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第3話

 不良あがりのいかつい男ばかりの団体だが、律哉と同じく、クラブイベントの運営で稼いでいる。夏前、佐和紀が首を突っ込み、悪い仲間を一掃したことで、いっそうクリーンなカタギの集まりになった。ヤクザの干渉も減っている。 「いいもの、見ただろ?」  佐和紀から引き剥がされた律哉が眉を跳ねあげる。大和田は腕組みをして唸った。 「そやけど、律哉もサーシャさんも男やろ。ハッと気づいたときの、この……モヤモヤ感が、半端ない……」  リーダーの言葉に、佐和紀のそばに立つ紅蓮隊メンバーの男も深くうなずいた。引っ張られた腕はすぐに解放され、ひとりぶんの距離が置かれている。  律哉の腕が掴まれたままでいるのと、大きな違いだ。  佐和紀はさりげなく、彼に近づいてみた。距離を半分に詰めると、ススッと離れていく。佐和紀はまた近づいた。男がスススと離れる。 「サーシャさん、いじめんといてやって……」  大和田に腕を掴まれ、元いた場所まで引き戻された。 「あいつ、逃げるんだけど」 「それは、逃げますよ」 「出かける前にシャワー浴びたんだけどな。煙草くさい? いまさら気にする?」  自分の匂いを嗅ぎながら聞くと、律哉が笑い出す。 「フェロモンがなー。出てんだよ、サーシャ」 「……おまえ、いまさっき、『最近シてない顔』とか言ったくせに」 「それは満たされてるのかって話だよ。普段から、お色気たっぷりだからさぁ、ウブなノンケを困らせるな」 「俺だって、ノンケだよ」 「サーシャは、バイ。バイセクシャルっていうんだよ。どっちもイケるだろ」  あきれたように言った律哉が肩をすくめる。佐和紀越しに、メンバーの男へ声をかけた。 「サーシャは、さびしがりだから、嫌ってるみたいなことしないでやって」 「ほんと、そういうところは意外なんだよな」  大和田が首の後ろに手をやりながら笑い、佐和紀は不機嫌にそっぽを向く。しかし、そのままではやり過ごせず、大和田の頭をスパンと叩いた。  紅蓮隊のメンバーも慣れたもので、笑いを噛み殺して顔を背けるだけだ。大和田は文句も言わず、うなだれながら佐和紀の機嫌を取りにかかる。 「飲みに、行きますか?」 「そろそろ、ナオのバイトが終わるから。回収してもいいよな?」  佐和紀に代わって話をつけたのは律哉だ。大和田は大きくうなずいた。  メンバーのふたりが先を歩き、最後尾には律哉と大和田がつく。前後を挟まれた佐和紀の隣には、しつこく逃げていた男が並んだ。 「すみませんでした」  小声で話しかけられ、佐和紀は身を屈めながら相手の顔を覗き見た。余計なことをするなと後ろを歩く律哉に突っつかれ、その手を振り払って言う。 「自分では普通のつもりなんだけどな」 「……普通じゃないですから」  佐和紀を盗み見た横顔が真っ赤になる。 「あ、あの……。ひとつ、聞いてもいいですか」  佐和紀がうなずくと、男は落ち着きを取り戻すための深呼吸を三回、繰り返した。 「横浜に……、大滝組(おおたきぐみ)って、大きなヤクザがあるの、知ってます? 高山組よりは小さいんですけど。そこに、男を嫁にしたって幹部がいて」  思ってもみない話題が飛び出し、うなずきだけを返して先を促す。 「そこは、もう離婚したって情報が出てるんですけど。似てるって言われたこと、ありません? ないですよね。……いや、あの、ぶっちゃけ、……そうですよね?」  常に動く男の手は、あたふたと落ち着きがない。聞き耳を立てている律哉は素知らぬ顔を通したが、その隣に並んだ大和田が「初耳だ」と身を乗り出してくる。 「そうなんッスか?」 「……撮られた写真とか見たことないな。持ってるの?」  佐和紀の問いに、男は横に首を振った。 「正面からの写真は出回ってないんですよね。なんでか、ネットに上がると消されるんで、拡散したことがないんスよ」 「そんなこと、ある?」  興味を示した律哉も話に加わってくる。男がうなずいた。 「大滝組って、サイバー班がいるって噂なんスよ。俺、極道オタクなんで、雑誌とかネットとか見てるんですけど。火消しがめちゃくちゃ早いんですよね。斜めから撮った隠し撮りだけ、裏で取り引きされてるんスけど」 「買ったんか」  大和田があんぐりと口を開く。隣に並んだ律哉がすかさずたたみかけた。 「いま、持ってる?」 「持ち歩いてはないです。なんか、持ってることがバレると消されるって噂で」 「あるかもな」  肩をすくめた佐和紀は息をつく。いつのまにか、アーケードを越えた路地の片隅で立ち止まり、前を歩いていたふたりも加えた六人が輪になっていた。視線が佐和紀へと集まる。 「もう別れたけど、プライベートを探られるのが大っ嫌いな男だから、その写真は表に出さない方がいいな。もう、別れたけど」  大事なことだから二回繰り返す。  籍は入ったままだが、ふたりの距離は遠く離れている。表向きには離婚同然だ。 「だからさ、他のやつらに聞かれても別人だって言っとけよ」  佐和紀はぐるりと視線を巡らせて釘を刺す。話を持ち出してきた男の顔がじわじわと歪んだ。血の気が引いて、青白い顔色になっている。 「写真持ってると、殺されるんですか」 「あるかも、って話だよ。他にどんな写真、持ってんの?」  興味本位で問いかけたが、すぐに気づいて身を引いた。 「もしかしなくても、岩下ファンってやつ? 昔のビデオとか持ってるタイプ?」 「……ぁ」  男が硬直する。大当たりだ。 「だいじょうぶ。バラ撒かない限りは、バレないから」 「そんなにヤバイの?」  律哉の問いに、佐和紀はにやりと笑ってみせた。 「内容もヤバイよ。あいつがヤってんだもん」 「……え、観たい」 「律哉のそういうところは、身を滅ぼす気がする」  大和田がため息をつき、話を終わらせようとして固まった。ハッと息を呑み、佐和紀へ視線を向けてくる。 「そのエロビデオの相手が……」 「なんで、俺なんだよ。俺は嫁だったんだよ、嫁。あぁ見えて、岩下は……。って、俺があいつをかばうって変じゃない?」 「そこんとこ、聞きたい……」  岩下ファンの男が真っ青な顔のまま前進してきて、両際から仲間に取り押さえられる。 「やめとけ、おまえ。せめて顔色が戻ってからにしろ」 「そうや。どんだけ、好きやねん」  止められた男はブルブルと首を振った。 「ええ男なんや。ヤクザ映画よりもすごい」  力強く訴えてくる姿を眺めた佐和紀は、横浜の景色を漠然と思い起こした。  繋がれた氷川丸の電飾。冷たい海風が吹いていた山下公園。  ふたりで分けた、甘くて温かい、ミルクコーヒー。  隣に並んだ周平はヤクザの幹部ではなく、佐和紀と寄り添う伴侶に過ぎなかった。 「確かに、あいつは、いい男だよ」  過ぎた日々が戻らないことを実感して、浅い息をつく。  それからすぐに、一同は歩き出した。路地を抜けて歓楽街へ向かう途中で、佐和紀は見慣れた車を見つける。  遠目だったが、そばに立つのは横澤だとわかった。向こうも気づき、洒脱な仕草で手を上げてきた。暇にあかして鍛えた身体つきに、仕立てのいいシャツが似合っている。  周平とはタイプが違い、濃厚な色気に乏しい分、あくどさが薄く、もの悲しげな風情に独特の湿っぽさが漂っている。女心をくすぐる悲哀だ。  律哉も横澤に気づき、佐和紀の身体を肘で突いてくる。 「近々、会うから……。いいんだよ」  そう答えて横澤に背を向ける。  大和田の声が聞こえ、バイトを終えた直登が集団に気づいた。疲れの滲んだ顔がパッと明るくなり、紅蓮隊のメンバーは慣れた仕草でサッと左右によける。直登は真ん中へ走り込んだ。両手を広げて佐和紀に抱きつき、肩に顔を伏せる。まるで大型犬だ。背が高く肩幅もあるので、佐和紀はこっぽりと抱き込まれてしまう。 「おつかれ~」  紅蓮隊のメンバーが、いつものように直登の背中やら肩やらをバンバン叩く。  困ったように振り払う直登は、どこから見ても普通の青年だ。背が飛び抜けて高く、太い眉と大きな黒い瞳に愛嬌がある。体格は大型犬だが、顔つきは小型犬で、紅蓮隊のメンバーや律哉に対して見せるようになった笑顔にも屈託がない。 「おまえも行くだろ、ナオ」  大和田から誘われた直登は、純真な瞳で伺いを立ててくる。 「もちろん、行くよな?」  佐和紀が笑いかけると、直登も笑顔になる。その表情の幼さに、胸の奥が締めつけられた。あどけないほどに幼さがあり、出会った頃の彼が脳裏をよぎる。遠い昔の、頭の片隅では消えかけた記憶だ。

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