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第18話
そもそも聖女ってマドンナのような存在だという印象がある。
人々の憧憬の対象で、可憐で貞淑でみんなに愛され、大事にされている女神のようなもの。
だが、浄化や回復魔法といえば相当のエネルギーを消耗するらしいし、今後討伐に同行して危険な目に遭うかもしれない可能性もある。
それはそれは大変名誉なことではあるが、リスキーなことは極力遠慮したいし、タダ働きはしたくないので、何かご褒美的なリターンはないのかと思い、その度に「聖女の仕事が上手くいったら王様といい関係になれますかね?」とアホな質問を繰り返した。
同行している司祭はにこやかに「なれますとも」と、答える。
うまく乗せて、やってもらおうという魂胆だ。
聖女としての能力が開花するかについては「今はまだ無理ですけど……まぁ、いずれ」
と葵は期待を持たせるような云い方をしてしまった。
__________う~ん。どこか楽天的なのかなぁ、俺って。
できそうかって聞かれたら、できそうな気がするんだよなー俺。
アズカヴァルの王宮内では件の噂が駆け抜けた。
平たく云えば王様のオンナになりたい。いや、お手付きになりたいと下品なことを葵が恥ずかし気もなく各所で云いふらしていたからなのだった。
それを聞きつけた近衛騎士のライラがやってきてイチャモンをつけてきた。
_________あ、コイツさっき居た奴だよな。
「リヴェラ……じゃなかった。陛下があんたみたいなポッと出の奴を相手にすると思うかー?身の程を知った方がいいぞ」
「それは、どうも」と、若干、不機嫌な様子で葵は対応する。
「まだ本当に聖女かどうか怪しいモンだし、聖女ってさー、そもそも可憐な淑女なわけ。あんたみたいな男って、ありえないじゃないのかー。陛下も嫌がっているよ」
__________クソ生意気なガキだなぁ。
リヴェラに云われたんならまだ分かるけど、こいつに云われれば、ただただムカつく。
「何であんたが勝手に決めるんだよ。リヴェラに直接訊いたのかよー」
「なんだとー、この野郎」
「おせっかいだ、そういうの。お前がしゃしゃり出て俺をコケにしたいのは分かるけど、
リヴェラの代弁を勝手にすんな」
「なんだよー、お前こそー」と。似た者同士が互いにいがみ合っているとわらわらと人が駆け寄ってくる。
「ライラ、口が過ぎるよ。聖女様に失礼だよ」
オレンジ色の髪をした近衛騎士が咎める。ライラの親友らしい。
「そうです。口を慎みなさい。聖女様になんて口を利くのですか。近衛騎士よりも断然立場が上の存在の御方なのですよ。敬いなさい」
司祭もやって来てライラを注意する。
腹が立っていたけれど、代わりにふたりがライラを叱ってくれたので、何とか気がおさまった。
だけれど、やっぱりムカついたので、他の騎士団員に聞き回って情報収集をしてきた。
少しでも奴……ライラの弱みを握ろうとして。
リヴェラ王の側近である近衛騎士のふたりはリヴェラの幼馴染のよしみで役職に就いているそうだ。
黒髪のライラは口ばっかりで態度がデカイけれど、剣の腕はそれほどでもないらしい。
オレンジ色の髪のサフは温厚でひ弱な性格。騎士団員の中でも剣の腕は並以下だとか。
ふたり合わせても一人前と云えるかどうか、だそうだ。
温情があることはいいことだが、こんなへっぽこを使っていていいのだろうかと心配になってきた。もっといい優秀な人材がいるだろうし、切り捨てることも必要だろうに。
今後こいつらが成長する可能性ってあんのかなー。限りなく可能性は低いだろうな。
葵は深く溜息をついて、空を仰いだ。
やっぱりなー、何かこの国の奴らって詰めが甘いよなー。
今日はいろいろありすぎて本当に目まぐるしい一日だった。
あわただしい一日が終わり、葵は自分があてがわれた部屋へと向かった。
やっと城の人間から解放され、ベッドにダイブする。
うつ伏せにポスッとふかふかの寝具に身体が沈み込む。
聖女の仕事はハードスケジュールだった。
疲れてはいないが、やりきって程よい疲労感がある。
綺麗にベッドメイクされた天蓋付きベッドはツインか。
いやデラックスツインか。いやクイーンサイズかもしれない。
大きなベッドに広い豪奢な部屋。部屋のグレードはスーペリアかデラックスか。
いやスイートに匹敵するかも知れん。聖女の待遇は破格的によい。
調度類もリネンも上等なものだ。高級な、いいホテルみたいな……。
あーなんだか旅行に来てホテルに泊まるつもりで寛ごう。
今日は土曜日で明日は日曜日。
ビジネスホテルのようにパジャマやガウンを纏って、スリッパがなかったのでルームシューズを。タオルを大小三枚用意させ、足ふきマットも要る。
備え付けのシャンプー、コンディショナー、ボディーソープ、ハンドソープ、歯ブラシ、
洗顔フォームなどの洗面道具一式と、いい匂いのするアメニティーでもあれば云うことナシだよなー。
それで、配置的に壁際に椅子と机が必ずあってー。
湯沸かしポットとコップがない。代わりに水差しを持って来させよう。
ここでウエルカムドリンクでもあればいいのに、と思う。
そうだ、あとで何か用意して貰おう。
すごい順応性だと我ながら思う。葵は自分の家のように寛いでいる。
よそで泊まるときに、いかに過ごしやすいかを重点において趣向を凝らす。
地方のホテルに泊まったら、ローカルCMやローカルニュースや天気予報を観るのが好きなんだけど、それはないから代わりに……
テレビすらないから音楽でも聴こうと思ったけど、当然あるはずもなく、はて、どーしようかと思う。そうだ。外に出て風にでも当たりに行こう。
城の侍女に用意して貰ったアイスティーの入ったグラスを片手に長い廻廊を歩いてテラスに出てみれば、何やら宴が催されているようだ。
暗闇の中、等間隔でランタンが並び、オレンジ色の光がぽぅっと淡く照らし出される。
何とも幻想的な雰囲気を醸し出している。
中庭には演奏者が歓迎の意を篭めてハープを奏でている。
夜風が心地いい。前髪が風に煽られる。
こういうおもてなしは趣があっていいな。
じっと旋律に耳を傾けていると、そこにリヴェラがいた。はっとした。
何だか偶然というか、運命的なものに思えてしまう。
欄干の手摺に手をつきながら眺める。
_____________好きだな……やっぱり、あの子のこと。
顔といい、佇まいといい、何から何まで好みのタイプだ。
「……シファは、シファはどこに行った?この前からずっと姿を見せない。お前は何か知らないか?」
遠くから見つめている葵に気付かずに、リヴェラは司祭に問い詰める。
なにやら口調に切迫した響きがある。
「あいつ……どうでもいいときはいつも傍にいるくせに、人が探しているときにまったく見当たらない。本当に腹が立つ」
シファって、お気に入りの乳母や侍女のことなんだろうか、と葵はぼんやりと思う。
まるで、買い物に行ってお母さんとはぐれたときの子供みたいに心細そうな顔をしている。
リヴェラは自分では気づいているのだろうか?
「私どもには分かりかねます。あの方にはあの方の事情がございまして……」
司祭は歯切れ悪く、困ったように微笑む。
「ええっ。どういうことなんだよ、あいつは。俺に黙って、何でも好き勝手にしすぎだ」
「何か、火急の御用でもおありでなのでしょうか?」
「いや、そういうわけでもないが……」
司祭が事情を探ろうと踏み込んだら、リヴェラはバツの悪そうな顔をする。
「喧嘩でもされましたか?」
背景には複雑な事情がありそうだ。
明らかに意識しすぎていて、隠しても隠し切れないものが潜んでいる。
____________ツンデレかよ。素直じゃないなぁ。
好きじゃん、思いっきり好きじゃん。
でも、そういうところがいいなって思うよ。
● ● ●
「おい、お前。聖女の仕事が上手くいけば俺といい関係になれるか?_________なんて、云いふらすのをやめろ」
「えー、嫌だよ。いいじゃないか」
翌日。かねての噂はリヴェラの耳にも届いていた。
さんざん葵がいらぬことを吹聴していると聞きつけ、リヴェラはいたくご立腹だ。
「本気だよ。気になるんだ、きみが」
「はぁっ、何云っているんだ。いい加減にしろ」
リヴェラへと篭められた葵の視線は熱いもので、まっすぐに見据え、おもむろに手を握ってくる。
驚いて、リヴェラは眼を見開き、すぐにパッと葵の手を離す。
「どうやったら、俺のものになってくれる?」
「早すぎる、俺たちはまだそんな段階にないだろう。まずお互いを知って、ゆっくりと時間をかけてゆけばいいだろう」
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