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第2話

「隣の人と、答え合わせしてください」 教師がそう言った。 どうやら小テストを、隣の人と交換して採点するらしい。 はい、と山田は自分の答案用紙を、神崎の方へに差し出した。 睨みながら受け取る神崎。 しかし、小さく、自分のものを山田に渡す。 それを山田は嬉しそうに受け取ると、二人はそれぞれに丸をつけ始めた。 すると再び、神崎が山田の方を振り向き、物凄い勢いで睨みつけた。 「おい」 「何? 」 そうとぼけた様子で、山田は答えた。 腹が立った神崎は、あえて気付かないふりをしようと決め込んだ。 机上にある、山田の答案用紙には 『ーーが乾く。』 という問いだけが、空欄のまま残っていた。 勿論、ここには漢字が入るはずだ。 他の問いは全て完璧に書かれているし、この小テスト、山田はいつも満点だった。 しかし今日は、あたかも意図したように、そこだけ空っぽ。 だから神崎には、これが何かの企みであるということはすぐに察しがついた。 しかし、意味がわからない。 なぜ、この問い《くちびる》だけが空欄なのかーー。 きっと淫猥な理由に違いない。 何かを訴えかけているのだ、きっと。 それは確かだが、神崎はそこまでお人好しな人間ではなかった。 ×をつけて叩き返してやろう、神崎はそう決意して、手に持った赤ペンを動かした。 すると、山田が小さく 「そこ書いて」 と呟くように言った。 「は? 」 神崎は思わず山田の方を振り向くが、彼の手元はまだ、採点をしているようだ。 こっちを見てくれない。 それに、あくまで冷静なように見える。 神崎は混乱した。 「書いてって…」 「お前はいつもやらなくて済んでるから忘れてると思うけど ーーバツつけた後、赤ペンで正しい答え書くだろ。俺みたいに」 このテストは×をつけた上、採点した人間がその隣に、正しい答えを赤ペンで記述することになっている。 山田が採点に時間がかかるのも、そのせいだ。 神崎のテストは×が多い。 つまり、赤ペンで直書きする分、採点に時間がかかっていた。 しかし、満点続きの山田の答案用紙にはいつも大雑把に⚪︎をつけるだけ。 神崎には×の時のルールが、完全に抜け落ちていた。 「ああ、そうか…」 神崎は、それを思い出してそう呟いた。 しかし何か腑に落ちない。 山田の意図がよめないのだ。 「でも、それが何なんだよ」 「……」 「おい山田」 神崎が唖然とした顔で、ペンを握ったまま固まっていると、山田がやっとこちらを向く。 そして、言った。 「なんか、燃えるじゃん」 「もえ…」 「だって神崎が書くんだよ、俺の答案用紙に」 「は……」 そして神崎に顔を近づけ、小声で、 「すげえ、やらしい」 そう言った。 息が吹きかかったような気がする。 野郎の吐息に対する嫌悪で、背筋がぞくっとした気がする。 いや、もはやそんな事はどうでもいい。 このおちょくった言動に、神崎は堪忍袋の尾が切れる。 「ふ…ふざけっ!」 「そんでそれは一生、家の机の引き出しに保管されるだろう」 神崎の怒りを遮って、山田はにんまりと笑った。 「てめー!誰が書くか、気持ち悪い!」 怒った神崎は、その勢いで答案用紙を山田の机に叩きつけた。 「あー」と、残念そうに山田はぼやいた。 「ざまあみろ、ばーか」 勝ち誇ったような顔をする神崎を見て、仕方なく山田も、×ばかりのテストをその主に返した。

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