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「イチハ殿!やはりまだお加減が悪いのではないですか?」
あ……名前、初めて呼ばれた。
小さなことに感動してしまう。
赤い顔をしてフラフラと居間に戻って来た俺を、シュウ殿が心配げに見つめてくれる。
この数時間一緒に過ごした分だけ距離を縮められていたようだ。
「何でもありません。大丈夫です」
「大丈夫だなんて…顔も赤いし目も潤んでいる。熱でも……」
額に手を当てられて激しく動揺する。
思わず顔をそらしそうになったがグッとこらえた。
ここで変に逃げたら、また恐れているという勘違いを助長することになる。
けど…うう。シュウ殿の手が……。
はぁっっ。
息が荒くなりそうなのをこらえて、ため息をついた。
「熱はないようだが、息もきつそうだ。どうかこちらへ」
そうして、今しがた出て来たばかりの客室に連れて行かれてしまった。
背中にふれるかふれないかというように添えられた手にドキドキする。
そして、ベッドへと寝るように促された。
ふぁぁぁあ。
そういう意味ではないとわかっていても、好きな人にベッドへ誘われるというのは、なんとも…なんとも……。
それに俺は別に具合が悪いわけではない。
どうしよう?
促されてベッドへ座ったがどうしていかわからない。
そんな俺の背中にシュウ殿が手をまわし、足をすくいあげてふわりとベッドへ寝かせた。
とっさのことに驚いて、思わずシュウ殿の首に両手をかけてすがりつく。
至近距離にシュウ殿の顔がある。
か…っこいいいいいいいいいいいいいい。
「イチハ殿?」
いぶかしげに名を呼ばれるが、見惚れてしまって動けない。
「イチハ殿、怖がらせてしまったようで申し訳ない」
なんだかシュウ殿が勘違いしているようだ。
放させようと腕を引いても、固まって全く離れない俺にシュウ殿が少し困り始めた。
シュウ殿は逆にベッドへ横たわる俺にぐっと身を寄せた。そうすることによって、俺の腕に隙間ができる。その隙間から身を抜こうというつもりらしいが。
ベッドに押し倒されて、身を寄せられて、首元にはシュウ殿の息がかかる。こんな…こんな状況……。
「んぁっ!」
首元に、そして鎖骨にかかる吐息に思わず声が漏れた。限界はとっくに突破している。
シュウ殿の頭を抱きしめるように腕をはわせ、思わず身をよじっていた。
「イチハ殿!?」
「んんっ」
名前を呼ばれて、その息が首元にかかって…また……。
シュウ殿は優しい。
具合が悪いと思って寝かせようとした男が急によがり始めたら、気味悪くって振り払うのが普通だろうに、ただ困った顔で俺を見つめる。
「シュウ…どの…。もうしわけありません…おれ……」
震える手をどうにかシュウ殿から引きはがす。
「どこか苦しいのですか?」
そう言われて、つい頷いてしまった。
だって…胸が苦しい。
胸元に手をやった俺をシュウ殿が見下ろす。そして手を添えてくれた。
「私になにか出来ることがあれば良いのですが」
いえ、もうこれだけで……。
「苦しいのならば、どこかさすって欲しいところはありませんか?少しは楽になるかもしれない」
……ありますが、言えません。
みっともなさに、思わず眉根を寄せて目をそらした。
そんな俺の手を握ってくれる。
「遠慮なさらずおっしゃってください」
その優しさが浅ましい俺には辛い。
「苦しくはあるのですが、それはシュウ殿が思っているような苦しさとは違います。その手を離して。俺にふれないでください」
ぴくんとシュウ殿の手が跳ねる。
「ご親切は大変ありがたく思います。ですが、はじめに怪我をして助けていただいたせいでシュウ殿は俺がか弱い人間だと思い違いをしておられるようだ。しかし俺も男です。女性のように扱われるのは不本意です」
つい今しがたあんな痴態をさらして、どの口がこんな事を言っているのか。
女性のように扱われるのもほんとは大歓迎だ。
それでも虚勢を張らねば、さらにマズイことになりそうだった。そう、主に下半身が。
シュウ殿の胸を押して上体を起こす。
……俺の手にシュウ殿の胸の鼓動が伝わる。
あれ?
思わずシュウ殿の顔を見つめる。
真っ赤だ。そして伝わる鼓動も早かった。
「も…申し訳ございません」
ゆっくり身を引くシュウ殿。
あ…これは…。
恋愛のカンは全くだが商売人としてのカンが俺に訴えかける。
「シュウ殿…俺にふれたいのですか?」
ビクン!とわかりやすくシュウ殿の肩が揺れる。
そして逃げようとするシュウ殿の手首を俺は掴んだ。
「俺の体調不良にかこつけて身体をさわるなんて。ダメですよ?」
ベッドから立ち上がり手を振り払おうとするので、俺もベッドに膝立ちになって両腕を掴む。
なんでこんなに積極的なんだ。ちょっと、自分が怖い。
「決してそのようなことは……。下心をもってふれたりなどしておりません」
「でも顔も真っ赤ですし、鼓動も早い。そして身体もこんなに熱くなってます」
そう言ってシュウ殿の顔を覗き込むと、さらに赤くなって羞恥に歪んだ。目も泳いでいる。
シュウ殿のこんな顔…はぁ……。
かわいセクシーだ。
「シュウ殿、俺、男です。本当にわかってますか?」
そう聞くと、シュウ殿が生真面目に答える。
「もちろんです。見ればわかりますし、怪我をさせてしまったイチハ殿をこの屋敷へお連れした時に服を……」
言いかけて口ごもった。
「既に俺の裸は確認済みということですか?」
「いえ、そういう……そういう意味で見たわけでは。水に濡れていて脱がさなければ風邪を引いてしまいますし、なにより血で汚れていた。ですから決してイヤらしいことをしようなどというつもりで脱がせたわけではありません」
当たり前だ。そのくらい誰だってわかる。
けど…。
「イヤらしいこと…ですか?」
「ですから、してません!」
「では、そんな想像を……?」
「………!」
あきらかに動揺して、シュウ殿の鼓動が早くなったのがわかった。
多分シュウ殿はイヤらしい想像なんかしたことはなかったはずだ。
でも、今…確実に頭をよぎったはず……。
「……していません」
弱々しい声だ。しかもちょっと震えている。かわいい。
それにしても知らなかった。俺、こんな意地悪なこと言えるんだな……。
俺の頭は完全に煮えていた。
「シュウ殿。今ご自分がどんな目をされてるかご存知ですか?」
実際はすごく困ったような目だ。
でも……。
シュウ殿は違う違うというように恥ずかしげに顔を横に振る。
自分で自分の顔は見えないからな。勝手に解釈してくれる。
「そんな顔をされると俺も……」
そう言ってシュウ殿の胸に顔を埋める。
俺の脳はもう、溶けました。
本当に適当なことを言っている。
この俺のタガの外れた行動をシュウ殿のせいにしてしまった。
シュウ殿の胸はどくどくと壊れんばかりに打っていた。
俺でこんな風になっているだなんて……はぁ…たまらない。
そっと背中に手をやり、服を掴むようにして軽く抱く。
こうしてれば逃げにくいはずだ。
シュウ殿はおずおずと俺の肩に手を置いた。
そして軽く引き離すような動きを見せたが、いくら非力な俺でもそんなゆるりとじゃ離れない。
あきらめたのか、背に手を回してくれた。
シュウ殿の厚い胸に頬をすりつけると、背中に回った手がすこし力強くなった。
「イチハ…殿」
戸惑ったように名前を呼ばれる。
けど、俺もどうしていいかわからない。
俺の妄想ではここが終着点だ。この先は…キスくらいまでしか……。
キス…キス……。
考えただけでカッと身体が熱くなる。いや、もう体温上がりっ放しだけど。
胸からそっと顔を離してシュウ殿を見上げた。
少し潤んだ目でシュウ殿も俺を見ている。
ああ、色っぽい。
でも、きっと俺も同じような顔のはずだ。
身体を伸ばしてそっと顔を近づける。
けど、シュウ殿も近づいてくれないとあとちょっとが届かない。
なのにシュウ殿は顔をそらした。
うっ……キスは拒否。
しょうがないので首元に顔を寄せる。
「俺を…こんなふうにしたくせに。……酷いです」
とことんシュウ殿のせいにする。
そしてぎゅっと抱きしめる力を強めた。
ハッと息を呑む音が聞こえた。
「イ…イチハ殿……その」
「その気にさせて……からかったんですか?」
全くその気にさせようとしてもいなければ、からかってもないです。わかってます。
けどシュウ殿は慌てていた。
「違います。そのっ……」
言葉を待つようにまた顔を寄せる。
俺は至近距離のシュウ殿にうっとり惚れ惚れだ。
何をどういわれても、キスまではしたい。
俺の頭の中はもう、脳内麻薬でデロンデロンだ。
見たこともない小悪魔な俺を連れて来たのはきっとこの脳内麻薬さんなんだろう。
身体もぴったりくっつけて、ゆるくすり付ける。
服が邪魔だ。
でも、とにかくキス。
「イチハ殿は俺を恐れていたから……」
ああ、やっぱりジントウイ殿が言っていた通り勘違いされていたのか。
シュウ殿の顔に手を這わせる。
ジントウイ殿でさえあんな感じだったし、恐れていないなんて言っても通じなさそうだな……。
「では、怖くなどないと教えてください。俺にあなたの色々な顔をたくさん見せて?…今、シュウ殿はご自分がどんな顔されてるかわかりますか?」
「いや……」
「瞳には、俺が映ってて、すごく…すごく色っぽい顔してます。あなたの目に映る俺の顔とおんなじ表情だ」
シュウ殿の体温がカッと上がった気がした。
ぎゅっと強く抱きしめられる。
そしてそのままベッドへ押し倒された。
シュウ殿の顔が近づく。
ほんの一瞬のキス。
どうして?もっと……。
ねだるようにシュウ殿の首に手を回すと、またキスが降ってきた。
シュウ殿の顔に手をはわすと、ちゅ、ちゅ、と繰り返しキスされる。
思わず微笑む。
ああ、また、出た、脳内麻薬、快楽物質。
イッてる。頭の中で。
遺精 じゃなくてよかった。
でも、だめだ、もう、ぐちょぐちょだ。
小悪魔ぶってみても経験値が足りない。
軽いキスだけでこんなにへろへろ。
さらにくちびるを軽く舐められ、おずおずと舌先が侵入してきた。
はぁ……。
思わずため息がでる。
シュウ殿は俺の甘い吐息に応えるように、口内を優しく舌でなで上げていった。
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