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異国風のインテリアがオシャレな店だ。 落ち着いた暖色でまとめた個室も趣味が良い。 料理も美味いし、話も楽しい。 現場レベルでするような仕事の話は一切しない。 これで目の前の顔がこんなに優美かつ華美じゃなければ気楽でいいのに。 勧められる酒を気をつけながら口に運ぶ。 いくら気に入ってもらっているからと言って、うっかり酔って失礼を働いたらどうなるかわからない。 少将と二人で食事に来るのはもう三度目だ。 正直ハイペースすぎるので勘弁して欲しいのだが、そんな事を言いだせる関係性はまだ作れていないと思う。 それでも少将は気を許してくれているようで家族の話などもしてくれる。 貴族ならばよくある事のようだが、母の違う兄弟が男と女あわせて六人。今は長兄が当主。 次兄は行政関係で働き、自分は軍部、すぐ上の兄は王都を離れて暮らしているらしい。 家族の心配事はそのすぐ上の兄の事で、みんな心配しているくせに会えばついついからかってしまうそうだ。 貴族でも上流となれば、もう少し冷めきった家族関係なのかと思っていたが、少将は暖かな家庭で育ったようだった。 だからこんなに人好きで、俺なんかを気軽に食事に誘ったりするのかもしれない。 レフと同じようにスキンシップ過剰なのが気になるが、レフよりずっとスマートで気取った風には見えない。 目にかかっていた俺の髪をスッと直す手も自然すぎて、うっかり気を緩めると絡め取られてしまいそうな怖さがある。 「それにしても、イチハは不思議な人だ。あなたに協力を申込まれれば、誰もが力になりたいと思う。違いますか?」 不意にコウガラン少将がそんな事を言いだした。 たしかにそれと似たようなことは言われたことがある。 「ありがたい事です」 「きっと誰もがあなたに期待をする。けど、すぐにその期待は間違いだったと気付き諦める」 ずいぶん失礼な事を。こんな面と向かって期待ハズレだと言われたのは初めてだ。 思わず視線をさまよわせてしまう。 そんな俺の手をコウガラン少将がグッと握る。 「私もあなたに期待した。でも、それは勘違いだったようだ」 いやいや、それじゃ困る。 「もう、協力は出来ない……ということですか?」 少将は俺の手を引き寄せ口づける。 最初は衝撃だったがもう慣れた。 とりあえず好きにさせることにする。 「私はそんな心の狭い男ではありません。私の思いが届かなかったとしても、軍と商会の関係も、そしてあなたとの関係も良好に保つ事を約束しよう」 良好に保つ……か。 何か期待ハズレでガッカリさせたようだが今後も仲良くしてもらえるならそれに越した事はない。 ほっとして、ついつい笑みがこぼれる。 そんな俺を見て、少将がちょっと困ったような顔をした。 それは俺を見てレフがよくする表情にちょっと似ていた。 今の表情はクノースレフに似ているけど、少将は他の誰かにも似ている気がする。 ……表情じゃなくて………誰だろう? 脳裏をかすめるけれどもつかめない、そんなもどかしさに襲われる。 優しげな黒く切れ長の目、はっきりとした鼻梁に、優美だがやや大きな口、しっかりした唇。 ………。 ちらりとコウガラン少将をうかがう。 似ている?いやまさか? 「なにか?」 俺の手を握ったまま少将が聞く。 「王都を離れて暮らすご兄弟がおありと言っておられましたが、そのかたもコウガラン少将に似てらっしゃいますか?」 「……どうでしょう。目鼻の形は似ていると思うが、どうにも雰囲気が違うもので。似ていると言われた事は一度もありませんね」 「そうですか。クボンの先のカチカの町の森に暮らす武人がコウガラン少将に少し似ている気がしたものですから」 そう言うと、コウガラン少将が驚いた顔をした。 「シュウランをご存知なのですか?」 ぴくんと俺の手が跳ねた。 シュウラン……名前は少し違うが、それが本名なのかもしれない。 いや、しかし少将は兄と言っていなかったか? シュウ殿はコウガラン少将より若く見える気がする。 でも、他にあの森に暮らす武人はいない。シュウランとは間違いなくシュウ殿の事だ。 自分で聞いておきながら動揺が治まらない。 無言になった俺をいぶかしげに少将が見ている。 「シュウランとなにか?」 そう聞かれても、答えられるわけがない。ただ視線をさまよわせるだけだ。 「……イチハ、シュウランは純粋な男だ。彼を(もてあそ)ぶような真似は控えていただけると助かります」 何かを察したのか、少将が俺の手を強く握った。 「弄ぶなど!そのようなこと出来るはずありません」 「イチハは素朴だけれど非常に魅力的だ。あなたがその気になればシュウランなど簡単に籠絡できるでしょう。けれど……」 「違います!ほんとうに違います。俺が…俺のほうが……」 それ以上言葉が出ない。 俺のほうが弄ばれ捨てられたんだ……とは思いたくないし、無理矢理にでも思わないようにしていた。 ただみっともなく唇を震わせる。 そんな俺を、少将はどう思ったのか。 とても静かな調子で聞いてきた。 「イチハ、あなたはシュウランを想ってくれているのか?」 それにどう答えるのが正しいのかわからない。 コウガラン少将はシュウ殿の兄弟だ。その兄弟に俺みたいなヤツが想いを寄せてるって知ればどう思う? しかも、まるで俺が色仕掛けで迫ったように思っているような口ぶりだった。 ……いや、実際にそのようなもんだ。 俺はただこらえるように顔を歪めるしか出来ない。 「言わなくていい。その顔だけでわかるよ」 少将が慰めるように俺の手を撫でる。 「シュウランに受け入れてもらえなかった?」 「……わかりません……。受け入れてくれた…と思ったのですが…。なぜかその後拒絶されて……」 「その後…ね?」 意味ありげな微笑みにカッっとほほが熱くなる。 思わず握られた手を振り払った。 「シュウランには傷がある。イチハが避けられているのだとすれば、そのせいかもしれない」 「傷ですか?」 「若い時分には恋の一つもするだろう。しかし、その相手が少しタチが悪かった」 ……それはもしかすると、ジントウイ殿の言っていた、特に心を許した者に翻弄された…とういう、その出来事だろうか……。 コウガラン少将は俺に酒を勧め、言いにくい事を言うために口をすべらかにしようと自分もぐいっと一口あおった。 コウガラン少将は酒で湿した口を重く開いた。 「シュウランが出会ったのは、明るく、人懐っこくて優しい、そんなヤツだった。  見た目から怖い印象を与えがちで、あまり人付き合いが上手くいかないシュウランにソイツは気軽に話しかけ、優しくした。  シュウランもはじめはただ友人が出来て嬉しかったようだ。  シュウランは火遊びのような男同士の恋が出来るようなタイプじゃない。婚姻を前提として決められた令嬢としかつき合うつもりはなかった。でも、そこを奴は強引に押し切って恋人に収まった。  下級貴族の養子で出自も定かじゃない、不釣り合いじゃないかと言う声もあったが、一度そばに置いてしまえばシュウランはどこまでもソイツを大切にした」 一気に話したかと思うと、ちらりと俺をうかがった。 過去の恋人の話を聞かされることへの気遣いだろう。 「結果はさっき言った通り。シュウランは深く傷つけられた。  わが国は比較的穏便だとはいえ、王侯貴族の秘密や醜聞を暴き情報の奪い合いをするような輩もそれなりにいる。ヤツの養父はそういった輩の手足となり働くために、使える者を養子としていた。  そして貴族のなかに潜り込ませ、シュウランのような堅いものには一途な恋人として、遊び慣れた者には火遊びの相手として側に張り付かせて情報を引き出していたんだ」 当時の事を思い出して腹立たしく思っているのだろう。コウガラン少将が顔をしかめる。 「まわりにはそう仲が良い兄弟には見えていなかったのかもしれない。アイツは私にも色目を使ってきた。火遊びができる相手だと思われたのだろう。しかし、その見立てはどちらも間違いだった。  私はすぐにシュウランに忠告した。でも、恋人を信じていたシュウランは取り合わなかった。だから余計にムキになって私はヤツを探った。その気になって探せばすぐに色々な噂が見つかった。私がシュウランと仲が良くないと思っているからか、シュウランの恋人を寝取った事を自慢してくる奴までいた。  そんな事実を突きつけシュウランの目を覚まさせようとした」 少将は深くため息をついた。そしてまた、酒を一口あおる。 「今では後悔している。あのまま放っておけばアイツはすぐにシュウランの元を去ったはずだ。引き出せるような情報はない。そう判断して穏便に別れようとしていたらしい。  しかしほどなくして、少なくない人数と関係を結び情報を盗んでいた証拠が出てきた。  そしてそれを暴いたのは他ならぬシュウランだ。  恋人を信じていたがゆえに、悪い噂が根拠のないものだと証明しようと動いた結果だった。  私のせいでシュウランは自ら恋人の罪と裏切りを暴き、さらに二人の間に愛などなかったことを知ってしまった。  裏切りがあったとしても少しの愛があれば違ったかもしれない。けど、奴は『ヤって気持ちがよければ男も女も高貴も下賎もおんなじだ。アンタはなかなかのもんだったが、ただそれだけだ。特別じゃない』そうシュウランをあざけった」 頭がぐるぐるする。 酒はそんなに飲んでない。なのに酷く酔ったみたいに感覚がおぼつかない。 俺はいま、どんな顔をしてこれを聞いているんだろう。 感情がしびれたみたいに動かない。 あの深淵の森で、生き生きと剣を振るって鍛錬し、降り注ぐ光の中刈った鹿に真摯な祈りを捧げていたシュウ殿。 そんな彼の身におこった事とは思えず、何か趣味の悪い本を読み聞かされている気分だった。

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