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変わりゆく気持ち
最初は何だコイツ、とそんな印象だった秋も今ではすっかり馴染んでしまっていて生活の一部の様になりつつあった。
相変わらずのしつこいメッセージも適当に流してピンポイントで返事を送ればいい。それだけで秋は喜んで犬の様に見えない尻尾を振る。
一夜の遊びのつもりが恋人でも友達でもない奇妙な関係になって、気付けば殆ど毎日顔を合わせていた。
占いの館は定休日だというのに街中へ赴き、何となく人気ブランドのショップへ入りジュエリーを――秋に似合いそうな物を探してしまう。誕生日は明日、ならば今しかない。
出来るだけ邪魔にならず、普段使い出来るもの……と考えるとパティシエ見習いの秋にはイヤリングやブレスレットはナシだろう。ならば何が良いか、と考えを巡らせ辿り着いたのはネックレス。それなら身に着けていても邪魔にはならない筈だ。そう決めると沢山のジュエリーが並ぶショーケースを眺めネックレスに選択肢を絞って似合いそうな物を探す。厳ついネックレスなんかは秋には論外として、最終的にシンプルな細いチェーンの物に目星を付け店員に声を掛けた。
「すみません、これをひと、つ……いや、ふたつ下さい」
「かしこまりました、今ご用意致します」
ひとつ買えばいい、その筈なのにどうしてか迷いが生まれて口がふたつと動いていた。口元を押さえ何故、と自問するが答えは出ない。そうしている内に店員が化粧箱に入れられたふたつのネックレスを持ってやって来る。
「お待たせしました、こちらでお間違いありませんか?」
「ええ、間違いありません。支払いはこれで」
蓋を開けて中身の確認を促されると頷いて財布からクレジットカードを取り出し見せる。店員が手際良く蓋を戻してブランドの紙袋にそっと入れ会計用の端末を出され、それにカードを挿入し暗証番号を入れて記名すれば会計はすぐに終わりカードを財布に仕舞う。紙袋を受け取り「ありがとう御座いました」と深々と一礼する店員を横目に店を出た。
外に出るとすぐ近くのお気に入りのコーヒーショップで一服するべく足を進め、目的地の扉を潜ると空調の効いた店内にはコーヒーの香りが充満している。カウンターに並び、順番が来るとレギュラーサイズのアイスコーヒーとロールケーキをひとつ注文した。支払いを終えると店員がショーケースからロールケーキを取り出して皿に置き、トレーに乗せてフォークと共に提供される。アイスコーヒーも間もなくして出て来たので共にトレーに乗せて窓際の席へと座った。
紙袋をテーブルに置きアイスコーヒーのカップに口を付け、ひとくち含むと程よい苦みが充満する。今まで色々試してきたがこのショップのコーヒーが一番好きだ。ぼんやりと時間を忘れて外を眺め、テーブルに置いた紙袋から先程購入したばかりの化粧箱をひとつ手に取って開ける。中身はプラチナの細いチェーンのネックレス。相変わらず何故咄嗟にふたつ購入したかの答えは出ない。
箱からネックレスを取り出してフック部分を開き、自分の首に巻いて身に着けると妙に馴染んだ。空の箱を紙袋に戻して今度はフォークを手に取りロールケーキをひとくち大に切り取り掬って口に運んだ。甘くて美味しい、けれど秋が作ったあの桃のケーキには敵わない。あんなに美味しいと思ったケーキはそう無い。このまま秋がプロのパティシエになったら一体どんなケーキが生み出されるのだろう。
なんて、結局秋の事しか考えていないではないか、と不意に我に返る。それを狙い澄ましたかの様に秋からメッセージが届いた。『試作のケーキ、食べてくれませんか』という内容と共にすぐ一枚の写真が添付されてくる。見た所恐らくはベリー系のムースケーキ、こんなものも作れるのかと素直に感心した。『いつもの公園に17時』とだけ手短にメッセージを返して残りのロールケーキを次々頬張る。このロールケーキには悪いがもっと目欲しい物が現れたので仕方ない。紙袋をバッグに仕舞い、腕時計を確認すると時刻は16時半、少し早めに着くがのんびり待つのも良いだろうとコーヒーを飲み干して空のカップと皿をトレーごと返却口に置いた。
薄暗く成りゆく街並みを歩いて、いつもの公園に辿り着く。まだ約束の時間には早いというのにもう秋がいつものベンチに居た。
「秋」
「智也さん!」
ベンチまで真っ直ぐに向かい秋の横に腰かける。すると秋がいつもの缶コーヒーを差し出して来た。
「サンキュ、もう俺の好み掌握されてる?」
「まだまだ未熟です」
秋が膝の上に乗せている箱の中からムースケーキを出してどうですかと言わんばかりに見せて来た。見た目は申し分無し、見習いが作ったとは思えない。普通に洋菓子店のショーケースにありそうな一品だ。すぐに使い捨てのフォークも渡され、早速ひとくち分切り取った。
「頂きます」
「召し上がれ」
ぱくり、と頬張れば口一杯にベリーの風味が広がった、滑らかなムースが溶けて消える。甘酸っぱくて切なさを感じる様な美味しさ。
「美味い」
「よかったぁ……じゃあ俺も……」
「秋、食べさせて」
「へっ!?はい、それじゃあ……」
秋がフォークでムースケーキを掬い取り此方にそれを向けると噛り付いた。満足して離れると口元が弧を描く。これでもう秋は自分がこのケーキを食べる度に間接キスを意識せざるを得ない。秋を見ているとどんどん悪戯心を刺激されてしまう。オレの口端についたベリーソースを舌舐め擦りして拭い取って見せると秋の喉が鳴った。
「うん、やっぱ美味い」
「智也さん絶対わざとですよね……頂きます……」
ケーキを口に含んでほんのり頬を染めながら秋から恨めしい視線が飛んでくる。ククッと笑って自分もケーキを食べ進めた。
小さなホールケーキはあっと言う間に無くなり、缶コーヒーで口の中の甘さを一度リセットする。やっぱり秋の作り出すケーキは如何してか一番美味しくて、これではもう他のケーキでは満足出来ないなと思わされる。次は一体どんなケーキを作ってくれるのだろう、なんて考えてしまう程にはこの関係にももうすっかり慣れてしまっていた。
「ご馳走様」
「いえ……それより智也さん、そんなネックレスしてましたっけ」
「ああこれ?気紛れ」
「滅茶苦茶似合ってます、空いた襟からキラキラして見えて……色っぽいなと」
大きく開いたシャツの首元から胸元にかけてをちらちらと見て勝手に茹蛸になる秋に思わず吹き出した、ピュアボーイにはこれだけでも刺激が強いらしい。
「遊び人的にはエロく見える方が正解だし?」
「……俺以外で遊ぶの金輪際禁止です」
「うわーめんどくさい男」
「智也さんが他の男とか女と居るの想像したら普通に嫉妬しますし鬼メッセ送って威嚇します」
感情が重すぎていっそ笑いが込み上げる。本当にこの一途過ぎる犬はどうしようもない。くしゃりとサラサラな黒髪を掻き回す様になでてやると不思議そうに見詰めて来た。
「秋の事最初はうざいなコイツって思ってた」
「シンプルに傷付きますけどまぁそうですよね……」
「でもバカ真面目で真っ直ぐでピュアで一途で、オレには眩しくて。なのにいつの間にか一緒に居るのが楽しいって思ってる自分が居る」
「……はい」
「夜の街にも行かなくなったの、秋の所為だよ。俺を孤独じゃなくしちゃったから」
「俺は智也さんの傍に居られるなら何だってします」
それが重いんだっての、と笑いながら続ける。今までなら一時の快楽で孤独を忘れて来たのに秋と出会ってからは全てが一変して満たされていた。
「まだ好きじゃないけど、少なくとも悪くは思ってない。それだけ」
「……必ず本気にさせますから」
「出来る物ならやってみな」
「言いましたね!?絶対落とします」
さて、とベンチから立ち上がれば秋もゴミを纏めて立つ。それぞれゴミ箱に分別して捨て並んで公園から出た。
「明日は現地集合、19時前に来るコト」
「はい!楽しみにしてます」
「いい子で待ってな」
「子ども扱いしないで下さい……」
それじゃ、とそれぞれ自宅へ向かって歩き出す。明日はいよいよ秋の誕生日。無事に迎えられる様にと柄にも無く月に願った。
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