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23. 番外編 召喚される前の世界 (光の視点) 2
それから数日後。ダイニングテーブルで夕飯後のコーヒーを飲んでいたときだった。
エプロン姿でコーヒーを淹れてくれた母親に突然叱られる。
「光、あんたまた成績が落ちたでしょう」
うわっ、バレたかと、焦った。
テストの答案用紙は隠しておいたし、通知表も見せないようにしておいたのに、なぜだ!?
「もうそろそろ大学受験なのよ。志望校、葵くんと同じところにするんでしょう?」
「そのつもりだけど、なんだよ」
「そんなんじゃ、受かんないよ。____________今から塾にでも行く?」
「やだよ、面倒くさい。毎日二回も学校に行くようなモンだろ、一回でもしんどいのに。塾ってここからだと遠いし、帰ってくる時間だってすごく遅くなるだろう、俺ああいうの苦手なんだよ。よその学校の奴もいっぱいいて、机並べて授業受けているだけで息が詰まるっていうのにさー」
「えー、そんなに嫌なの?どうすんのよ。今の成績じゃ絶対無理でしょう______________そうだ、家庭教師頼もうか?」
「えーやだよ俺。家庭教師なんて」
「でも、塾よりもマシでしょう。そうだ、隣の家の紫くんに頼んでみる?某有名大学を卒業していて成績優秀だったし、もしかしたら格安でやってくれるかも」
「わーやめてくれよ___________」
「紫くん、IT企業に勤めていて、基本リモートワークのフレックスタイム制で、好きな時間に出社すればいいから、昼間は家にいて仕事しているのよ。仕事で帰ってくる時間が遅くなることもないし、あんたの帰ってくる時間には家にいるみたいだから好都合じゃないの」
「自由な労働形態だな。何だ、無職じゃなかったのか。知らなかった」
「ちょっと失礼よ、あんた」
そんなわけで、隣の家に住む紫をうちに呼び寄せて、家庭教師をしてほしいと頼み込む。
光が帰宅して、夕食を終えてからのことだ。
一階の和室の居間に通された紫が、横並びの光と母親の対面の位置に座る。
座卓なので正座して、足は多少寛げている。
紫が今日は眼鏡を掛けていなかった。さっき会社に顔を出したとかで、ジャケットのカジュアルなセットアップスーツを着ている。めずらしく綺麗目な服装だ。
「光くんの家庭教師のお話ですが、よろこんで」
「それでは、快く引き受けてくださるっていうことですか。助かるわー」
「お隣なんで、困ったときはお互い様じゃないですかー」
「そうだ、お代はどのくらいになるのかしら?お隣価格で少しまけてもらえると助かるんだけど。ごめんなさいね、この子の進学費用がバカにならなくてー」
「いえいえ、お代なんていいですよ。いつもお世話になっていますし、こっちは暇なんで全然構いませんよ。光くんが大変な時期ですし、おばさんの苦労はお察しします。いつも頭が下がりますよ。お手伝いできて光栄ですよ」
「紫くんありがとう。そう云っていただけると嬉しいわ。でも、お礼はさせてほしいの。せめて気持ちだけでも。それに、この子の成績が上がったら、ボーナスもあげたいし」
「聞いたか、光くん、頑張らないとだな」
ちらりと光の方へと視線をくれて、はっはっはっはっ、と紫が笑い飛ばす。
「もう勝手にしてくれよ……」
このふたりの会話に入っていく気にもならない。
やっぱり紫はへらへらと調子のいいことを云って、母親を持ち上げる会話をして、ふたりして光をおいてけぼりで盛り上がっていた。
「いいえ、いいです」「結構ですって」「お気持ちだけで充分ですよ」
というラリーを何度も繰り返して、母親の「そう悪いわね。助かるわ~」と云う言葉で締めくくった。
● ● ●
翌日。家庭教師一日目ということで早速、紫を家に呼んで勉強を見てもらう。
夕飯後、光の母親に案内された紫が光の部屋に通される。
「光くん、こんばんは。今日から家庭教師で勉強を教えることになるけど、これからよろしくね」
「……どうも。別にこっちはよろしくしたくもないけど」
紫のことが苦手でできるなら接したくもないが、母親に云われるがまま仕方なく勉強を見てもらうことになった。
光が、ぶすっと愛想悪くしていると「またぁ、そんなこと云わないの」と母親はご立腹だ。
紫が物珍し気にきょろきょろと部屋を見渡す。
「へぇー、この部屋久しぶりだな」
紫がよくこの家に来ていた八年前と部屋の様子はそれほど変わっていない。
学習机と本棚とベッドがある。
部屋の真ん中にある座卓は勉強を見て貰いやすいようにわざわざ部屋に運んだものだ。
光はスゥエットパーカーで、紫はニットカーディガンと、ふたりともラフな私服姿だ。
紫は座卓の座布団に腰を下ろした後、玄関から紫に付き添ってきたエプロン姿の母親が部屋を退出しようとする。
「じゃあ、私はこれで失礼するわね。後はお願いしますね」
ええっ待てよ。と光が慌てて母親を引き留めようとする。
「ちょっと待てよ。もう行くのか」
「当たり前でしょう。すぐに開始してもらわなきゃ困るのよ。私が居たらいけないことぐらいわかるでしょう」
「えーやだ、もうちよっとここにいてくれよ」
息子が今更ながらごちゃごちゃ往生際が悪くゴネるのを無視して、それじゃあ、勉強がんばってね。と云い残し、バタンと部屋のドアを閉めて母親は部屋を出て行った。
光の二階にある部屋から、スリッパで階段を下りていく音が響いた。
座卓に隣合って並ぶ紫と光は取り残されて、とたんに気まずくなる。
こいつとふたりっきり、何かヤなだと思いつつも、いや紫は勉強を教えに来ただけなんだ。
余計なことは考えるな。そう自分に云い聞かせた。
テキストのページを捲り、手を伸ばし、ひとつひとつ教えてくれる。
距離が近い。顔が間近で、肩が触れあっている。不覚にもドキドキしてしまう。
「じゃあ、この問題解いてみて」
卓の上に渡された用紙に云われるがまま記入してゆく。
紫が小テスト用にわざわざ用意して作ってきた物らしかった。
ペンを動かし、苦戦して何とか問題を埋めた。
「うーん、間違っているね。半分以上」
「うわー、マジか」
途中経過でこれなのだから、全部採点してみて合っている答えが二割程度しかなかった。
これはマズイなと光は天を仰ぐ。
紫の卒業した大学や高校のレベルと比べたら、うちの学校は屁みたいなモンだけど、それにしたってヒドイ。相当馬鹿だって思われているんだろうな。
きびしい現状を眼にして紫がにっこりと提案する。
「じゃあ、こうしようか。今度から間違えたらキスしない?」
「はぁああっ!?」
「いや、このままだと本格的に受験やばいから。ペナルティーがあった方が頑張れるよね」
「どうやったらそんな発想になる!?ふざけんな。お前がしたいだけだろ!!」
「そうだけど。でも、受験まで日が迫っているし、並大抵の危機感を持っていないときみの場合頑張れそうにないんだよね。いい考えだと思わない?」
「いやだ、絶対に嫌だ!!」
いいように光を丸めこもうとしている。あの頃は子供だったけど、もう騙されないぞ。と鉄の意志が働く。頑として受け入れまいと心に決める。
そうこうするうちに、トントンと階段を上ってくるスリッパの音がする。
母親が、用事があってこっちに向って来たのだ。予告もなしに部屋のドアがバーンと開く。
「そうだわ、お茶の用意をしたの」
「ノックぐらいしてくれ」
「あら、いいじゃないの。これ休憩時間にいただいてちょうだい。たいしたモノがなくて悪いんだけど」
母親は持ってきた盆を座卓の上に置いた。
「わー、ありがとうございます。休憩中に食べますね」紫は愛想よく答える。
盆の上にはグラスに入った麦茶がふたつ。菓子鉢に煎餅と温泉饅頭がふたつある。
「本当にたいしたモノじゃなくて、びっくりするんだけど。何か、もっといいモノ食いたいんだけど」
「贅沢云わないのー。こっちは家計に余裕ないんだから」
「じゃあ、次でいいからさー、ケーキ買ってきてよ、ケーキ」
「あんたケーキ買ってきたら頑張れんの?なら買ってくるけど、ケーキ」
「これよりマシなモノを頼むよ。俺のやる気に関わるからー」
「光くん、わがまま云ったらだめだよ。充分じゃないか」
紫が話に割り込んだ、そのときだった。光の身にありえないことが起こる。
もぞもぞと臀部に違和感がしている。何だこれ、ケツを触られている?
とたんに嫌な汗をかいてきた。
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