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番外:精霊の夜と王の願い・3

神事が終わり、皆森を去って行く。 どうやらほとんどの王族がこの近くの街などに別荘を持っているらしかった。 館には陛下が夫妻で滞在するようだ。 「イチハ、疲れているだろうがこのままザハリドへ行こう」 「え……?」 「宿を取っている」 ザハリドとは近隣の中規模の商業都市だった。シュウ殿に言われるまま、簡単に荷物をまとめて館を後にする。 精霊の灯りは森を出るまでシュウ殿に寄り添っていたが、最後小さく点滅して森へと消えて行った。 ザハリドまでは馬車で一時間。宿を取っているとはいえ、こんな夜中に訪れて大丈夫なのかと思っていたが、街には煌々と灯りがともされ、新年を祝う人で溢れていた。 どうやら年またぎに三日間通しで祭りが行われているらしい。 予期しない出来事に、ふわふわと現実感のない状態で出店や大道芸など雑多な祭りの空気を楽しむ。 さっきまでの神聖な空気とは間逆の、ざわざわと雑多な賑わいだ。 派手な縁起物の飾りを売る屋台には人だかりができていた。 シュウ殿が縁起物の焼き菓子を買ってくれる。 それを二人で歩きながら頬張った。 俺はこういう祭りの類いが好きだけれど、シュウ殿が自らこういうところに出向くイメージがない。 俺のためにここに誘ってくれたんだろうか。 ……いや、間違いない。 俺はよく知らなかったが、ザハリドの新年の祭りは有名らしい。そんな街で王族の特権があったとしても、昨日今日で宿が取れるとは思えない。 ましてやシュウ殿はほとんど王族の特権を利用する事がない。 賑わやかな祭りは楽しい。 けどさらにシュウ殿の俺を想う気持ちまで加われば、幸せでたまらなくなる。 祭りのメイン会場へと向かう。 四メートルはありそうな、木や藁で出来た大きな人形に人々が願いを書いた紙をこよりにして結びつけていた。 それを夜明け前に燃やすらしい。 だんだんと人々が集まって来た。そろそろ点火のようだ。 けれど、まだこよりを結ぶ人がいる。 それを魔物の面をつけた男が滑稽な動作で邪魔をして皆を笑わせる。 「イチハ、願いを書かないか?」 「…うん。書こう」 シュウ殿がこんな事を言い出すなんて思わなかった。 俺に気を遣ってくれたんだろうというのはわかっているけど、どうにも可愛らしく思えて、顔がだらしなく笑ってしまう。 願いを書いた紙をこよりにして結ぶ俺の後ろにシュウ殿が立つ。 なぜか悪魔の面をつけた男が邪魔をしに来ない…と思ったら、シュウ殿の周りを遠巻きにウロウロしている。 それを周囲のみんながクスクスと笑う。 子供がキャッキャと喜んで「悪魔と悪魔!」と叫んだ。 またみんながドッと笑う。 ……もう一人悪魔が増えたんだろうか。 それらしき姿は見えないけど。 シュウ殿がこよりを結ぼうとすると悪魔が寄ってきた。 邪魔な悪魔を片手で制圧してシュウ殿がこよりを結びつけてている。 ジタバタする悪魔に周りがドッと湧いた。 こんなに子供ウケのいいシュウ殿を見たのは初めてだ。 俺たちを最後に人形に火が放たれた。 パチパチと音を立てて炎が昇っていく。 木や藁が焦げる香りが広場を包んだ。 うねる炎に顔を照らされながら、人々が一心に火を見つめている。 「シュウ殿は何を願ったの?」 「人々の平穏だ。イチハは何を?」 「俺もそんな大きな願いにするべきだったかな。もっとシュウ殿の笑顔が見たいって書いてしまった」 シュウ殿は驚いた後、困ったように眉を下げた。 「それは…努力をしよう」 うっすらと頬が赤くなったのは、焼けるような炎の熱のせいだけではないだろう。 「俺も、もっとシュウ殿に笑顔を見せてもらえるよう、幸せにする努力をするから」 フッと優しく微笑んで、シュウ殿が俺の肩を抱いた。 小さな笑顔だけで、俺の心まで温まってくる。 幸せにすると言ったばかりなのに、俺ばかり幸せになってしまって困る。 炎の熱を背中に受けて、広場を後にする。 シュウ殿の取ってくれた宿はそこからそう遠くない場所だった。 宿についた途端に疲れが出る。 案内されるままに部屋に入って素早くシャワーを浴びた。 体を拭いて一息つき、大きな窓に目をやると、広場の人形は半分ほど焼け落ちていた。 皆の願いを乗せて煙が天にのぼって行く。 そして地平線に今年最初の太陽が空を赤く染めながら光を伸ばしていた。 「綺麗だな」 素早くシャワーを浴び終えたシュウ殿が、窓辺に立つ俺を背後から抱きしめてくれる。 「本当にきれいだ」 たったそれだけで、二人の心が繋がった気がした。 けれど空が青さを増すほどに、眠気が勝ち始める。 名残惜しいがカーテンを閉め、二人寄り添いすぐに泥のように寝入ってしまった。 ◇ 夕方に起き出し、二人でまだ新年の賑わいを見せる街を歩いた。 屋台が立ち並び、辻々では様々な芸などを披露している。 目的もなくただ歩くだけで充分楽しめた。 人混みでさりげなくシュウ殿が俺をかばってくれる。 俺だって長身な方なのに、半身で守るシュウ殿の厚い胸を頼もしく感じてしまった。 食欲をそそる美味そうな匂いが通りに漂う。 串に刺さった餅が焼かれていた。 「買おうか?」 シュウ殿に尋ねられ、顔がほころんだ。 けど、これはいけない。 アジュラン陛下に言われたのに加え、俺もそうしたいと思ってた。 俺がシュウ殿を甘やかすのだ! けど、これじゃいつもと変わらない。 「俺が買う。どれがいい?」 シュウ殿は少し不思議そうな顔をして焼いた餅を選んだ。 そして他の人たちと同じように歩きながらそれを食べる。 けど、夜に焼き菓子を食べた時と違い、妙にシュウ殿がぎこちない。 「もしかして、あまり好きじゃなかった?」 「いや、これは…その…歩きながら食べるというのが初めてで。焼き菓子くらいならどうにかなったが、これは案外難しい。どうにも足が止まってしまう」 「え!?」 かつては森に住み、街中では警備局の仕事で荒くれ者相手に大立ち回りを演じる事のあるシュウ殿だが、考えてみれば街中で歩き食いなどするような生まれではない。 「だったら、そこの広場に座ろう」 広場の石段に誘導しながら、内心『歩きながら食べる事が出来ない』と、戸惑うシュウ殿が可愛くて可愛くて……。 「どうぞここに座って」 ほんの少しだけど、シュウ殿をエスコートできた。 「ありがとう」 にこりと微笑んでシュウ殿が餅に口をつける。 座れば当然食べられる。 当たり前だ。 けど、ああああああ……可愛い。 俺の顔はもう修復不可能なくらいデレデレだ。 「ああ、素敵な髪紐だな。これとかどう?」 再び歩き始め、小物屋台の前に立ち止まった。 「綺麗な色だ。でも、イチハには少し派手な気がする」 「俺にじゃないシュウ殿に。ああ、どれも素敵だ」 「私に?いや、これはさすがに派手すぎだろう」 赤と黄色と緑、白で組まれ華やかな玉が四つ付いている。 シュウ殿は地味な服装を好むけど、メリハリの効いた顔立ちなので小物は少し派手なくらいで丁度いい。 「ああ、こっちも素敵だなぁ。どちらが好き?」 「私はいいよ。イチハのを選ぼう」 「年またぎの贈り物を買いに出られなかったでしょう?俺が選んだ物をシュウ殿に身につけてほしいから」 強引に俺の選んだ髪紐二つの中から、シュウ殿に好みのひとつを選んでもらった。 「あちらにボタン飾りが。シュウ殿に似合うのは……」 「イチハ、そんなに要らない」 「俺がシュウ殿のものを選びたいんだ。たまの我儘だからもう少し付き合って」 ちょっと困ったような顔をしながらも、俺の買い物に付き合ってくれる。 シュウ殿は上質なものが一つあれば、それ以上買ったりすることは滅多にない。 こういう買物には慣れてないはずだけど、楽しそうにしてくれている。 結局、髪紐にはじまり五~六点の買物をしてしまった。 「イチハは何か欲しい物はないのか?」 「ふふっ。俺は今貰ったから」 「何か買ったのか?」 「シュウ殿の身につけるものを一緒に選んで、シュウ殿が笑ってくれて……はぁ……幸せだ」 「イチハ……」 シュウ殿が額に手を当てて空を見上げた。 少しはしゃぎすぎただろうか。 不安になったけれど、シュウ殿がさりげなく肩を抱いてくれる。 「年またぎに一緒に出かけられなくて済まなかった。今イチハとこうやって過ごせて私も楽しいよ。ありがとう」 ……ふぁ……シュウ殿の目が…目が…ああ、幸せに輝いてる。 あああああ……嬉しい。 幸せだ。 ダメだ…また頭がお花畑になってしまった……。 「……イチハ、フラついているな、疲れたのか?もう、宿に戻ろううか」 もちろん疲れたわけじゃない。シュウ殿にメロメロで頭に血が上っているだけだ。 けれど、俺はその言葉に従って宿に戻ることにした。 ◇ 祭で賑わう街を歩けば、様々な匂いが染み付く。 宿に戻ると気になって、すぐに湯を浴びた。 疲れているとは思っていなかったけれど、風呂あがりにベッドに寝転べばすぐに寝入ってしまった。 優しい感触があって、目を開けると目の前にシュウ殿の凛々しい顔があった。 鋭い目が優しく緩んでいる。 つられて俺にも笑みが浮かぶ。 ああ、やっぱり目元のホクロがセクシーだ。 指でなぞるとキュッと目をつむった。 そのままシュウ殿の頭を抱き込む。 まだ少し髪が濡れている。そんなに長く寝てはいなかったようだ。 シュウ殿の背中をポンポンと叩く。 「年末もお仕事お疲れ様でした。それから、祭りに連れきてくれてありがとう」 「楽しんでくれたか?」 「すごく楽しかった。シュウ殿がこういう祭りに興味があるなんて思わなかったな」 「……それは…コウガランに勧められたんだ。あいつはこういうことに詳しいから」 「そっか。少将にも感謝しないと。でもやっぱりシュウ殿に感謝だ」 「シュウ殿、ありがとう。ありがとう。ありがとう」 背中を撫で、頭に頬ずりする。 「……」 困惑する気配がしてるけど、気にしない。 だって俺には使命があるのだから。 そう、それは、シュウ殿を癒し甘やかすこと!! ……まあ、ただ単にアジュラン陛下の真似をしつつイチャイチャしたいだけなんだけど。 陛下の言葉を参考にするならば、しつこくナデナデと可愛がり続けていれば……。 ふぁっ、本当にフッと力を抜いて身を任せてくれた。 ああ、嬉しい。 だらしなく顔が緩んでもシュウ殿には見えていないので大丈夫だろう。 甘やかされてる気分になってくれているのかはわからないけど、俺は『猫っ可愛がり』を満喫だ。 そっと俺の腰に手が回される。 ふぁ……。シュウ殿が甘えて抱きついて来た!! いつもなら『抱きしめられた』と思うところだろう。 けど、意識が違うだけで、トキメキかたも変わるらしい。 はぁぁぁ……。 ちょっと俺の胸に顔をすりけてきてくれた。 たまらない……。シュウ殿が可愛い。 ああ、可愛い…。 可愛い…。 髪を梳くようにように撫で、そっとシュウ殿の顔を胸に押し当てる。 ……けど…あ、いけない。 シュウ殿の手がシャツの裾を割り、唇が薄いシャツ越しに、人並み外れて敏感すぎる俺の胸に……。 まずい、このままじゃ俺はあっけなくシュウ殿に喘がされる。 ここは……。 「どうしたの?今日は随分甘えんぼさんですね」 「……」 俺のセリフにシュウ殿が小さく動揺した。 「シュウ殿、ギュッてしてあげます」 ただ抱きついただけだが、シュウ殿が少し恥ずかしそうにしている気がする。 「ギュッ、ギュッ」 いつもなら強く抱きしめ返してくれる腕が弱い。 けど、そのせいで『抱きしめてあげている感』は出る。 「どうした…イチハ」 「どうしたって…今日はシュウ殿が甘えんぼさんなだけだよ」 「いや、そんなことはないと思うが」 「……気付いてないの?ということは、無意識ですごく甘えたがってるんだ」 「……そう…?なのか?」 頬に手をあて、眉根を寄せた。 「シュウ殿、可愛い」 シュウ殿が目をむいた。 そして薄っすらと頬が赤く染まる。 「……」 何も言えず視線をさまよわせるシュウ殿の額に、そっとキスをした。 「可愛い……」 まぶたに、鼻先に、そして頬にキスをする。 少し困った顔はしているが、なすがままだ。 はぁぁぁ……本当にシュウ殿が可愛い。 けど、自分のスキル不足が恨めしい。 このあとどうしていいかわからない。 しかも、そろそろと背中を撫でてくれるシュウ殿の手にゾクゾクと感じ始めてしまった。 けど、今日は俺が甘やかすんだから……。 「シュウ殿、もっと甘えていいよ。俺が全部受け止めてあげるから」 強がり半分だが、撫でる手すらもシュウ殿が俺に甘えてきてるんだということにさせてもらおう。 「……そう言われてもどうしたらいいのか」 はぁ…もう、困ってる様子も可愛く見えてしまう。 可愛い。可愛い。 キスだ。シュウ殿の全てにキスしたい。 額にまぶたに鼻先にチュ、チュ…とキスを散らす。 そしてシュウ殿の形のいい唇にそっと指を這わせ、それから唇を合わせた。 二度三度と触れるだけのキスを交わし、互いが互いを求め合うほどに深いキスへと変わっていく。 「…んはぁ…ん…シュウ殿。可愛い」 俺が可愛いと言うたびに、シュウ殿の眉が困ったようにゆがむ。 それがまた可愛く思えてしまう。 今日はもうダメだ。 いつもはカッコ良さに見惚れるシュウ殿の鋭い目すら可愛く感じるようになってしまった。 「イチハ…可愛いなどと、やめてくれ。この目には一体何が映ってるんだ?」 「シュウ殿だって俺のことを可愛いと言う。俺はもうずっと前からシュウ殿の目はおかしいって思ってた。けど愛しい人を可愛いらしいと感じるのは普通のことでしょう?」 「イチハは私以外の多くの者にも可愛いと思われているよ」 「シュウ殿だって、アジュラン陛下を始め多くのご親類に可愛いと思われている」 「……それは、親兄弟は違うだろう?」 「俺は伴侶だから兄弟よりもシュウ殿を可愛いと思っていて当然だ」 「……まあ……。そう…言われれば…確かに」 ふうとため息をついて、諦めたように俺の身体をゆるく抱きしめる。 俺は勢いづいてさらにキスを重ねた。 「ぁは…んんっ……」 互いの身体にふれ合いながらキスを交わせば、すぐに欲情も高まる。 気付けばシュウ殿にまたがって胸にすがりつくようにキスを求めていた。 「ん…んぁ……」 下から腰をすりつけられれば、感じやす過ぎる俺の身体は自然と逃げる。 けれど、しっかり腰を手で押さえ付けられてしまえば、ぐりっと下半身同士のすれる感触に、あごをそらして震えるしかない。 俺がこんなになっているのに、シュウ殿がすっかり余裕を取り戻してしまったのが悔しい。 「シュウどの、もっと…いっぱいあまえてください……」 完全に強がりだ。 シュウ殿にもそれがわかってしまっているんだろう、フッと笑ってさらにしっかりと腰をすり付けられる。 「んっ…んっ、んぁ…!」 「では一人王都に残され、しばらく会えずに寂しい思いをした分、イチハにたっぷりと甘やかしてもらおう」 少し強引に着衣を剥がされる。 けれど、それがシュウ殿も本当に俺に会えなくて寂しく思っていた証拠のように感じられた。

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