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番外:『天上の宝玉の華』と『馬糞の泥団子』
なぜか今、チハ商会事務所の二階の会長室がとても華やかだ。
こんなところには全く似つかわしくない、事務所と言う単語すら全く似合わない華美な人たちが居る。
ライザラン様とコウガラン少将だ。
俺を食事に誘っても都合が悪いと断られるからと、ライザラン様が事務所に遊びにくるという奇襲攻撃を仕掛けてきた。
それを察知したコウガラン少将は止めようとしたが止めきれず、一人で行かせるよりはマシだろうとついて来たというわけだ。
この二人の登場に、事務所内は一気に緊張が走った。
なんだか初めてシュウ殿が事務所を訪ねてきたときを思い出す。
あの時と違うのは、空気がだいぶ浮 ついているというところだろうか。
レフに二人ともシュウ殿の兄弟だと紹介したら、耳元で『イチハ!お前はやっぱりアイツに騙されている!』と、小声ながらも力説してきた。
なんでそういう発想になるのか全く意味が分からない。
本来ならば二人を自宅のゲストスペースに案内した方がいいんだろうが、ライザラン様を招き入れるのはちょっと怖すぎるので会長室に案内することにした。
「へぇ、やっぱり深淵の森の泉に連れてかれたんだ?ああみえてシュウランもちゃっかりしてるよねぇ」
茶化されたくないからライザラン様にこの話はしたくなかったのに……。
「アソコ、イイだろう?」
ああ、この人でもあの場所の神聖な空気には……。
「でっかいチンコ岩があってさ!」
うぐっっっ。
な…なにを……。
まさか……あの洞窟の……?
「ライザラン…!それを言うな。そう思ってるのはお前だけだ」
コウガラン少将の制止もライザラン様には通用しない。
「妻と一緒に行くのが慣例なんだけど、あそこに行くと孕ませたくなって困るんだよね?あの穴にそそり立つ白いでっかいディルドをぶちこみ……んぐ」
強制終了だ。
たくましくも華麗な軍人に儚く美しい人が無理矢理口を押さえられるという、もしそういうのが好きな人が見たら喜びそうな状況かもしれないけど、仕返しとばかりに顔を引っ張り返して……まるっきり子供のケンカじゃないか。
ところでディルドってなんだろう。
深淵の森の姫に例えられる聖域の鍾乳石のことだよな。
でも、多分ライザラン様に聞いちゃダメだ。
うん、あとでシュウ殿に聞いてみよう。
「そんなだからシュカ様に叱られるのだ」
「妻は照れ屋だからね。聖域に行くといつも『精霊さまお力をお貸しください』って言ったあとに泉に突き落とされるんだよ。もう!水に濡れた私がセクシーだからって酷いよね?」
「お前は王族じゃなけりゃ下流までまっしぐらだろうよ」
「妻も『私は精霊に認められてここに居るけど、お前は王族じゃなきゃここに辿り着く前に死んでいる』なんて。愛情深いよね。私の身体のことをすごーく心配してくれているんだよ。本当に可愛らしい」
………なんだか今、とんでもないことを聞いた気がする。
「ライザラン様は……王族なのですか?」
「そうだよ?それがどうかしたのかい?」
「えーっと?コウガラン少将はライザラン様とご兄弟なのですよね」
「ああ、残念なことにな。……イチハ?なんで今さらそんな事を?」
「コウガラン少将は……少将も王族ですか?」
「………イチハ、私も王族だし、もちろん兄であるシュウランも籍を抜いたりしていないから王族だぞ。おい?イチハ?」
「へぇ?はぁー?そうなんですか?へぇ???」
「おい、イチハ……まさか知らなかったのか?」
「へ?いや、うん、知らなかったけど。ええ?シュウ殿も?はぁ?」
「おーい。イチハ大丈夫か?」
「え?大丈夫だよ?ぜんぜん?大丈夫って何が?」
「いや、あきらかにおかしいぞ?」
「ほう!シュウランは出自を偽りイチハを騙し、誑 かしていたのか!」
「ライザラン、引っ掻き回すな」
「しかし、シュウランはあんなふうだから王族だと気がつかなかったのはともかくとして、イチハは私のことを知らなかったのかい?」
なんだか妙に自信たっぷりにライザラン様が言う。
でも確かにライザラン様の名前は聞いたことがあった気もする。
「王弟であり『天上の宝玉の華』と讃えられる私の美貌はそうそう見間違えようがないだろう?」
「あーー中身は『馬糞の泥団子』ですけどねー………」
混乱のあまり心の声がだだ漏れになっていた。
「なるほどイチハ。そちらの方がコイツを良くあらわしている。ライザランの容貌はイチハには全く響いてないみたいだな」
「なぜだろうね、妻といいイチハといい、まぁシュウランもだが、可愛いと思う子には私の美しさが全く響かないみたいだよ」
「その三人だけじゃない。まわりに居る人間は全てお前に呆れている。今度の三国会議での祝宴でも、一言もしゃべるなと兄上が言っていただろう」
「ならば呼ばなければいいのに。外側だけ必要とされてるなんて……なんてさびしいことだろうね?」
俺はハッとした。ライザラン様にもライザラン様なりに苦しみなどが………。
って……なんだそのニタニタとした表情。
「心にもないことを言うな。イチハが真に受けてるぞ」
「ん〜!ほんとにイチハは可愛いねぇ」
「コイツは男にいやらしい目で見られただけで鳥肌が立つくせに、隣国の大臣補佐官が気に喰わないからと容貌をフル活用し、色仕掛けでその気にさせて陥れるような性悪だ。本当にろくでもない。実はコイツが風呂上がりにパンツいっちょでうろうろして子供たちに嫌がられてるオヤジだって知ったら、引っ掛けられた大臣補佐官はどう思うだろうな……」
「私の美しい体をみて子供達に美意識を高めて欲しいという、情操教育だよ?」
「性教育だと言って子供の前で抱きついてくるのをどうにかして欲しいとシュカ様が言っていたぞ」
「両親の睦まじい姿を見て育つと、心豊かに育つんだぞ?知らないのか」
「父親が毎日母親にケリ飛ばされている姿をみて、睦まじいと判断するとは思えないな」
「シュカだって私の美しい体を傷つけてはいけないと思っているから、毎度ソファへ蹴り込むのだよ」
「みぞおちから足跡が消えないと聞いたが?」
「うん、愛の証だね?ちょっと大きなキスマークみたいなものさ」
なんだかライザラン様のろくでもない話を聞いていたら、この人たちが王族だという事を知った衝撃がだんだん薄れて……いや、麻痺してきた。
しかしこの人たちは、今日、何しにここへ来たんだろう。
もしかすると俺が深淵の森の泉に行ったのかその確認?
あそこは王族にとって、とても重要かつ神聖な場所だ。
そんな場所に俺が行ったとなると、何か問題になったりするんじゃないだろうか。
「あの…それで今日は……」
「うん、まあ当然泉には行っているだろうということで、内々でイチハのお披露目を決めてたんだよ。1ヶ月後の指定された日にちょいと内宮まで来てね。その後水晶宮で挨拶、泉に行ってみんなの前で誓い、また内宮に戻って会食。それから歴代の王の墓をまわって、王族籍をもつお歴々に挨拶回り。で、夜の会食があって初夜ね。で、また昼に挨拶をして解散!」
「……その日は腹痛の予定なので行けません」
「………」
「…………」
妙な沈黙が訪れたけど……しょうがないだろ?
勝手によくわからない予定を組まれると怖いじゃないか。
しかも、全く信用していないライザラン様に。
そして、後に俺はライザラン様を黙らせた男として国王陛下に紹介されることとなる。
もしかすると、オレの人生の中でこれが一番自慢できる出来事かもしれない。
俺がシュウ殿と泉に行ったということは、心配していたのとはだいぶ方向性はちがうが、やっぱり王族にとってはかなり重要なことだったらしい。
けれど、精霊に認められ、シュウ殿のご家族(?)にも認められ、俺たちの仲は順風満帆なようだ。
お披露目に関してはどうなるかわからないが、シュウ殿のご家族にきちんとご挨拶をする機会が持てるのはうれしい。
そうだ今晩、家族の話をたくさん聞こう。
シュウ殿のたくましくて暖かい腕の中で。
《終》
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