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数日の後、しなければならない話があるとコウガラン少将に呼び出された。 郊外の上品な隠れ家的料理店だ。 その場には何故かもう一人、次兄に当たるという方も同席している。 ライザランという名前らしく、財務関連の高官らしい。 この方もどうにも優美な顔立ちで、俺の目から見るとニヤけた優男だが、客観的な視点に立てば今まで見た男性の中で一番美しいのではないかと思う。 きっと母上が違うのだろう、髪の色は明るく目も明るい茶でパッチリとしているが、それ以外は二人と良く似ている。 年齢は俺と同じくらいに見えるが、その態度からして結構いっているのだろう。 末弟が一番老けていて次兄が一番若い。もう、この兄弟の年齢はさっぱりわからない。 名前もどこかで聞いたことがある気がするくらいなので、その美貌はかなり世に知れ渡っているのだろうと思う。 けれど、そんな事はどうでもいい。 再び俺の心が凍りついた。 誤解が解けたはずなのに、シュウ殿は俺に会うことなく一人深淵の森へと帰ってしまったらしい。 ショックで頭が真っ白になった。 血が凍てつき、心臓が軋む。 「イチハ、本当に申し訳ない」 少将が肩を落とし謝る。 が、少将は約束を守り、調書をシュウ殿に渡してくれた。そして、レフとのことも誤解であると口添えしてくれた。 俺は非常に感謝している。 しかし……。 俺にふわりと芙蓉のごとき華やかな笑みを向け、伸びやかな声で語る次兄ライザラン様。 「いや、シュウランが悪いのだよ。私の言うことを真に受けて、ちょっとからかっただけのつもりだったのに、本当にバカ正直にかわいい反応をしてくれるから、ついつい楽しくって調子に乗ってしまった」 「すまないイチハ。この男は反省という言葉を胎内に置き忘れ産まれてしまったのだ」 ライザラン様はイタズラが見つかった子供のように、バツは悪いがどこか嬉しげといった顔だ。 今日は少将が俺と会う約束をしているというのを聞きつけて、無理矢理について来たらしい。 「しかし、シュウランもまったく隅に置けない。いや、(ひな)びた森には行ってしまったがね!しかし、奴はいくつになっても全く変わらない。うん、まさかあんなにクソ真面目に自戒し、かつ、反省の態度を示してしまうとは思わなかったのだよ?」 まるで想像もしなかったことが起こったような口ぶりだが、どうにも嘘くさい。 どうやらシュウ殿のトラウマの一端はこの次兄殿が担っているらしい。 ライザラン様は幼い頃からシュウ殿をからかうのが大好きで、率先して鬼子と揶揄していたのもこの人。 幼い頃は、シュウ殿がいたずらに耐える様子が可愛くて散々泣かしたものだと楽しそうに語る。そしてその調子は今も続き、なにかとかまっては嫌がられているそうだ。 「本当に、我が兄ながら、良い年をして分別もなく好き放題。迷惑至極だ」 コウガラン少将が顔をしかめた。 ライザラン様はお気に入りのシュウ殿が王都に居る間は逐一動向チェックをしているそうで、コウガラン少将がシュウ殿がらみで何か動いていると勘づき、勝手に俺に関する調書を覗き見て、これはなんだとシュウ殿に詰め寄ったらしい。 しかし、そんな事をペラペラとしゃべるようなシュウ殿ではない。 そこをしつこく粘り、カマをかけ、漏れ出た答えの端々から推察した内容をつきつけ、結局事情を察してしまったらしい。 「いやいや、だってね?潔白な君をシュウランは疑ったんだろう?だめだよね?一度騙されたことがあるからって、あんなクソビッチと君を一緒にしちゃあ!可愛いだけが取り柄の穴ユルなスパイと、素朴で元気だが守りたくなるような雰囲気の君じゃ大違いだ!しかも君、初めてだったって?ヤルだけヤッてポイだなんて、シュウランも酷いよね!それで、ほんとに潔白だったら迎えに行くなんて、そんなヤリ逃げ男に都合の良い話はないよね!」 大筋はそんな事情だけど、なんだか全く違う……。 この調子でライザラン様に執拗に責め続けられたシュウ殿は、自分の行いを恥じ、海よりも深く反省し、俺に会わないことを『けじめ』として森に帰ってしまったらしい。 ……余計なことを。 約束を(たが)えてシュウ殿が森へ帰ってしまったと聞き、俺はひどくショックを受けた。 なのにその原因のライザラン様と話しをしてしまうと、どうにもシュウ殿に同情を禁じ得ない。 「いやぁ、君。そんな可愛くむくれないで!またシュウランに会いに行けば、あっさり色香に迷ってヤラせてくれるよ!」 この高貴で麗美な顔で…この下品さ。 「もう黙れライザラン。イチハ、本当に申し訳ない。本来ならばシュウランは約束を(たが)えるような男ではない。しかし、このタチの悪い次兄のせいで反省の方向性を間違って、あなたに会わないという選択をしてしまった。でも、あなたがまた去ってしまったシュウランを許せると言うのなら、森へ会いに行ってはくれないか?」 「なんなら、私が一緒に行っても良いぞ!」 「ダメだ!」 「結構です!」 強い調子でコウガラン少将と俺の言葉が重なる。 けれどライザラン様は花も霞むほどの美しい笑みを浮かべ、どこ吹く風といった調子だ。 「シュウランの()い人も見れたことだし、今日はいいことがありそうだ!実は今、妻が観劇に行っているんだ。きっとご機嫌で帰ってくると思うんだよね!七人目を孕ませたいのに嫌がられててね?劇を見て気分が盛り上がればその気になりそうだろ?」 そう言って同意を求めるようにうんうんと頷いている。 コウガラン少将の顔が一段と渋くなった。 「嫌がっているならもうやめろ。一人で六人産めば充分だろう」 「うん、最近はね、中出ししようとすると腹を蹴り上げられてしまうんだよ。うっかり別のモノが出そうになって怖いんだよねぇ」 別のモノって何だ…いくつかの選択肢がぐるぐると頭の中をまわる。 「シュカ様はなかなかに武闘派だからな」 「ああ!嫁いで来た時も女装をしているボディーガードかと思ったくらいだ!」 「………」 たとえ愛があってもこの言いようはあんまりじゃないかと思う。 …けど…。あれ? 少将もかすかに頷いてる…。 「じゃあ、私は愛しい妻を孕ませなきゃいけないから帰るね?イチハ、シュウランがまだグズグズ言うようだったら私が説得してあげるから、いつでもおいで?」 「ご遠慮しておきます」 誰のせいでこんな事になったと思っているのか……。 「まあ、シュウランは森にこもってるせいで溜まってるだろうからね!一発ヤればすぐにコロリだよ」 「っ……クズだ」 思わず口をついて出た俺の言葉にニッコリ満面の笑みを返してライザラン様は去って行った。 「イチハ…最後の『クズだ』はマズイぞ」 顔をしかめるコウガラン少将の言葉にハッとした。 たとえ問題は多いとはいえ、仮にもシュウ殿の兄上だ。しかも財務関連の高官……。 恐る恐る少将を見やる。 「失言でした。大丈夫でしょうか?」 「大丈夫じゃないよ。アレは……確実にライザランに気に入られた」 コウガラン少将のその一言に、俺は泣きそうになった。 ライザラン様はお母上が違うとはいえ、お二人とはあまりに…まあ、毛色が違うというかなんというか……。 けど、そんなライザラン様と話して思ったことがある。 シュウ殿は繊細だと言われていたけど……。 ライザラン様のお気に入りとして酷い扱いに耐えてきたのだから、やはり俺が感じていた通り剛胆な人であるような気がする。 まわりに気を使いすぎるから繊細に見えるだけなんじゃないだろうか。 自分を気づかう周りの人に、大丈夫だということを見せようとして、その姿が逆に無理をしているように見えて……。 シュウ殿は様々な人の悪意に晒され、人間関係でも酷く傷つき、ご両親の勧めもあって森で暮らしはじめ、今も人を避けるよう生きている……そのようなことをジントウイ殿もコウガラン少将も言っていた。 そういうところも確かにあるのかもしれない。 でも、ずっと近くにいたからこそ、見えなくなることもある。 シュウ殿が心に傷を負った為に森で暮らし続けているという話に、俺は少し違和感を感じていたんだ。 シュウ殿は過去の恋人の手ひどい裏切りで傷ついたとしても、自分の正義を貫いたことを後悔などしていないだろう。 きちんと罪をあきらかにすることによって、さらに他の人が被害に遭うことを食い止められた。そう思っていそうだ。 少なくとも、俺にはそんな強い人に見える。 シュウ殿はたしかに森に住むのを決めた頃に、傷ついていたかもしれない。 でも、人が何か大きな決断をする時、それを決めた理由は一つとは限らない。 森のそばのカチカの町でも住民になじんでいたし、狩りをする姿も生き生きしていた。 俺が森で会ったのは、強くて、思いやりのある、そして自然への感謝を忘れない……そんな陰りの無いシュウ殿なんだ。 シュウ殿は人を避けてなどない。そして(この)んでであそこに住んでいる。そういうふうに俺には感じられた。 そしてその姿がまぶしくて、どうしようもなく好きになってしまった。 シュウ殿や自分自身に関する話を人から色々聞かされて、俺は必要以上に心が追いつめられていたみたいだ。 ちょっと残念な人だけど、ライザラン様にお会いして、入っていた肩の力が抜けた感じがする。 もう余計なことは考えず、自分に正直になろう。 シュウ殿に会いたい。 シュウ殿は俺を拒んで森へ帰ったわけじゃない。 そう思っていいんだよな? 会わないなんて選択をしたのは、俺のこと……大切に思ってくれてるから。 そう信じても大丈夫だよな? シュウ殿のことを思うと、胸がぎゅっとする。 会いたい。 バカ真面目なあの人に。 勇敢なのに臆病な、俺の大切な人。 ただふわふわと浮かれたように恋してたのに、いつのまにかこんなにも思いがつのっていた。 ダメなところを知って余計に愛おしくなる。全てに寄り添って愛したくなる。 会いにいこう森へ。 もう、逃げたりなんかさせない………!

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