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対極の二人
基本的に一夜を共にした相手とは二度目は無い、それが自分なりのルールだった。後腐れ無く、流れで気持ちいい事をしてスッキリしてさようならーが今までのやり方。だが如何した事だろうか、ワンナイトしかしない遊び人の悪名を轟かせるこのステラが頻繁に送られてくるメッセージに頭を悩ませる時が来るとは想定外だ。
アプリを開けば雪崩の様に送られて来ているメッセージが嫌でも目に入る。『智也さん起きてますか』『おはようございます』『大好きです』『今日も会いたいです』『既読スルーですか?』『心配なので迎えに行きます』……と、この有様。これは流石にしくじったと思わざるを得ないしあのポジティブバカとは一回セックスしただけでそもそも付き合ってすらいない。
「ステラさん大丈夫です?」
「あー……ダイジョウブデス。次のお客様通して下さい」
また既読スルーする形になるがこれはもう諦めて貰うしかない。此方も此方で意志は固いのだ。ポケットにスマートフォンを捻じ込んで無かった事にする。
次々とやって来る迷えるお客人達をいつもの占い師ステラとしての仮面を被ってにこやかに且つスマートに捌いて行き、タロットカードを捲り続けて数時間。そろそろ外も暗くなり出す頃合いかと腕時計を確認する。と共に秋が上がっている時間だなぁと不意に浮かんでしまっていけない。毒されてはならない。
そんな事を考えていると案の定ポケットの中でスマートフォンが振動する。見なくてもどうせ秋からのメッセージだろう。凡そ一日放置されてもめげないメンタルはいっそ称賛に値する。
客も途切れたし今日は早仕舞いするかと片付けをし、受付のスタッフに他の占い師達にもと言伝を頼む。恐る恐るポケットからスマートフォンを取り出すと『迎えに来ました』というメッセージ、いっそストーカーか何かではないだろうか。あんなにも弄り甲斐のあるかわいらしい犬だった秋はいずこ、と一瞬思ったがこの執着もある意味犬なのではないかと結論付ける。あのポジティブバカはやはり大型犬だ。
はぁ、と大きな溜息を零し帰り支度を始める。と言っても最低限しか入っていないブランドのシンプルなのバッグひとつで終わりなのだが。
さて果たしていかに秋にバレず帰るかを考える、家まで特定されては敵わない。昨日と同じパターンならば正面玄関に来る筈、ならば従業員専用の裏口からそのまま帰ればバレる事は無い。と、そこまで考えるがどこか良心が痛んでああまだ自分にも良心なんてものがまだあったのと苦しくなる。
秋は真っ直ぐで一途でポジティブバカで、自分にはもう無い眩しさがある。こんな悪い男とつるんでないで可愛い同世代の彼女でも作った方がずっと良い。
そう、それがいい。と秋のメッセージをぼんやり眺めながら思う。そこでふと秋が出会った日に言っていた言葉が脳裏を過った。『覚えてませんか』という一言。あの時は流してしまったがそもそも何が切っ掛けで初恋をし何が切っ掛けで会いに来ようと思ったのか、考えれば考える程全てがまだ謎だった。
一度謎が深まってしまうと人間の探求心というのは厄介なものでどんな些細な事でも気になってしまう。悩みに悩んで五分程、秋に『今行く』とメッセージを返した。
「智也さん!」
「……やっぱ帰ればよかった」
案の定というのか分かってはいたというか……長身の秋はただでさえ目立つ容姿の此方を見付けるのも驚く程早く、主人を見付けた忠犬宜しく尻尾を振っている幻覚さえ見える。
「どうして全然返事くれなかったんですか、心配したんですよ」
「遊びで良いって言いましたよネ……」
「本気にさせるとも言いました」
「分かってたけどホントにポジティブバカ」
盛大な溜息を吐き出して肩を竦める、しかし会う決断をしてしまった以上此処でそれではさようなら、は秋が許さないだろう。
「でも元気そうで安心しました」
「とりあえず場所を移しましょう、此処では目立つ」
何処か丁度いい場所は無いかと適当に近場の飲食店をスマートフォンで検索すると個室居酒屋があると分かりナビを開いて先導する。すぐ近くの雑居ビルに入っている小規模チェーン店だった。まだ混む時間には早いのか都合良く席が空いていてホッとする。すぐに案内されテーブルに向かい合って座ると戸が閉められた。
「智也さん何飲みます?俺はまだ十九なんでノンアルコールですけど……」
「生ビール」
「はーい、注文しますね」
秋が備付のタブレットを操作して飲み物と軽いつまみを幾つか注文した所を見計らって切り出す。
「秋」
「へっ、あ、はい」
「ややこしいのは面倒なので単刀直入に聞きます、アナタとは以前会ったことがありますか」
「…………俺が一方的に覚えてるだけですけど、小学生の時に」
「ほう」
「俺まだすごいガキで、公園で転んで泣いてた時に声掛けてくれた中学生位のお兄さんが居たんです」
おしぼりで手を拭いながら秋がぽつりぽつりと話し出す、もっと勿体振られるかと思っていたがどうやら素直に話してくれるらしい。
「そのお兄さん、いつも一人で公園に居て。最初は俺滅茶苦茶ガキの癖に友達になりたいって思ってたんですけど……その泣いてた時にこれくれて、血が付くかもなのに自分のハンカチ水道で濡らして傷拭ってくれて」
秋が徐にバッグから年季が入ったクマのマスコットが付いた鍵を取り出して見せてくる。それには確かに見覚えがあった。
「そのクマ……」
「思い出してくれました?これ俺の一生の宝物なんです」
大切そうに、愛おしそうに秋がそのクマのマスコットを見詰める。記憶違いでなければそれは鍵を無くさない為のキーホルダーとして親がくれたクマのマスコットで、中学生の頃に目の前で転んだ子どもを励まそうと咄嗟に渡した代物だ。あの小さな子どもがこうも育つとは思いもしていなかった。
「……そういうコトですか」
「友達になりたいって気持ちから憧れみたいに変わって、思春期になった時にはこれが好きって気持ちなんだって気付きました。名前も知らないし住所も知らない、ただ公園で見かけるだけのお兄さんだったのに」
「ではどうして急に会いに来ようと?」
更に深堀りして話を聞いてみたくなりそう問い掛けるとほぼ同時に飲み物とつまみが届けられそれを受け取るとまた戸が閉まる。静かに乾杯するとコーラを一口飲んだ秋がまた口を開く。
「この間美容院行った時に暇潰しで読んだ雑誌でインタビュー記事見たんです、キラキラ輝いてる占い師ステラを。絶対にこの人だって直感で分かって、あとはご存じの通り……」
「強行突破すぎますね」
「パティシエ目指そうと思ったのもそのお兄さん――智也さんが公園で良く甘そうな菓子パン食べてたからなんです。菓子パンなんかよりもっと美味しいもの食べさせたいなって子どもながらに」
生ビールのジョッキを口に運んで数口飲み込むと微炭酸とアルコールの風味が喉を潤し通り抜けていく。あの頃の純粋な自分と随分違ってしまったこんな大人だというのにまだ秋は好きだと想い続けている。そう思うと胸が少しだけ苦しくなった。
「……オレみたいなどーしようもないクズ男やめときな」
思わず素の口調が出る、もうこの際良いかと開き直って胡瓜の漬物を箸で摘まんで口に放り込み、遊び人でも占い師ステラでもない東智也としての顔で話す事にした。
「智也さん……」
「今のオレは純粋でもなければ優しくも無い、孤独が辛くて仮面被って遊び回ってる様な奴だし?幻滅するだろ普通は」
「俺は智也さんだから好きなんです、他じゃ意味がない」
「秋みたいな奴はオレには眩し過ぎんだよ……」
ビールを半分程一気に飲みぽつりと呟く。実際話を聞けば聞く程こんなピュアで馬鹿正直に人を好きになれる奴なんて眩し過ぎて対極の存在でしかない。
「諦めませんから、俺」
「ホンット、ポジティブバカ過ぎて驚きだわ」
「幾らでも好きですって伝えます。バカなんで」
「厄介なのに好かれたもんだな、マジで」
徹底してコーラを飲む秋にそれ好きなんだな……とぼんやり思う。だからどうと言う事は無いが、ひとつ秋の事を知れた気がした。
その後他愛もない会話をして、俺は秋を半ば無理やりタクシーに詰め込んで見送り、何となく昨日の――思い出の公園に足を運んだ。
秋の言っていた通り、紛れもなくそれはオレの事で。あの頃の事をぼんやり思い出す。
家に居てもつまらないから公園で宿題をして、多めに貰っていた小遣いで近くのパン屋の菓子パンを買って食べていた。そんな事まで見られていたとは露知らずに。
昨日のケーキ、美味しかったな、なんて柄にも無い事を考えながらベンチに座って生温い夜風を浴びる。それ程飲んではいないが酔いが醒める気配がした。
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