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27. めくるめく日々 3
「お金が稼げて爵位が貰えるんなら、俺らみたいな騎士になってもよかったんじゃないのか?」
「えー、先生は賢いから教育係になって、宰相になったんだよ」
ライラが不思議そうに問い掛ければ、サフがフォーローするように答える。
「剣を扱うには向き不向きがあるだろう?」とリヴェラ。
「そうですね。剣の腕を磨けばお金を稼げるという手もありましたが、私は体力があまりなく、また剣という野蛮なものが好きではありませんでした。それに武力が支配する時代は長く続かないだろうと想定しておりましたから」
「先生は僕たちのこと、嫌いなの?」
「なぜです?」
「いや、だって。剣が好きじゃないって云っていたから」
「ああ、私が剣を扱えないからですよ。それに殺生が好きではないだけで、あなた方や騎士団員のことは別ですよ」
「じゃあ、僕は先生に嫌われない様に無駄に血を流すことは避けるよう頑張るよ。リヴェラも先生みたいに残酷なことは嫌いだと思うから」
安心して。と続くはずの言葉だけれど、過去の重臣らのクーデターから鑑 みて、これから先どうなるのか分からない。サフは断言することはできなかった。
「なんか重い話だったな。聞くんじゃなかったなー。ごめんな先生―」
「これだからあなたは!もっとオブラートに包んで気を遣うっていうことをしたらいいですよ」
「いや、なんか、気を遣ったら余計失礼じゃねぇ?」
相変わらずライラはデリカシーがなかった。彼らしいと云えばそうだけど。
_____________こんなこと、話すつもりじゃなかったのに。
気が付けば自らの生い立ちを話してしまっていた。どうかしている。
この子たちに気を許しているからだけれど、話すべきじゃなかったかもしれないとグロウは後悔していた。
執務室での勉強会が終わりその後、議会に招集された。
主に予算の決定を下してから、空き時間にまた例のようにリヴェラがこそこそとグロウに相談を持ち掛ける。
ライラとサフは騎士団の鍛練に出ている頃合いで、あのふたりには聞かれたくないテリケートな内容のものだ。聞くなら今しかないということで勢い込んでやってきた。
「姫とはその後、如何 でしょうか?」
「姫じゃないし、男だし」
「ですが、どちらにしろ婚姻も出産もできるから同じではないですか」
「同じじゃない。絶対に同じじゃない」ムキになってリヴェラは云い張る。
「先生には絶対に分からない、俺がどんなに屈辱的な日々を過ごしているか。あんなことやこんなこともされて、嫌なのに丸め込まれて好きにされて。俺の尊厳はどうなるんだ。くっそー、どいつもこいつも俺をコケにしやがって」
このまま放っておけば長い愚痴がはじまりそうだ。
不憫なくらい振り回される毎日を送っていることは察せられるが、とりあえずは平和にやっていそうである。まぁまぁ、とグロウは宥める。
「卵を生まれたのでしたね姫は、あれからどうなりましたか?」
「卵を生んだっていうのは、あいつのイタズラで、森で拾ったオオトカゲコウモリの卵だった」
「そうですか……残念でしたね。でも、もう時間の問題ではないのでしょうか?」
グロウの意味深な問い掛けに、慌ててリヴェラは首筋に手を遣る。
サフに指摘されてあれから襟で首筋を隠していたが、バレバレだった。
「うまくやっているようですね。それはようございました」
「これは流されて……あっ、しまった」
「この期に及んで、何を仰 るのですか?」
グロウはじっとりと横目で睨む。軽蔑するような眼差しだ。
その気もないのに性欲で押し切られてみっともないことこの上ないと、暗にそう云われているようで肩身が狭い。重々承知だ。
「争いの種になるようなことはなるべく避けられた方がよいかと。博愛主義のお国柄ですが、いざとなったらどう動くか想像できません。何しろ国土もアズカヴァルの倍はあるし、財政や生産能力の規模が桁違いなので」
「それは、分かっているよ……」
「ではリヴェラ様、昨今の戦争から貿易へと移り変わった世界情勢をどう思われます?」
「いい時代になったんじゃないのか」
「…………!」
一瞬、グロウは驚き、おやっ?という眼で意外そうにリヴェラを見据える。
「父上の功績は勿論素晴らしいが、マールテン国王の築いた新しい時代も素晴らしいと思う」
「そうですね……」
ふふっ、とグロウは笑みを浮かべる。どうやら合格点を貰える答えだったらしい。
「アズカヴァルは新しい時代に対応することに苦戦しているけど、これから頑張ればいい」
「ええ、そうですね。その点に加えて、くれぐれもリゼルハイドとは諍 いは避けるように」
「あの国を敵に回すなということは分かる。規格外に経済が潤い、最大の脅威だと云っているんだろ?」
「ええ、そうです。時代は違う。あの国と戦争はしない方がいいということですよ。何も得になることもない。戦いから逃げろとか媚びろとか、そういうことじゃないんです。腰抜けだと云われていているようで、嫌なんですか?」
酷い云われようだとおもったが、そんなことはない。とリヴェラは左右に首を振る。
「国の財産は国土でも資産でもなんでもない。ひとだ。ひとの命より勝る尊いものはないはずだ」
「さすが、分かっておられる。だからリゼルハイドは繁栄したのですよ。___________あなたは、誰とも違う。ヴァイス国王とも、歴代の王の誰とも。あなたなりの考え方で、戦い方がある。期待していますよ、これから」
「……俺はリゼルハイドよりもグロウ、お前の方が恐いよ」
リヴェラのひとことで安心したのか。
そこまでは真面目な話だったのに、グロウは急に能天気に口調を変える。
「いやぁー。なんだかんだで順調のようなので安心いたしました。大切になさってください姫を」
「だから、姫じゃなくて、男だって云っているだろ____________!」
● ● ●
リヴェラの父親である前王・ヴァイス・ヴァン・アズカヴァルの肖像画が王城の廻廊には至る所に飾られている。獅子の鬣 のように赤みがかった茶色の髪と黄金色の睛を有していた。
別名・獅子王と呼ばれており、戦場では負け知らずで、無敵の強さを誇っていたアズカヴァルの英雄である人物である。
対して、前王ヴァイス国王の寝室へと続く細い廻廊の一角、人目につかぬ場所にそれはある。壁に大きな絵画が飾られている。絶世の美女と謳われたルルエラ王妃の肖像画である。
これがリヴェラにとって唯一母の面影に触れる機会なのだった。
高名な画家がダイナミックにかつ細部にわたり緻密に描き上げた意匠のものは画家が精魂込めた、最高傑作だと自賛するほどの作品だった。
口々に王妃とそっくりだと評される出来栄えのものだったが
「いや、実物はもっと美しかった」とヴァイス国王は繰り返し云っていた。
寵愛するルルエラ王妃が亡くなったときの失意はそれはそれは大きなものだったと云える。
愛妻家で知られるヴァイス国王は生涯リヴェラの母以外の側妃を設 けなかった。
腰まである長い黒髪は纏めずに流したまま。毛量のある太い髪は一本一本丁寧に描かれ、きつく上がった眦 と眉。あかく紅を引いた唇は引き結んだまま。
気位が高く、気が強そうな女性だということが一目で分かる。
黒髪に漆黒の光沢のある別珍のドレスを纏い、首元にはダイヤモンドがたくさんあしらわれた首飾り。象牙のようなきめ細かい肌。
深く開いたドレスの胸元から分かる通り、たおやかで豊満な体つきであったことがわかる。
まるで艶やかな大輪の薔薇のように華があって、一目見ただけで惹きつけられるほどの魅力を備えていた。その美しさはアズカヴァルの至宝と呼ばれるくらいだった。
男を惑わせ、我儘で気分屋で鼻持ちならない女だったと、まことしやかに噂されていた。
僻みなのか事実なのかわからない。なぜなら彼女はあまり人前に出ることがなかったからだ。
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