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「慶様」 静かに、されど戸惑うような声。 それは初めて呼ばれた時を彷彿とさせるもので、今まで呼ぶのが嬉しくて堪らないといった声音は願望が強く出た幻聴だと思わせるものだった。 現実に引き戻されたかのように隣を見る。 眉を少しばかり下げ、こちらの様子を伺う愛賀が見上げていた。 心配事があるような顔に僅かに眉を顰めた。 何故、そんな顔を。 「先ほどから声をかけていたのですが返事がないので、どうされたのかと思いまして⋯⋯。やはりお疲れでしょうか。会えるのは嬉しいですが、もうお帰りになられた方が⋯⋯」 心配する声が段々と気落ちしていく。 恋人という関係になった直後は互いにぎこちなく、距離を覚えたくらいだったが、最近では素直に感情も言葉にもしてくれた。 日々変わっていく愛しい相手に微笑ましいものがあるが、けれどもそんな声を聞きたくなかった。 「愛賀、誤解だ。⋯⋯愛賀に初めて名前を呼ばれたことを思い出していただけだ」 「初めて名前を呼んだ時のこと⋯⋯?」 きょとんとした顔をし、口に手を当てて考え始めた愛賀は次第に思い出したのか、あ、という顔をした。 「慶様が下の名前を呼ぶように仰ったことですね。正直、急にそう仰いましたので驚きもしましたが、恋人という契約をした関係ですので、そう呼ぶのが自然と思いましたら、嬉しい気持ちになりました」 「そうか」 「はい」 頬を緩ませた。 初めて呼んだ時は、戸惑いと躊躇いのような感情を見せていたものだから早急過ぎたと思っていたのだが。

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