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22=最終回

俺が深淵の森の泉へ連れて行ってもらった後、少し経ってからシュウ殿は森を出て王都に居を移した。 ミンさんは森のそばのカチカの町に家族があるらしく館の管理のために森に残り、ジントウイ殿はシュウ殿と共に王都に戻った。 シュウ殿は貴族が多く居住する地域の端にある比較的小さな館に住み、警備局に入る事となった。 警備局は街の警備にあたる警備隊を監督指揮する行政機関だ。 官僚であり文官のはずなのにみんな矢鱈(やたら)とたくましい。 そして、文官なはずなのにみんな訓練好きだ。 式典などを華やかに盛り上げる軍部の騎士とは違い、本格的な武闘派集団。 警備隊を指揮するという名目の下に、事件などの現場に出ていって暴れたがる人がほとんどのようだ。文官なのに。 シュウ殿は縁故採用ではあるがお飾りではなくきっちり仕事をしているとコウガラン少将に聞いた。 森に住んでいても、領地の管理などをこなしていたらしいので、その経験が活きているんだろう。 シュウ殿は貴族の居住区だけでなく、庶民が住む地域のちょっとわかりにくい場所にも小さな家を借りている。 そしてどういう規則性かはわからないが、その二つを行き来している。 なぜそんな事をするのか聞いてみても、曖昧な答えしか返って来なかった。 はじめは『俺に会いに来やすいようにかな〜』なんて浮かれた事を思っていたけど、それは理由の半分くらい。 主たる理由は、次兄のライザラン様対策だ。 自分が絡まれたくないのももちろんだが、俺をライザラン様と鉢合わせさせたくないらしい。 これも少将に聞いた。 どうやらいろいろ相談にのってくれていたらしい。 とても、ほんとうに、まったく、非常にありがたいことだ。 少将は国だけでなく、俺とシュウ殿の平和も守ってくれている。 ライザラン様という危険要素はあるけれど、シュウ殿のどちらかの家に俺が行くのが通例だ。 事務所の上にある自宅では、俺がいろいろ気になってしまうのでこういう事になった。 一階の事務所で残業でもしていようものなら、落ち着いてキスも出来ない。 働いてる従業員の頭の上で……イチャつけないだろ。 別のところに引っ越そうかと言ったら、シュウ殿が一緒に暮らしてはどうかと言ってくれた。 シュウ殿と一緒に暮らす……夢みたいだ。 でも俺はまだその勇気が出せず、事務所の上から引っ越せないでいる。 今日はシュウ殿の貴族の居住区の館へ来ている。 ソファに座るシュウ殿にもたれかかり、イチャイチャ中だ。 憧れの朝チュンはすでに何度も体験したけど『ほっぺにチュウして起こす』…というのは無理そうだ。 必ずシュウ殿が先に起きている。 たとえ直前まで寝ていたとしても、俺が目覚める気配で目を覚ますらしい。 武人の本能みたいなものなのかな。 ベッドでのまどろみも無く爽快に立ち上がるシュウ殿を、俺はいつもぼんやり眺めてる。 でもいつか『ごっこ』でもいいから朝のイチャイチャをさせて欲しいとお願いしてみたい。 俺にはささやかながらも憧れていた『イチャイチャ』がいくつもあって、それをお願いするとシュウ殿は必ず断らずに応えてくれる。 あまりにもささやかすぎて、なんでこんな事お願いしてくるのかと不思議そうに微笑まれたりもするけど、憧れてたんだからしょうがない。 例えば『恋人つなぎ』とか『鼻の頭にチュウ』とか『スプーンであーん』とか『優しくおでこ同士をコツン』とか。 したいだろ?したいって! 一番よくわからないって顔をされたのは、『しゃがんだ状態から横に立っている俺の顔をふっと見上げる』というやつだ。 シュウ殿のかっこいい背中からの、肩越しに俺を見上げるきりりとした目……。 もう、素敵すぎて俺はそのままソファのクッションに飛び込んで叫びまくってしまった。 まあ、これはイチャイチャですらないんだけどな。 ソファでイチャイチャ中なのでついでにお願いしてみたいことがある。 背中からギュッってやつだ。 立った状態ではしてもらった事はあるけど、足の間に座って後ろからギュ…って…あ、憧れる……! シュウ殿にお願いしてみたらあっさり承諾してくれた。 けど、なんだか……思っていたよりずっと恥ずかしい。 ただ足の間に座るだけ…なんてイメージしていたのに、実際は触れるシュウ殿の太ももの温度とか感触とかが結構……。 しかも俺のお尻の後ろにすぐ……いや、それは考えるな! あ…ギュッとされると、シュウ殿の腕だけじゃなくて胸まで背中にぴったりくっついて……俺、結構背中が敏感だから……。 「あ…ちょっと……」 シュウ殿がもたれかかるように肩に顎をのせてきた。 耳にぴったりシュウ殿の頬があたる。その暖かさにと柔らかさにメロメロになりそうだ。 「ちょっと…なんです?」 「……!」 思わずピクンと背が跳ねた。 シュウ殿の息が耳をくすぐって…かなり……まずい。 「イチハ殿、自分でして欲しいといったのに…ふふ…顔が真っ赤だ」 「っっ!…ダメ!耳元で笑うの禁止です……!」 反応してしまわないよう、思わず膝をすり寄せてしまう。 「ふ…。すみません…。笑うの禁止…ですね……」 シュウ殿の手が、ゆっくり俺の身体を撫で始めた。 「あ…それも…撫でるのもダメです……」 「これもダメですか?では、他にダメな事はありますか?」 ちょっと考えが、取り立てて浮かばない。 こうやって抱きしめられていると、たまらなく気持ちがいい。 「ダメな事は……ないです。このままぎゅっとしてください」 甘えるように、シュウ殿の顔に自分の頬をすり寄せた。 「わかりました。では、次からはイチハ殿が『ダメ』と言うのが禁止…ということで」 そう言うと、優しく口づけられた。 全身をシュウ殿に包み込まれて、口づけられて、俺はもうトロトロに溶けてしまいそうだ。 『座って背中からギュ』は、俺の想像以上の破壊力だった。 「イチハ殿、また…そんな顔をして……」 そう言われても、シュウ殿の腕の中が気持ちいいのがいけない。 自分からシュウ殿の唇を求める。 「ふあっっ……!」 キスの最中にシュウ殿が俺の乳首に悪戯をしてきた。 「ちょっ!シュウ殿ダメです!」 「ダメじゃないでしょう?『ギュッとして』と言ったのはイチハ殿だ」 「あっああっ!っっやめっ!ココを『ギュッ』てしたらっっっ!」 確かに『ギュッとして』とは言ったけど…こんなメロメロでトロトロの状態で、すぐにシュウ殿の指に反応する欲しがりな乳首をギュッとされてしまったら……! 強弱をつけた刺激に、すぐに俺のモノまで張りつめてしまう。 「イチハ殿、やめてと言っておきながら、そんなにお尻をすり付けられたら……」 「だって…だって…ちくび…ぎゅっぎゅってするからっ!ぁあっ!しってるくせにっ!おれちくびですぐイっちゃううっっっ!」 ギュッと摘まれる甘い痺れとツンツンと弾くような刺激に耐えられず、だんだん腰がずり下がっていく。 もうほとんど膝の上に寝ているような状態になってしまった。 そして陸に上げられた魚みたいに身体がピクンピクンと跳ねあがってしまう。 それでもシュウ殿は手を止めてはくれない。 ここまでくると、もう……。 「ぁうう!あふん!しゅうどのおねがい!イかせて!ちくびにチュッチュしてイかせてっ!」 シュウ殿はちょっと頭の飛んでしまった俺の淫らなお願いも断らない……。 「お望みのままに」 俺の大好きな微笑みを浮かべて、願いを叶えるべく、ビクつく身体に顔を寄せた………。 …………。 ◇ たっぷりといちゃついた後、ちょっとだけ気になっていた事をシュウ殿に聞いてみた。 「シュウ殿、深淵の森の姫の噂ですが、どういったものを聞いていたのですか?」 「どういったもの?『深淵の森には隠された姫が居る』……という以外にもバリエーションがあると聞いた事もありますが、具体的には……」 良く知らない様子のシュウ殿に、『兄王の愛を受け、その愛を一途に守るために身を隠した』『魔法によって閉じ込められている』『昼間は動物になる呪いをかけられている』など、いろいろなバリエーションを教えた。 「兄王…とは、深淵の森の姫が現王の妹だという噂が?」 シュウ殿が呆れている。 「深淵の森の姫は先王の寵妃であった、ユイファ様のお子という話になっていますから……」 「な……!あの人にはそもそも姫は居ない。なんでそんな話に……」 「そうなのですか?『ユイファ様に似て、美しすぎるがゆえに、先王によって隠された』とか、逆に『自分の容姿に悩み可愛らしいと言われるのを受け入れられず、自室の鏡を叩き割って森に隠れた』とか『姫として育てられたが、恋する人に実は男だと知られたくなくて森に隠れた』なんていうものもあります」 俺の話にシュウ殿は呆れたような困ったような、なんとも微妙な表情をした。 「……その話は庶民の間で広まっているのですか?」 「『美しすぎるがゆえに、先王によって隠された』というのは定番です。あとの二つはどちらかと言うと変わり種でしょうか」 「そうですか。…はぁ……」 妙に深いため息をついてシュウ殿が頭をかきむしった。 「私にはそのおかしな噂話を広めた人物に心当たりがあります……」 そう言われて嫌な予感がした。 いや、確実にそうだろう。 「まさか……ライザラン様?」 「そうとしか考えられません。それらの噂は、深淵の森にいる私をからかったものでしょう……。『かわいいかわいい』としつこく絡んでくる彼を振り払おうとして鏡が割れてしまった事もあった。とはいえ、もちろん私は女として育てられたりはしておりませんが……」 苦々しい顔でシュウ殿はさらに深いため息をついた。 そんなシュウ殿の様子に、俺は密かに息を呑んだ。 俺が『隠された姫』を探して深淵の森に行ったことをシュウ殿は知らない。 実はずっとそのことを後ろめたく思っていたんだ。 でも、今の話を聞いて俺の『隠された姫探し』が、とても大切な甘い秘密に変わった。 だって…俺が探していた『深淵の森の姫』はシュウ殿のことだった……そういうことだろう? 奥手でヘタレすぎる俺には、もう手に入らないんじゃないかって諦めかけていた。 ずっと欲しいと思っていたけど、欲しいと思う事からも目を背けていた。 でも、行動をおこし、深淵の森でようやく手に入れることができた、俺の『最愛の人』。 精霊によって導かれ縁を結んだ俺の最愛の人は、たくましくて真面目で優しくて……。 そして、俺だけに…ほんのちょっとだけ甘くて意地悪なコトをする。 でも、だから余計に好きになってしまって困る……というのも秘密にしておこう。 『イチハ殿を…かけがえのないものとして…慈しみ…想い…共に生きると……誓います』 泉での精霊の誓いを思い返す。 あのとき感動して何度もキスを返したが……。 俺の肩を抱いているシュウ殿の耳にそっと口を寄せる。 そして、小さな小さな声でそっとささやく。 「シュウ殿を、かけがえのないものとして、慈しみ、想い、共に生きると誓います」 ぱっと弾かれたようにシュウ殿が俺を見た。 本当はちゃんと誓った方が良いんだろうけど、今はまだこんなふうにするのが精一杯だ。 シュウ殿も多分それをわかってくれている。 ギュッと抱きしめて……こんどは俺から誓いのキス。 今はこんな風にしか言えないけど…いつか……。 「イチハ殿、いつか深淵の森の姫の前で、今の言葉を……」 ええ、いつか必ず、深淵の森の姫の前で……。 『シュウ殿を、かけがえのないものとして、慈しみ、想い、共に生きると誓います』 きっと、そう遠くない日に………。 《終》

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