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22. 番外編 召喚される前の世界 (光の視点)

これは、葵が異世界に召喚される少し以前のこと____________________ (ひかる)(あおい)は中学のときから大親友で、いつも行動を共にしていた。 黒髪でやや(まなじり)が上り、きつい印象のする顔立ちの光はなぜか人を寄せ付けないような雰囲気を漂わせていて、実年齢よりもやや幼く見えるところが本人の悩みの種である。 対して明るい茶色の髪の親友の葵は陽気で人懐っこい性格で、やや背が高く、並んで歩くと葵の方が十センチくらい背が高いのだった。 対照的な印象を持つふたりは高校三年生の十八歳。来年は大学に進学する予定だ。 これから学校帰りに光の家で遊ぶつもりで、制服姿で連れだって下校していた。 あれっ、家の門の前に誰か立っている。 気付いて光が足を止める。 通りかかると隣の家の青年が光に向って、お帰り~と云って手を振っていた。 ああ、こんにちは。と軽く頭を下げて、なるべく眼を合わさないように他人行儀で挨拶する。 こういう場合は何と答えるのが正解なのか。 近所の人に「お帰り」と云われたら「ただいま」と返すべきなのか。悩むところだ。 家族でもないのに、馴れ馴れしく「ただいま」なんて、気恥ずかしいような気がする。 それとも「今帰りました」と丁寧に云えばいいのか迷う。永遠のテーマかもしれない。 隣に住んでいる青年____________(ゆかり)は、色素の薄い亜麻色の長い髪を紐でひとつに括って縛っている。 光の加減によっては銀色にも見える。地毛なんだそうだ。 すらりと背も高く、中性的な容貌。顔立ちも整っていて云うことナシなんだけど、これが残念なイケメンなんだよなー。 家にいるときは眼鏡とスウエットとルーズな恰好で、出掛けるときは少しまともでカジュアルなシャツにデニム、セットアップにコートやジャケットを羽織っている。 昔からオンとオフとの差が激しかった。 「あ、そうだ。家に何もないや。お菓子や飲み物を買ってきた方がよくないか。そうだ、今からコンビニに行かないか?」 「うん、そうだな」 急に思い出して、家の手前まで来て引き返すことにする。 「あの人、誰?」 「なんか、隣のお兄さん的な……」 後ろを振り向きながら葵に尋ねられ、光は云いずらそうにする。 「俺と十歳ぐらい歳が離れていて、ろくに働きに行っていなくて。昼間でもずっと家に篭っていて何か変な奴なんだ。何考えているか分かんないし、絡みづらいって云うか」 「はっ、ニートかよ。やべぇな」 葵が云いながら、そのとき後方から視線を感じた。 紫と眼が合う。 「やべぇ、聞かれたかも」 悪口を云っていて、二十メートル先も離れた場所から聞かれていたとしたら、すごい地獄耳だということになる。 「うわっ、追いかけてきた。走れ!」 紫から逃れるためにふたりは必死に走る。 何も考えず、ひたすら走ったがあっさり追いつかれた。 しかも紫は息も切らさず、へらへらした顔のまま光の手首を掴んで、わざわざ訂正した。 「無職じゃなくて、リモートワークだよ」 云われたふたりは硬直する。 「うわっ、こわっ」と葵が思わず声を漏らした。光も同じ気持ちだった。 とんだ恐怖体験だ。恐くなって、ぞっとして固まってしまったのは云うまでもない。 八年前のことだ。あのときは光が十歳で、紫が十八歳だった。 八歳も年が離れていれば、だいぶ大人で、大人と子供ほどの差がある。 家が隣同士で、紫にはよく遊んでもらっていた。 面倒見がよくて賢くて、子供の頃は紫によく懐いていた。 子供の頃。家に誰もいなくてふたりで留守番をしているときだった。 紫は暇だからキスでもしようよと云ってきた。子供だったので判断力に欠ける時期だった。 いいよ。と冗談で云ったつもりだったが、「そう」と紫は喜び、真に受けてしまう。 眼を閉じていてと頼まれて、光は云う通りに眼を閉じた。 紫は光の両肩に手を置き、ちゅっちゅと触れるだけのキスを繰り返す。 そのうち舌が入り込み、本気のキスに発展していった。唾液が絡み、口腔内を犯して息ができなくなるほどの激しさが増して、苦しくなって「やめて」と紫の胸を何度も押しやって、やっと止めてくれた。 それがファーストキスの思い出だった。子供には刺激が強すぎた出来事だった。 恐くなって、それ以来避けていた。 何年もろくに口を利かない時期が続いて、高校に入った今でも苦手意識が消えず、どう接していいのか分からず、扱いに困る人物だった。 あのとき高校生だったんだよな、紫は。 今の俺と同じ歳か。同じ年になってみて、今になって余計に異常さがわかる。 俺だったら、絶対に十歳の子供には手を出さないけどなぁ。 両親が共働きなので、光の家には今誰もいない。二階にある光の部屋でふたりは寛ぐ。 部屋には学習机と本棚とベッドが置いてあり、床の絨毯に腰を下ろし、横で葵がスマホゲームに夢中になっている。 「好きだよなー、そのゲーム」 「やれよ、光も面白いから」 王宮を舞台に繰り広げられるふたりの騎士の物語をテーマにしている乙女向けのゲームだ。 対戦向けバトルゲームだが、ストーリーも入り込んでいてコアなファンが多い。 友情あり恋愛あり裏切りあり、野心、欲望の渦巻いたサクセスストーリーである。 面白いからと葵に勧められたけど、クリアするのがなかなか大変で葵ほどは嵌れられそうにない。 「もっとやり込めば面白くなってゆくよ。隠しコマンド(イースターエッグ)とか裏技とか 裏ストーリーもあるし」 と大層なゲームだが、隠れた魅力があるそうだ。 本筋はダークファンタジーみたいだし、結構闇が深い世界観のようだ。 基本、個人プレイで複数人と対戦することはできない。AIと対戦することになる。 「なぁ葵。せっかく遊びにきてるんだから、他のことやらないかー」 「ごめんくださーい、誰もいませんかー」 玄関に来客があった。 インターホンを鳴らさず、直接大声を出して呼びかけると二階にいた光が声を聞きつけ、しばらくしてバタバタとスリッパの音を響かせながら階段を下りて行った。 はーい、と返事をしながら玄関までたどり着くと、同じ顔をした四人の女の子たちがいた。 隣に住む四つ子の姉妹だ。全員同じ顔をしていてすごく可愛い。 亜麻色の長い髪。ひらひらした白いシフォン生地のワンピースにナチュラルメイク。 四人お揃いなんだけど、ひとりづつ色やデザインが微妙に異なるものを着ている。 「これ、よかったらお裾分けなので、みんなで食べてください」 饅頭の入っているパックを差し出す。彼女たちの父親の大好物なんだそうだ。ときどきこうやってお裾分けに来る。 緑色の唐草模様の包装紙の下に透けて見える。おそらく黒糖饅頭が六個入っている。 「ありがとう、いつもお土産を持ってきてくれて。後で家族みんなでいただくよ」 「また家に遊びにきてね。子供の頃はよく遊びに来ていたけど、最近さっぱりだから」 「うん、分かった。そのうち」 「じゃあ、またね」 四人姉妹が玄関のドアを閉めて帰る際に手を振り、見送る。 貰った饅頭を手に二階の部屋に戻ろうとしたそのとき、様子を見に葵も下の階に降りてきていた。 「今の誰、あの女の子たちは?」 「隣の家の子。さっき家の前にいた奴の妹なんだよ。あの子たち俺より一個上の大学生なんだ」 高校生と大学生。たった一個の歳の差が大きい時期だ。 四姉妹が、特別大人っぽい恰好をしているわけでなく、カジュアルな服装から綺麗目でフェミニンな服装に移行して、大学やサークルなんかの環境で、メイクして垢抜けて大人に見える時期であった。 「かわいいよな。さっき見たあの兄貴とは全然似ていないし」 「そうだろ。性格も明るくて天真爛漫でいい子だし、女の子って感じでいいよな」 やけに褒めるし、鼻の下が伸びている気がする。 葵は中学の頃から光にずっと片思いをしているのだ。 ひそかに光が女子と交際しないように眼を光らせているのだ。 うちの学校は女子が少ないし、光は女子と接触があんまりないから安心していたけれど、このままだとかわいい女の子が近づいてくればすぐに好意を持ってしまいそうだ。 「じゃあ、もし付き合ってくれって云ったら付きあうのかよ?」 「そうだなー。かわいいし、いいかもなー」 へらっとしながら、光がまんざらでもないことに腹が立つ。 「ひとりひとり、誰が誰だか姉妹の見分けが付いてんのかよー?」 「それは分かんないなー。分かんないけど、全員かわいいからいいんじゃないのか」 「……お前な、それはないわ」

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