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24. 番外編 召喚される前の世界 (光の視点) 3

一階から光の部屋へと勉強の休憩に食べるお菓子を持ってきた母親がいて。 位置的に光と紫が隣りに座っているのだけれど、見れば紫は後方に手を伸ばして光の尻を撫でている。正面からわからないようにして。 ___________母さんが同じ部屋にいるのに……!! 「おばさん、気を遣う必要なんてないですよ。お饅頭は僕も好きなので嬉しいです」 「まぁ、嬉しいわ。でもご希望があれば、何なりと遠慮なく云ってね」 「ありがとうございます。じゃあ僕もケーキがいいかな、なんて」 「ほほほほ。御冗談が上手ね~」 「いやぁ、光くんのリクエストに乗ってみました~」 素知らぬ風で会話を続ける。こわい。サイコパスかお前は。 あまりにも混乱しすぎて、触っている紫の手を叩こうという発想が思い浮かばず、耐えるしかないとじっと行為をやめるまで待つ。 「…………!」 _____________くそっ、こいつは! 執拗に撫で回す紫の手つきが時折、腰にも移動して危うく変な声が出そうになって、ぐっと堪えた。 「ははは。光くんの事ならご心配いりませんよ」 「そぉ、じゃあ私はこれで失礼するわね」 「いえ、こちらこそ。お構いなく」 異変には気付かず、母親はまた部屋を後にしてこの場を去った。 スリッパの音が徐々に遠ざかってゆく。 はぁ、やっと行ってくれた。母親が下の階に戻った頃を見計らって、切り出す。 「おい、さっきのあれは、どういうつもりだ!」 「えー、なんのこと?」 「とぼけるな、さっき俺のケツを触っていただろ!」 あー、あれね。と紫は悪びれた素振りもなく、頭をガリガリ掻く。 「なーんか、触りたくなっちゃって」 「触りたくなっちやって、じゃねぇよ!せめて、母さんのいないところでしろよ!」 「へぇ、お母さんのいない所ならいいんだ~」 紫はニヤニヤする。しまった!墓穴を掘ってしまった。 「そんなんじゃない!どこだって嫌だし、ワザワザひとのいるところでやるなんて、どんな変態だよ!」 「ごめん、今度から気をつけるよ」 「ごめんで済むかよ!!」 へらっとしながら紫は謝罪する。全然反省していないなコイツ。 光が苛々としていると、普通に何事もなかったかのように紫はまたテキストを広げて問題を教えはじめる。 「それよりも勉強、再開しようか」 __________そんな急にできると思うか、どんな神経しているんだよ! ワナワナと光は怒りが収まらない。 「どうしたの、勉強しないの?」 ハッとその言葉によって我に返る。怒りたいのは山々だけど……。ぐっと抑える。 _______________そうだった。勉強を教わるために俺はここにいるんだ。 落ち着けと光は自分にそう云い聞かせるのだが、急に切り替えができるわけもなく、紫の教えてくれる内容が全然頭には入ってこない。 さっきの尻を触られたことを思いっきり引き摺っている。 あれって、バレないギリギリのところでやるからスリルがあって興奮するとかそんなのなのか?最悪だ。電車の痴漢と同じようなものか? ……いや、されていることは同じか。 しょうもないことをあれこれ考えてしまい、悶々としてしまう。 「じゃあ、これやってみて」 設問の答えを赤い暗記シートで隠して紫が問題を出し、光が答えてゆく。 さっきの小テストと同様失敗はできない。始終うわの空で、ろくに集中できないし、何より普段ろくに勉強していないのだから、間違えて当然だった。 「____________あー、やってしまった」 がっくりと光は肩を落とす。 「じゃあ、約束通り、間違えたからキスね」 「え____________________________」 「だって、そういう約束だったでしょう」 そんな約束なんかした覚えがないのに勝手に決められていて、これからしなければいけない空気になっていて、光は混乱する。 「う……。何だよこれ、罰ゲームかよ」 嫌だけど、嫌だけど、仕方ない。覚悟を決めて云う通りにする。光は眼をぎゅっと閉じる。 すると光の両肩に手を置き、紫は顔を近づける。 眼を閉じて待つ間。ドキドキと相手に聞こえるぐらの鼓動が大きく鳴り響く。 唇が触れあい、キスをした。柔らかい感触を味わうだけの口づけだった。 「八年ぶりのキスかなぁ」 と、たった今しがたキスした自分の唇に触れながら紫は感慨深く呟いた。 相変わらず紫はのんびりとした奴だった。 全然、好きでもなんでもない相手だけど、こんなの……キスしてしまったら意識してしまいそうだと光は内心動揺する。 「あのときから光くんは成長しているから、唇の大きさも柔らかさも違うから同じキスじゃないよね。不思議だね、同じ人間とのキスなのにね」 「てめぇ、なに生々しいことを云ってんだ。引くわ!」 「あー、もっと早くしとけばよかった。勿体(もったい)ないなー」 あ、そうだ。と紫は思い付く。「ねぇ、もう一回しようよ?」 「お前とはもうしない!」と叫ぶと、すぐにまた二階に向かう足音が近づいてきた。 「おっと、おばさんが戻ってきた」 「えっ、急すぎるだろ」 慌てて取り(つくろ)うとしたそのとき。ノックもせずにバンッと部屋のドアを開けた母親が顔を出す。すぐにふたりはパッと離れると、たった今まで勉強していたかのように装った。 不自然だし、顔が熱い。 「だからノックしろって!」 「どーしたのー光。顔が赤いけど、そんなにこの部屋暑いの?窓開ければ?」 隣でくすくすと紫が笑う。なんて余裕のある態度だ。 ___________一体誰のせいだと思っているんだよ。 「あ、暑くねーよ!しょっちゅう戻ってくるけど、何の用だよ!」 すっかり動揺してしまい、声が裏返った。 明らかに何かありましたと自分から云っているようなモノだ。 「えー、いいじゃないの。心配で様子を見に行くぐらい。ほんとにやってるかな、って気になっちゃうじゃないの」 「ちゃんとやってるよ。心配すんなって」 平静を装って話しながら心臓がバクバクする。バレたらどうしようって、気が気じゃない。 「紫くんにご迷惑かけていないの?」 「迷惑かけてないし、気が散るから、あんましここに来んなよ」 「おばさん、光くんはちゃんと勉強していますよ」 紫もそう云ってくれたので、「そぉ」と、母親は安心したのか 「じゃあ、下の階にいるからいつでも困ったら呼んで」 と、云い残し、母親はその場を立ち去る。 やっと帰ってくれた。ホッとしたのも束の間。紫は光の隙をついて、もう一度キスした。 不意打ちなので今度は思いっきり驚き、声にならない悲鳴が上がる。 「~~~~~~~~~~~~~~~~~~」 ______________くそー、こいつ、ワザとやっているだろ!! しつこく唇に吸い付いていたので、強引に引き離してやった。 やっとのことで解放されて、「はぁ、はぁ」と息を吐き出す。酸欠になるかと思った。 こいつ、サイアクだ。 「てめぇ、今のは関係ないだろ!」 「や、ごめん。我慢できなくて」 掴みかかってきそうな勢いだったので、紫は両手を前に出して制止しようとする。 光は紫をキッと睨み据える。 「さっきしただろ」 「光くんとだったら、何度でもしたいよ」 「一度だけならず、二度までも。それに不意打ちは卑怯だ」 「じゃあ、するよって予告すればいいのかな?」 「いいわけないだろ!お前となんかしたくないんだよ」 「……傷つくなぁ。そんな面と向かってはっきり云われたら。俺だって何云われてもいいってわけじゃないんだよ。光くんが思っているよりもずっとデリケートな人間なんだから」 しんみりとした顔を紫がする。やたら芝居がかった云い方だった。 云うほどショックも受けていないだろうし、デリケートな人間が未成年に手を出すだろうか。 「そもそも家庭教師に来てるんだろ、お前は」 「そうだけど、したいよ。光くんとキス」 駄目だ、これは……。この変態を家に招いてしまった母親が心から恨めしいと思った。 光は顔を覆い、がっくりと項垂れた。 「でもさぁ。光くんの成績が上がれば、もうこんなことしないよ。悔しかったら、今日みたいな家庭教師の時間の他に自主的に勉強して成績を上げればいいんじゃないのかな。そうすれば、もう問題が間違うこともないし、家庭教師もお役御免になるだろうね」 「もう……わかったよ!」 勉強さえすれば、勉強さえすれば。 半ば念じるように唱えた。 紫の言葉が光を駆り立てた。二度とこんな屈辱的な目にあってたまるかと必死に勉強した。 頑張ったかいがあって、なんだかんだで成績が上がっていた。 母親は大喜びして紫くんのおかげで成績が上がったと、引き続き家庭教師は継続された。 うまく乗せられた。どちらにしろ家庭教師は免れなかったってことだよな……。

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