくて、ルド様と護衛の人達に謝って。ルド様みたいな立場の人に、断りもなく魔法を使おうとするなんて、自殺行為だよ」
「……そう、だな……」
そこでようやく、蒼が小さく震えていることに気づいた。
怖かったのか。
どうしよう……、ここで俺が抱き締めてしまっていいものか……。
「アオイっ、どうしたのっ!?」
そこへ、俺の大声を聞いて飛び出してきたらしいセリクが駆け寄ってくる。
蒼はセリクの姿を認めた途端、わずかに滲んでいた怯えを呑み込んでみせた。
「驚かせて悪かった。今後、魔法を使う時には必ず許可を取る」
素直に謝った蒼に、リヴァルド陛下は鷹揚に頷くとニヤリと笑って言った。
「ケイトの言う通り『良い子』のようだ」
蒼がひくりと頬を引き攣らせて毒づく。
「……うっせーな……」
「それにしても、大叔父様の動きも目を見張るものがあったが、ケイトがこうまで素早く反応するとは思わなかった。これはますます欲しくなってしまうな……」
ニヤリと不敵に笑って俺を見つめてくるリヴァルド陛下に、リンと蒼の視線が刺さる。
俺は大事に至らなかった事にホッとしながらも、事実を伝えておくために口を開いた。
「蒼が失礼なことをしてごめんなさい。護衛の人達も驚かせてしまって申し訳ありませんでした。……ですが、たとえどんな理由があったとしても、俺は、蒼を傷つける者を許すことはできません」
しん、と俺の周りから音が消える。
「蒼は、俺のたったひとりの大切な弟なんです。それだけは覚えておいてください」
言って、俺は聖女らしくふわりと微笑む。
リヴァルド陛下の周囲の護衛や補佐官達の目をひとりずつ覗き込むと、俺と目が合った全員が必死で頷きを返してきた。
うん。これでひとまず大丈夫かな?
そこへ、テントから父さんが顔を出す。
その後ろにはエミーやシルヴィンもいる。
「さあ、作業を再開しようか」
父さんの気負いない言葉に、それでも空気はピリリと張り詰めた。
どうか、ロイスが、モンドベル司祭が、エストさん(仮)ともう一人の人も、無事に結界柱から救い出せますように……。
祈りながら動き出した俺達の後ろで、リヴァルド陛下と補佐官さんの会話が聞こえた。
「……嫌われてしまったではないか」
「申し訳ありません」
「いや、お前は成すべき事を果たしただけだ、責は問わん」
「恐れ入ります」
「ただ、彼女にあんな目を向けられて……、自分がこれほど傷付くとは、思っていなかっただけだ」
「陛下……どうかお気を強くお持ちください……」
……えーと、この会話は、わざと俺に聞かせてるんだろうか……?
うーん……、カラサディオも最初はなかなか掴めなかったけど、リヴァルド陛下とはそこそこ踏み込んだ会話もしてるのに、いまだによくわからないままだなぁ……。
俺が頭を悩ませているうちに、目の前ではロイスとエストさん(仮)に2枚目、3枚目の時限式の治癒魔術陣が使われる。
魔法陣を括りつけた木材が派手な音を立てて粉々になる度に盛り上がっている私兵の皆さんは、この1年近くで随分と父さんに毒されているんじゃないだろうかと、ちょっと心配になる。
その生木を木っ端みじんにしてる反作用攻撃、父さんがセキュリティ解除にミスった時、父さんが食らうやつだよ……?
俺は隣に立つ蒼にそっと声をかけてみる。
「ねえ蒼、父さんあれまともに食らったら死ぬんじゃないかな……?」
「父さんは『ミスをしない』らしーぜ」
「えええ……?」
でも、父さんはシャンプーと間違えてリンス出しちゃったとか、メガネを頭に乗せたままメガネを探すとか、そういうミスはよくやってる気がするんだけどな……。
「それに、死んだら死んだで安全装置の動作確認になると思ってんだよ、あの男はさ」
安全装置、か……。
確かに父さんはゲートを通って聖女化してるし、コミュニティには途中で死んでしまって強制送還されたっていう聖女の書き込みもあったから、正しく作動しているんだろうけど……。
「それでも、俺は父さんが死ぬとこは見たくないな……」
ポツリとこぼした俺の横で、蒼は両手を頭の後ろで組んだまま言う。
「オレはスカッとしそうな気がすっけどな。ざまあみろって指差して笑ってやるよ」
えええ!?
そんなに蒼と父さんとの間には確執があったの……!?
「んな深刻な顔すんなって。ゲームでキャラが死ぬのと似たよーなもんだろ?」
そう言われると……そうなのかもしれないけど……。
俺はやっぱり、嫌だな……。
「圭斗、蒼、確認してくれ」
父さんに声をかけられて、俺達はロイス達の怪我の様子を見る。
「うん、いいんじゃないかな」
内部の損傷がまだ無いとは限らないけど、外から見える範囲に外傷は見当たらなくなった。
ロイスが柱から出たら、ひとまず回復を2度かけてから治癒をかけてみよう。
「では、このお爺さんからセキュリティを解除してゆくよ」
父さんがそう言うと、あたりはシンと静まり返った。
うわ、陣が大きい……しかも正確で綺麗だ……。
そういえば、父さんが魔法を使うのをじっくり見るのは初めてかもしれないな。
父さんは口元に浮かべた緩やかな笑みを一度も消すことなく、セキュリティを解除しきった。
「手筈通りに頼むよ」
父さんの言葉に、私兵の人が六角柱状の柱の上部を砕く。
ガシャンッと派手な音がして、柱の先が砕けると、中の人影が小さく揺れたように見えた。
「司祭のじーさんっ! 大丈夫かっ!?」
柱に飛びついたのは蒼だった。
その後ろからセリクがすぐに治癒魔法を使っている。
展開された治癒魔法はすぐに閉じられて、素早く鑑定がかけられる。
「怪我はないよ、ただ時間停止魔法はまだ残ってるみたいだ」
セリクの言葉に俺は言った。
「それなら俺が解除するよ」
時間停止は、停止も再開もリーアの時に俺がやった。
まだその魔術陣を忘れてはいない。
私兵達がモンドベル司祭を柱の中から引きずり出そうとするのを止める。
「待って! 時間停止がかかっている人には触れたらダメだ!」
そうして、またシンと静まり返った中で、俺は時間停止を解除する魔術陣を展開した。
ああ、皆の視線をヒシヒシと感じるな……。
緊張して間違ってしまわないよう、俺はここを舞台だと思う事にする。
舞台なら人の視線は当然だし、むしろ役者への注目は歓迎すべきものだ。
俺は、天才魔法技師の役を演じる。
父さんと同じ、決して間違えない男だ。
そう思うだけで、緊張する自分はずっと小さくなって、役の陰に隠れてしまうから。
カチッと術の終わりに確かな手ごたえを感じる。
止まっていた時計の針が、確かに動き出したような、そんな感覚だ。
「もういいですよ」
告げると、私兵達がモンドベル司祭を柱の中から出して担架に乗せる。
「おい、じーさんっ」
蒼は、運ばれるモンドベル司祭に付き添って救護用のテントに入っていった。
セリクやエミーやシルヴィンも付き添っている。
あれだけのメンツが揃っていれば、モンドベル司祭は大丈夫だろう。
それにしても、蒼は意外とモンドベル司祭には懐いているなと思っていたけど……。
俺が思っている以上に懐いていたんだな……。
「では、次はこの男性のセキュリティを解除しよう」
父さんは、ギャラリーが減っても大して気にした様子もなく、魔法技師風の男へと手を翳した。
「リン、セキュリティが解除されたら、中の人に鑑定をお願いしていい?」
「はい」
「俺は治癒を回してみるね。治癒と鑑定なら弾かれることはないだろうから、同時に行こう」
「はい、迅速に接近しますか?」
それは抱っこで移動するかって質問なのかな?
歩きでもいいとは思うけど……。
リンは俺を抱きたいの……?
チラリと見上げると、リンの後ろに青空が見えた。
青い髪と青い瞳に、青い空と緑の木々が最高に絵になる。
ふわっとリンが淡く微笑む。
ああ、かっこいいなぁ……。
ついうっとりと見惚れた俺に、横から声がかかった。
「ケイト、先程の魔法は禁忌魔法ではないか」
ともだちにシェアしよう!

