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可愛さ余って
秋の過去を聞いてから少しだけだが関係性が変わった。最初はただの客と占い師、その次はワンナイトした相手、そして今は頻繁にやり取りして公園で喋ったり飯に行ったりする不思議な関係。決して恋人ではないし友達でもない。名前を無理やり付けるならセフレになるんだろうか。まぁ一度しか身体を許していないが。
「なぁ秋」
「何ですか?」
「名前、秋って言うからには誕生日もやっぱり秋なの?」
「そうですよ。9月20日、秋分の日が近かったから秋らしいです。単純ですよね」
いつもの公園でいつものベンチに並んで座り、それぞれ缶コーヒーとコーラを飲みながら街灯と月明りに照らされてだらだらと喋っていた。何となくスマートフォンを開いて日付を確認すると9月18日でハッとする。
「明後日じゃん誕生日」
「やっとお酒飲めます。折角なので初めてのお酒一緒に飲んでくれませんか?」
「それ位は別に良いけど……誕生日、何か欲しいものあんの?」
「俺が欲しいのは智也さんです、それ以上に欲しいものは今無いですね」
まぁこの返答は想像はしていた、秋がブランドのバッグが欲しいとか言う訳も無いし腕時計やらも趣味じゃなさそうだ。ふうんと適当な返事で流してそのままスマートフォンを操作し明後日でも滑り込みで取れそうなホテルのビュッフェ式ディナープランを二人分で予約する。バースデーサプライズケーキのオプションもあったのでそれも追加した。別にそんな間柄でも無いのにと思いつつ、絆されそうになっている自分も居て心が揺らぐ。
ちびちびと缶コーヒーを飲みながら予約したホテルのビュッフェディナーコースのリンクをトークアプリで秋に送ると、それを確認した秋の目が見開かれる。
「智也さん、これ……!」
「祝う位はしてやる」
「わ、俺こういうの初めてで……ちょっといい格好して行きます」
「高級フルコースじゃなくビュッフェだからそんなに気にしなくていいけど」
まるで花でも咲いたかの様な満面の笑みで秋が喜びを露わにしている。本当に眩しい奴だな、と缶コーヒーを飲み干して双眸を細めた。時折吹く緩やかな夜風は少しだけ涼しくなって心地良い。
「智也さん、何もしないので家で晩飯食べていきませんか?……何もしないので」
「本当は?」
「めちゃくちゃしたいですけど」
「バカ正直」
「ちゃんと我慢出来るので……!」
「で、何作ってくれんの?」
まだまだヤりたい盛りのお年頃だろうしなと喉奥で笑いを嚙み殺す。しかし確かに腹も空いたし丁度いい時間ではある。ポケットにスマートフォンを仕舞い空き缶を手にベンチから立ち上がって秋を見下ろし首を傾げて見せた。
「和風パスタ作ります。舞茸買ってあるのできのこのやつ」
「期待しとく」
「……!案内します!」
オレの返答を聞いた秋が慌てて立ち上がり空き缶を回収された。それと秋が飲んでいた空のペットボトルをそれぞれゴミ箱に入れてから先導し始めた。ポケットに手を入れてオレものんびり歩き出す。時折後ろを振り向いてちゃんとついて来ているか確認する秋が散歩中の犬の様に思えて可笑しかった。
静かな夜に響くふたつの足音、街灯の明かりを頼りに暗い道を進んで行けばアパートが立ち並ぶ通りに出た。
「こっちです」
「ハイハーイ」
幾つかあるアパートの中から比較的綺麗な場所に案内されるままに進むと、階段を上り二階の一室の前で秋がバッグを漁り例のクマがぶら下がった鍵を取り出す。流れる様に鍵を開けて扉を開くと先に照明を付けた秋に「どうぞ」と中へ招かれた。
「お邪魔します」
「何もないですけど手洗ってソファーで寛いでて下さい。すぐ飯作ります」
アパートの中は1LDKの至ってシンプルな間取り。すぐ目についたのは本棚で、洋菓子についての本や雑誌が収納されているのが分かる。それを横目に言われた通りキッチンで手を洗ってタオルで拭き、リビングのソファーに座ってバッグを床に置いた。手を洗ってからテキパキと支度を始める秋は料理に手慣れているのが伺える。パティシエ見習いだしそれもそうか、と妙に納得して取り合えず室内を見回してみる。
先程目に入った本棚があり、ソファーから見やすい位置にテレビと小物入れのチェスト、壁際には掃除機がある。隣の寝室の扉は開かれていて奥にベッドが見えた。これと言って面白い物は見当たらないミニマリストな部屋という感想。その年頃ならAVやエロ本のひとつ位隠し持っていそうだが秋の場合は如何にもイメージが湧かない。今の時代ならばスマートフォンひとつで全て完結出来てしまうというのもあるので一概には言えないのだが。
そうして観察している内にぐつぐつとお湯が沸く音が聞こえる。そちらを向けば秋が乾麺のパスタを鍋に入れて冷蔵庫から出した舞茸を一口サイズに千切っていた。暫く眺めているとキッチンタイマーが鳴り、シンクでパスタの湯切りをした秋が今度はフライパンを手に火を掛け始める。程無くして溶けたバターのいい香りが広がった。
ジュウという音と共にいつの間にか用意していたらしいカットされたベーコンと舞茸がバターソテーされ、そこに秋が茹で上がったパスタを投入する。醤油と顆粒出汁、塩コショウで味付けして火を止め皿に盛り付けた。その手際の良さに思わず料理番組でも見ている気分に浸ってしまう。
「お待たせしました、本当ならサラダ用意したりほうれん草とかも具に入れたかったんですけどね」
「充分美味そうだけど?」
「今お水も用意します」
「ん」
ソファーの前に鎮座するテーブルにパスタが盛られた皿を二つ置き、キッチンに戻るとグラスに水を汲んでそれを二つとフォークを二本持って秋が帰ってきた。テーブルにグラスとフォークを並べて向かい側に座布団を用意した秋が座る。
「冷めない内にどうぞ」
「では頂きます」
早速フォークを手に舞茸とベーコンを一緒に纏めながらパスタを絡め取った。湯気が立ち上る出来立てのそれに息を数度吹きかけて口に含むと出汁が効いていて濃さも丁度いい和風のバター醤油味が広がる。
「どうですか……?」
「思ってたより断然美味い」
「よかった!じゃあ俺も……頂きます」
心配気に此方の様子を窺っていた秋がオレの言葉に安堵して両手を合わせてからフォークを握りくるくると巻き取って大きく頬張った。こうして見ていると年相応で可愛らしい爽やかな好青年にしか見えない。オレなんかで童貞捨ててカワイソウな一途のワンちゃんだ。
「秋ってAVでヌいたりすんの?」
「はぃ!?」
「いや、その年で性欲持て余してない奴居ないでしょ」
「……智也さんっぽい色白の金髪の男の人がネコのやつは、ちょっとだけ……」
「へぇ~それ見てオレを抱く妄想しちゃったんだ~」
パスタを頬張りながらコイツもちゃんと男の子だったかと謎の感動を覚えた。まぁ一度抱かれているので承知の上だが。
「でも、本物の智也さんで童貞捨ててからはAVじゃ物足りなくて……」
「絶倫だしね、秋」
平然とパスタを次々口に入れて良く噛み飲み込む。食事中にする話か?とは思いつつ興味が湧いたから聞いた、それだけの事である。素直に答える秋も秋でバカ真面目さが可愛らしい。
「恥ずかしいんでこれ以上聞かないで下さい……」
「セックスした仲なのに恥じらいとかあるんだ、カワイー」
秋が茹蛸もびっくりな程顔を真っ赤にして段々声が小さくなっていく。多分今まで真剣にパティシエ修行に打ち込んで初恋拗らせて童貞のまま超絶ピュアボーイを貫いて来たんだろう。そのルックスならさぞモテただろうに勿体ない。
「からかわないで下さいよぅ……」
「いやぁ面白い。さてさてご馳走様でした」
「……ご馳走様でした」
お互いパスタをぺろりと平らげると水を飲み両手を合わせる。少々揶揄い過ぎただろうかと思いつつこれは多分キュートアグレッションだろうと結論付ける。可愛さ余って虐めたくなるというやつだ。いそいそと皿を重ねてキッチンに運ぶ秋を手伝うべくグラスを二つ持ってシンクに置いた。
「秋」
「何ですか智也さん」
「今日は何もしないと約束したキミに試練をあげましょう、鼻で呼吸するコト」
「えっ、え」
すぐ横に居る秋の頬を両手で捕まえて此方に引き寄せ唇を重ねた。唇を甘く食み油断し切っていた秋の口腔内に舌を捻じ込むと上顎をなぞって歯列を舐り、くちゅりと唾液を混ぜ合わせ、そのまま舌を絡めて幾度も鼻先を擦り付け角度を変えながら深く深く口付ける。一通り満足すると最後に唇を舐って解放した。
「これが大人のキス、覚えた?」
「…………はい」
「Good boy」
また顔を真っ赤に染め上げ硬直する秋にクスクスと笑うとソファーまで戻ってバッグを拾い上げ、そのまま玄関に向かう。慌てて付いて来た秋に対して背を見せたまま軽く手を振り「おやすみ」と声を掛けて外に出た。
バタン、と扉が閉まり夜風をその身に浴びると足取り軽く階段を降り帰路を辿る事にした。何故かは分からないが今日は気分が優れている。
さて、可愛い可愛いワンちゃんのプレゼントは何が良いだろうかとのんびり考えながら歩き出した。
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