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会食に小将クラスがやってくるとなれば、店のグレードもそれなりになる。 相手は当然貴族だろう。 俺たちみたいな庶民も入れるところとしては最高グレードの店を予約した。 わざわざ一度下見に行き、個室の様子とそれから実際に食事をして俺自身の食事マナーも再確認する。 仕事をしていく上で必要となるマナーは身につけたけど、庶民とそう変わらない下級貴族ならまだしも、少将クラスとテーブルを同じくするような機会はない。 正直緊張する。 服装も威厳が出せるようそれなりに堅苦しい、重厚なものにしようとしたらレフに止められた。 こんな甘えた金持ちのぼんぼんみたいな格好で良いんだろうか。色も淡くて威厳はゼロだ。 「うん、可愛いぞ!」 ……レフの評価はこういった会食には似つかわしくない気がする。 レフ自身はシンプルでスマートな服装だ。失礼には当たらないだろう。 ほどなくして少将とその補佐官が店にやって来た。 小将は少し長めの髪を後ろできっちりと一つに結び、上質ではあるがレフと同じようにスッキリとした服装だ。 もう少し軍人らしい厳つい服装か貴族風で来るのだと思っていた。 年も思っていたよりずいぶん若い。三十代半ばくらいに見える。 武器装備担当のトップと聞いていたので勝手に枯れた五十代後半の人物を想像していた。 しかし、枯れるどころかなんとも麗しい優美な顔立ちだ。潤いまくっている。 華のかんばせと言うヤツか。 体つきは細く見えるが、あくまでバランスでそう見えるだけ。腕なんか俺より二まわり以上は太いだろう。 怒らせたら優しく笑って殺されそうだ。気をつけよう。 仕事の話はほぼついていて、今日は実質、俺と小将の顔あわせだけ。 つまり、俺の人間性に問題なしと判断されればいいってことだ。 なごやかなムードで挨拶が交わされる。 「はじめまして、チハ商会の会長をしております。イチハと申します」 「初めまして。コウガランと申します。軍備統括部監をしております」 小将とは思えない丁寧な言葉使いに驚く。 コウガラン小将はさっと俺の手を掴み、口元に近づけようとする。 驚き手を引くが、軍人の力にかなうわけはない。 それでも一応抵抗は試みる。 結局、無言の攻防に負けて手の甲にキスをされてしまった。 貴族にはこういう挨拶の仕方があるというのは知っていたけど、まさか自分がされるとは思わなかった。 にっこり微笑むコウガラン小将に微妙な笑顔を返すしかない。 そのまま食事をしながら交流を深める。 腹の探り合いのような空気感を想像していたのに、仕事とはまったく関わりのない、演劇や文学、それから巷の出来事などなんとも和やかに話が進んでいく。 文学なんかは俺も嫌いじゃないし、演劇は観たことはなくとも興味はある。街の事件やうわさ話なんかはレフが面白おかしく話してくれる。 コウガラン小将は酒にくわしいようで、いろいろな知識を披露しながら勧めてくれる。が、残念な事に俺は飲めてもそう強い方ではない。 少将の補佐官も出しゃばる事はないがうまく話を盛り上げてくれる。 こんなただ楽しいだけの会食でいいんだろうか? ちょっと不安になるが、必要があればレフが上手く話をまとめるだろう。 俺はだいぶ断りはしたが、それでもそこそこ少将に酒を勧められ、ほろよい気分。もし急に腹の探り合いなんか始められても、きっと使い物にはならないから、ただただ楽しむだけだ。 結局、本当にただ楽しいだけで会食が終わってしまった。 レフを見たが、満足そうにしているのできっとコレで良かったのだろう。 出口に向かう俺の腰に手が回される。 はぁ……。 レフはいつもこうやって気取ったエスコートもどきをしたがる。 少将たちの前でコレはないだろう。 そう思ってその手の主に目をやると、そこにはコウガラン小将がいた。 目が合い、華もほころぶ微笑みを向けられる。 何とも居心地が悪い。しかし、微笑み返すしかない。 少し困ったような表情になってしまうのはしょうがないだろう。 ほとんど俺が送られてるみたいだが、馬車まで少将を送る。 「今日はとても楽しかった。イチハ殿、またぜひ共にお食事を」 そう言われて断れるわけはない。 「ええ、是非」 そして別れの挨拶としてまた手の甲に口づけられてしまった。 馬車を見送る。 楽しい会食だったが、最後の最後でどっと疲れてしまった。 「おー。やっぱり今日もイチハ会長サマのタラシのテクは冴え冴えだったなぁ」 また器用に片眉をあげてレフが言う。 「なんなんだ、そのタラシのテクって」 「なんだって…今のだろ?」 「意味が分からない」 俺がむくれると、気取った調子で顎を掴まれた。 「そういうとこもだな」 息がかかるほどの距離でいたずらに微笑む。 「ああ、もう疲れた。とっとと帰るぞレフ」 手を振り払って歩き始めた。 「まったくつれないなぁ……」 そんな事をぶつくさ言ってるが、俺を釣ったところでしょうがないだろう。 「置いてくぞ」 レフを待つ気もなく俺は夜道を事務所へ歩いていった。 ◇ 数日後、ジントウイ殿から知らせが届いた。 シュウ殿が王都に来るとの事だった。 年に二度、十日ほど王都に滞在するのを約束させられているらしい。 俺の元を訪れるよう勧めてくれてたらしいが、シュウ殿ははっきりとした反応を示してはいないとの事だ。 多分、今頃はもう王都に来ている。 俺は訪ねて来てくれるのを待たず、すぐにでも会いに行きたいが、ジントウイ殿の伝えてくる様子だときっと今行ってもシュウ殿は会ってはくれないだろう。 それにそもそもどこに滞在しているのかもわからない。 ジントウイ殿のたよりを希望とするしかない。 出かける準備をして、レフに服装をチェックしてもらう。 なかなか会ってくれないシュウ殿と違い、コウガラン少将はなんとも気軽に俺を食事に誘ってくる。 一応仕事がらみだし、さらに貴族相手なので服装にも気を使わねばならず、やや面倒だ。 最初のように肩肘張った店ではなく、おしゃれで気の効いた店を少将が予約してくれ、気軽な装いで来てくれるのでまだ助かっているが、どうにも優美でキラキラした人種は気後れしてしまって苦手だ。 いざ会って話をすれば時を忘れるほど楽しく過ごせているので、そんな文句を言ってはいけないとはわかっているけど苦手意識は拭えない。 「ずいぶん気に入られたな」 自分が引き合わせたくせに、ため息まじりにレフが言う。 「なぜだかな」 「なにが『なぜだかな』だよ……」 そう言ってレフが俺の顎を掴む。 こいつはほんとに芝居がかった事が好きだ。面倒くさい。 パシッと手を打ち払っても、その手を顔の横でひらひらと振っている。 はいはい。 かっこいい、かっこいい。 気障(きざ)ったらしいレフに見送られながら、俺は少将に指定された店へ向かった。

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