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やりきれない顔をした少将が、また酒をあおる。 「事件の後もシュウランは、表面的にはそう変化は見受けられなかったかもしれない。  でも、自ら他者と深く関わろうとすることが無くなってしまった。  元は人好きで優しい性格だ。どれほど深く傷ついたのかそのことだけで充分に察せられるだろう。  まわりの者は親しい者を作ることを止めてしまったシュウランを酷く心配している」 そう言って、おれの顔をじっと見つめた。 「……なのにだ。そんなシュウランが一時(いっとき)でもあなたを受け入れた。これはシュウランにとってはかなり勇気の要ることだっただろう」 少将はあれだけ酒をあおっても、全く酔えていないようだ。 「シュウランが他者と深く関わるなんて、本当に大きな変化だ。それほどの決意をしたシュウランに、イチハ、あなたは何をした?シュウランがあなたを避けるのならきっとそれなりの理由がある」 じっと俺を見る。どんなことも見逃さないというような強い視線。 「なに…といわれても。……少し…しつこくしたかもしれません。会いたくないと言われたのに何度も会って欲しいとお願いしてしまいました。それから……」 「それから?」 「わざとではないし、そのつもりもなかったのですが、結果的に…色仕掛けのような事になって……しまいました」 顔が真っ赤になる。 俺はやっぱり少量でも酒が回っているんだ。 いや、あんな話を聞いてこちらもきちんと話さないといけないと言う気にさせられたのか。 『色仕掛け』だなんて、普段なら口が裂けても言わないような事をコウガラン少将に話していた。 「他は?」 「他?……他は…その、まともにシュウ殿のことを見れないのでこそこそ見てしまって。  鍛錬しているところや馬の世話をしているところなども覗き見してしまった。あれも多分怪しかったと思います。  それから……近づかれるとびっくりしてしまったり。  とにかく、俺はシュウ殿を意識しすぎて不審だったと思います。それが疑わしい態度に見えたのかもしれない」 一生懸命自分の行動を思い出す。 「それから……それから…ああそうだ、俺、慣れてないからきっと変だった。シュウ殿と…そういう事になった時、もうわけが分からなくなって…絶対変だった。ヤラシイって言われた…すぐイっちゃうし……ああ…やっぱダメだな…俺」 途中からもう、自分のダメさに頭を抱えていた。 シュウ殿は過去の事があるから不審なやからには警戒を抱くんだろう。 俺は不審なうえに気持ちの悪い奴だ。 避けられて当然かもしれない。 ガックリとうなだれた俺の耳に、くくく…と笑い声が聞こえてきた。 俺が『何が原因なのか』と、記憶を呼び起こしながら一生懸命話してるのに、なんなんだこの人は。 少将はこらえきれないとでも言うように顔を押さえて笑い続ける。 「イチハ……酔ってるのか?」 「え?ほんの少しだけ」 「いや、少しではないだろう?」 そこまで酔ってる自覚はないけど、けっこう酔ってるのかもしれない。 「でも酔ってるとしたら、今言ったことは全て本心ということだろうな」 それは間違いなく本心だ。こくこくと頷く。 「シュウランが好きか?」 つい大きく頷いてしまった。 既に赤い顔に、また血が上る。 「あ…ち、ちが……」 「ちがうのか?」 「ちが…わないです……」 もう、とっくにバレバレだ。今さら隠してもしょうがない。 「シュウランに会いたいか?」 大きく頷く。 会いたい。すごく会いたい。 少将の顔にニコリと笑みの花が咲いた。 「やはり、イチハはシュウランをたぶらかしたアイツとは全く違う。  なぜシュウランがあなたを避けるのかはわからないが、私は自分の目を信じる。あなたに協力をしよう。  シュウランは今王都に居る。彼と会いきちんと向き合ってみるといい。お互いがお互いのことをもっと良く知るべきだ」 コウガラン少将は俺とシュウ殿を会わせてくれると約束してくれた。 酔っているからと、またもや腰に手を回され馬車へ送られるが、近すぎる少将の距離感も心の距離が縮まったったからかそこまで気にならなくなっていた。 ◇ 翌日、商会事務所二階の会長室にレフと二人で打ち合わせをしていると、一階の事務所から妙な緊張感が伝わってくるのに気付いた。 レフが様子を見るために一階へ降りて行ったが、俺も気になって階段から覗いてみた。 一人は裏口の確保、一人は外部連絡が出来る位置にと、事務所にいる五人すべてが妙に緊張していた。 警戒態勢だ。一体何があったのか。 サッと緊張したが、レフが対応している人物を見て驚いた。 シュウ殿だった。 コウガラン少将が、もう話をつけてくれたのだろうか? しかし来客だというのに、こいつらは一体何をしているのか。 貴族だから緊張している? とはいえいつもの武人風の服装で、一目で貴族とわかる雰囲気ではないが。 ただ荷物を届けに来ただけだと説明しているシュウ殿の前に俺が進み出ようとすると、何故かレフに隠すように後ろへと押し戻されてしまった。 「何をしている。こちらは俺の来客だ。失礼は許さない」 そう言うと、レフが驚いた顔をする。 「え!? 本当に知り合いなのか?」 「ただ忘れていかれたものをお持ちしただけです。これで失礼致します」 「いえ、そういうわけには参りません」 シュウ殿の腕を掴んで引き止める。 ここで帰してしまっては、次いつ会ってもらえるかわからない。 帰すまいとがっちり腕を掴んでいるこの様子は、とても普通の来客対応には見えないんだろう。事務所内の空気もなんだか困惑気味だ。 シュウ殿の荷は、俺が持って行ってきちんと渡せずそのままになっていた手綱だった。 それをカウンターへ置いてもらい、ひきずるように二階の会長室へ案内すれば、シュウ殿も渋々といったようについて来てくれた。 何故かレフまでついてくる。しかもシュウ殿を警戒するような目で睨んでいる。 「今日の打ち合わせはもう終わりだ。かわりに誤発注分の納品先を明日までに決めてくれ」 「はぁ?それはまだ日数に余裕があるだろう?」 レフがシュウ殿との間に割り込むようにして俺の肩に手をかけた。 部屋から追い出す口実だってわかっているだろうに。 「レフ、さっさと行け。そんなに暇じゃないんだろう?」 手を振り払って言うと、レフはしぶしぶ部屋を出て行った。 「先ほどの方は、レフと言うのですか?」 シュウ殿にそう聞かれた。 「はい。クノースレフ。レフと呼ばれています」 失礼な態度を取ったので、さっさと追い出してしまったが、きちんと紹介した方が良かったかもしれない。 でも、早く二人になって話をしたかった。 シュウ殿が扉を気にしている。 もしやと思いさっと扉を開けるとまだそこにレフがいた。 わざとらしく書類を確認している。 「さっさと行け」 レフは一応去って行ったが、もしかするとまた様子をうかがうようなことをするかもしれない。 この会長室は奥の扉で俺の自宅へと繋がっている。 三階が個人的な居住空間で、二階はゲストスペースだ。 俺は来客用の二階の部屋へシュウ殿を案内した。

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