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41. 予兆

昏闇の中、何かが(うごめ)く。 どこまでも続く漆黒の闇の中で何かが息づく。 深い、深い森の奥底に深淵を覗く者と覗かれる者がいる。 夜の静寂(しじま)が支配する、墨を押し流したような混沌とした真夜中のこと。 鬱蒼と茂る木々が密集し、恐いくらいの静寂だけが満たされた空間で、闇の中の声は問い掛ける。 『________________己の生命をかける気はあるのか?』 そこには、厳かで禍々しい空気が支配する。 等価交換という、己の目的の為に対価を支払う。 願いを叶える代わりにそれ相応の代償が支払われる。それが暗黙のルールであり、代わりに己の身体の一部を差し出す決まりとなっている。 「あんたの、その能力は万能なのか?」 男が傲慢な響きのある言葉でそう問いかけると、『ああ、無論だ』と声の主が鷹揚に大きく頷く気配がする。大きく顎を逸らし、宣言する。 『いつ、如何なるときも、その能力は偉大で万能である』 大仰に、あくまでも誇張する。 万物の理も天の道理もすべて闇の主の掌にあるかのような物言いだ。 だが、男はまだ半信半疑のようだ。それを見兼ねて闇の主は声を上げる。 『わかった。一度だけ機会を与えよう』 それは、悪魔の声。悪魔の提案。 『心身の自由を奪って、わずかな間だけ相手を意のままに操れる。相手を貶め、殺めるのも善し、己の意に染まらぬ相手を無理矢理にかどわかし、犯すことも可能だ。欲望のままに絶望に堕とし、願望を成就させればいい』 闇の主が一息に告げた後で「ほぅ」、と男が息を吐く。 そこでやっと満足するような反応を覗かせた。 どうやら十二分に興味を惹くような内容のものだったようだ。 『お気に召したか?』と闇の主は問うと、「ああ」と短い返事が返る。 『それくらいのことを請け負うのだ。こちらとて、それ相応の見返りがほしいものだ』 森の中の寂れた城塞。応接間にいたのは闇の主と傍らに眷属らしき者が控えている。 鬱々とした感情を抱え、男は単なる偶然か、必然か。幸か不幸か、ここまで辿り着いた。 多分、これは『運命(さだめ)』だ。 「ああ、構わない。取り引きしよう」 依頼主は血気盛んな男だ。生意気といっていいくらいの態度が大きく鼻につく。 クククッ、と下卑た嗤いを闇の主が漏らす。 『_____________健闘を祈る。機会は一度だけだ。忘れるな』 取り引きの対価は身体の一部。 臓腑だったり、生殖器だったり、ある者は記憶を司る脳だったりと、身体の機能を失う。 この男は片眼の視力を喪う。それが対価となる。 かねてより企てていた(はかりごと)がようやく動き出す、これで。 かくして男は闇の主に対価を支払い、取り引きは成立した。  ● ● ● 晴れ晴れとした空だった。 薄い水色を背景にしたキャンバスに刷毛(はけ)で塗ったような雲が流れる。 シファは今朝も朝一番に礼拝をすませ、廻廊を渡って中庭に面するテラスに通り掛かった。 そこで清掃中の侍女たちと出くわす。 黒い紗の上衣と下衣に前掛けをつけて、この侍女は左右にお団子のように髪を纏めている。 基本、侍女たちはこのような纏め髪だ。 アズカヴァルの城の侍女はしとやかでいい子たちばかりだ。 控えめながらも働き者で、てきぱきと作業に勤しんでいる。 乾いた布で、真鍮でできた手摺の部分をピカピカに磨いていた。 今日も精が出るなぁと思い、「おはよう」と声を掛けると、「おはようございます、姫様」と挨拶が返ってくる。 シファは男子なので、姫ではないのはもう周知の事実だが、みんな「姫様」と呼び続けているし、否定し続けるのも疲れてしまったので、そのまま姫様と呼ばせている。 毎朝遭遇する彼女たちとはすっかり顔馴染みになっていた。 「あらっ、何かいいことでもございましたか?」 シファの様子を見て、察した侍女が問い掛ける。シファはどことなく浮かれていて、 ソワソワして隠しても隠し切れない様子だ。 「妹たちが近々アズカヴァルの方に……」 あっ、しまった!とシファは慌てて口を押さえた。 秘密にするつもりが、楽しみすぎてつい口を滑らせてしまった。 まずい。うっかりしてしまったと思いつつも、いや、どうせすぐに城中に知れ渡るだろう と思い直すことにした。 ……というのは、他国の王族が訪問する場合。ひと月前には前もって書状を送り、報せておかなければいけない決まりになっているからだ。 なので、今ここで秘密にしたところで意味がないことなのだ。 侍女は掃除をする手を止めてシファへと視線を向ける。 「では、いつもより念入りにお掃除しますね」 ふふふ、と笑みを漏らしながら、侍女は掃除を再開させた。 見れば、侍女たちはアーシャー、サーシャー、コーシャ、ターシャと同じくらいの年齢の女の子たちばかりだということに気付く。 「あの、お願いがあるのだけど……」 シファがおもむろに切り出すと、「何でしょうか?」と再び手を止めて侍女が視線を上げる。 「妹たちがこの城に来たときに相手をしてくれないだろうか?」 「ええ、私どもでよければ喜んで」 にこやかに笑みを浮かべ、彼女たちはシファの申し出に快く応じた。 「ありがとう。君たちのような子に仲良くして貰えると助かるよ」

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