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会議室に並べられた長テーブルには、灰皿と紙コップ、そして捜査資料のファイルが乱雑に広げられていた。擦り切れた蛍光灯が明滅し、その度に天井の薄汚れたシミが浮かんでは沈む。ホワイトボードには写真や組織図、事件の要点などが整理され、その上部には「芙蓉会幹部襲撃事件」と黒マジックで殴り書きされていた。
ここは深川署の一室に設けられた臨時の特別捜査本部だ。捜査の主導権は警視庁捜査一課にあり、ここ深川署のほか、荒川署や湾岸署などが合同で捜査に当たっている。その中でも、実際に事件の発生した管轄である深川署の刑事課が、実質的な現場実務を担っていた。
「防犯カメラの映像、取れました!」
そうメモリを片手に駆け込んできたのは、青山と同期でこの深川署に配属された桐谷だ。彼は真っ先に須東の傍へと駆け寄ると、その小さなメモリを手渡した。須東は啜っていたカップラーメンを一旦置き、メモリを受け取ってのんびりと眺める。
「随分と遅かったな」
「あの料亭、本社が大阪じゃないですか。そっちの許可待ちで。いや〜時間かかりました」
桐谷がやれやれと言わんばかりに肩を竦める。須東はメモリをパソコンに接続すると、カチカチとマウスを鳴らして画面を操作していった。間もなく表示されたのは、ノイズまみれで不明瞭な動画だ。数時間に及ぶその映像を、須東は表示された時刻を確認しながら早送りしていく。
「お、いたな」
「えっ!」
ふと須東が手を止めると同時に、周りで見守っていた刑事らが一斉に画面をのぞき込む。そこに映りこんでいたのは、全身黒づくめの見るからに怪しい男の影だ。男はカメラに顔を見せることはなく、終始うつむいたまま夜の闇へと消えていった。
「こりゃカラスだな」
須東が置いていたカップ麺を手に取り、ずずっと大きく啜り上げる。青山は映像に釘づけられたまま、静かに頷いた。
「そうですね。まるでカラスみたいな……」
「いや、ちげぇよ」
また大きく須東が麺を啜る。飛び散った汁がモニターを汚したが、それを咎める者は誰もいなかった。
「”カラス”なんだよ、こいつが」
ざわり、と周囲の空気が揺れる。刑事らが互いに顔を見合わせる中、須東は何食わぬ顔で再び映像を進めた。
「”カラス”ってなんですか?」
「存在すんのかも分からん伝説の殺し屋だよ」
青山はなんのことか分からないまま、戸惑いながら目の前のモニターを見つめる。男の影が消えるのを見送った直後、予想もしなかった姿が映り込み、青山は思わず「あっ」と声を上げた。
「子供……? どうして子供がこんなところに?」
「こいつ、どっかで見たことあんな……」
ずず、と須東が麺を啜る音が響く。男のあとを追うように映り込んだのは、まだ年若い少年の姿だ。須東がマウスを操作すると、映り込んだ少年の姿が拡大された。画像が不明瞭なせいで分かりづらいが、黒い男とは違い、この少年ははっきりとカメラに顔を映している。まだあどけなさの残る顔立ちは、せいぜい十代半ばかそこらといったところだろうか。
「ガキの身元を調べるぞ」
「あ、はい!」
須東が拡大した少年の画像をプリンターへと転送する。青山は急いで印刷機へと走り、プリントアウトされた写真を手に取った。ノイズまみれの不明瞭な写真ではあるが、そこに映っているのは確かにまだ幼い子供の姿だ。何かを追うように一点を見つめ、まっすぐ夜道を進もうとしている。
「……大丈夫、じゃ、ないよな」
もしこの少年が事件に巻き込まれているのなら、一刻も早く助けなければならない。プリントした写真を握りしめながら、青山は重い足取りで須東らの集まるデスクに戻る。写真を須東のデスクに置くと、ずず、とまた大きく麺を啜る音がした。
「つうか、お前が買ってきたコレ、不味すぎるわ」
「へっ?」
「よくもまぁこんなクソまずいもん探してきたよな」
突然の話題転換に青山は目を瞬かせる。唖然と口を開いている青山の前で、須東はことりとカップをデスクに置いた。
「食ってみろ」
「え?」
「いいから食え」
そんな場合なのかと言いたいのは飲み込んで、青山は言われるがままカップ麺を手に取る。箸を受け取って麺を掴み、少量をひと息で啜り上げた。はじめに広がったのは、濃厚なとんこつスープの旨味だ。だがそれ以上に印象的だったのは、パリパリと音がするほどに固い麺の食感だった。
「須東さん、これ……」
「おう」
「麺が固すぎます! ちゃんと三分待ったんですか!?」
カップを手にしたまま、青山が須東に大きく詰め寄る。周囲で見守っていた刑事たちが耐え切れず噴き出すのが聞こえた。改めて箸ですくいあげたその麺は、少しのしなやかさもなく針金のような有様だ。それを須東の目前に突き付けると、あからさまに不貞腐れたような顔を向けられた。
「バッカやろう、誰が三分も待つかよ。カップ麺は湯いれて三十秒で食うもんなんだよ」
「そんなの不味いに決まってますって!」
青山がカップ麺を押し返す。須東は受け取ったそれをデスクに置くと、今しがた青山が持ってきた写真へと向きなおった。神妙な面持ちで写真を眺める須東を見ていると、青山はそれ以上なにも口出しできなくなる。麺のことはもう仕方がない。青山は書類が汚れないよう、カップをそっと端へと寄せた。
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