7 / 21
誕生日を共に
外は空気を読んだかの様に晴天、少し涼しくなった緩やかな風にジャケットの裾がはためく。待ち合わせ場所のそれなりのグレードのホテルの前で腕時計を確認すれば18時半、大体いつも秋が先に居るパターンが多い為何だか落ち着かなかった。
すると程無くして髪をきっちりセットし清潔感のあるシャツとスラックス姿の秋が現れた。いつもの可愛らしいワンコのイメージと違って少し大人びて見える。つい暫く見詰めてしまうが「智也さん!」と名を呼ばれハッとした。
「馬子にも衣裳ってやつ?」
「変じゃないですか?」
「格好良いよ」
「智也さんに相応しい男になる為に頑張ってます」
何が良くてそこまで一途なんだか、と肩を竦める。腕時計を確認した後秋に視線で合図し、二人でホテルのロビーに入った。目的地は上層階のレストラン。ビュッフェ形式だが壁が一面窓になっていて都内の夜景を拝めると評判だ。滑り込みで取れた席の為窓際とはいかなかったがそれでも景色は充分堪能出来る。
「予約していた東です」
「東様、お待ちしておりました。どうぞこちらへ」
レストランの受付に名乗るとすぐに中へ通され、いくつもあるテーブルセットの内のひとつに案内される。店員は最低限の説明をして一礼し去って行った。
ビュッフェ形式のセルフサービスの為特に説明も必要ない。自分で食べたいものを好きなだけ持ってくる、それだけだ。
「秋、好きなの食べな」
「あのローストビーフってその場でカットしてくれるんですか!?美味しそう……」
「ああ、やっぱ食いつくのそこか。このビュッフェの目玉だから好きなだけ貰っておいで」
「野菜もしっかり食べます……!サラダの種類凄くて驚きました」
早速ビュッフェコーナーに足を運び各々好きな様に皿へとご馳走を盛って行く。自分は白身魚のムニエルとトマトソースパスタにマリネを添えて、別の皿にレタスを敷き詰めてシーザーサラダを作る。秋は季節限定らしいミニグラタンを取った後に早速ローストビーフへと向かっていた。
席へ戻るとテーブルの上に皿を置き、歩いている店員を呼び止めて甘口の赤ワインを頼む。程無くしてボトルを持った店員がテーブルセットに置いてあったワイングラスに二つ分注いでくれる。それが終わると一礼して去って行く店員と入れ替わりに秋が戻って来た。何枚も乗ったローストビーフにはシャリアピンソースが掛けられており実に美味しそうである。すぐに席に座った秋がグラスに注がれている液体に気付き此方を見た。
「ワイン頼んでくれたんですか?」
「一緒に酒飲みたいって言ったの秋でしょ。二十歳おめでとう」
「ありがとうございます。……やっぱぶどうジュースとは全然違いますね」
「これがお酒ってやつね」
互いにグラスを持って静かに乾杯し、秋が恐る恐るひとくち飲み込むと何とも言えない顔でワインを凝視していた。それが面白くて小さく笑う。
「でも案外行けそうです、美味しいかも」
「甘口だから少しは飲みやすいでしょう」
自分もグラスに口を付ける。芳醇なぶどうの香りにアルコールが混ざって実に美味しい。グラスを置くと秋が早速両手を合わせた。それと共に自分も両手を合わせる。
「「頂きます」」
迷わずフォークを手に取りローストビーフに噛り付く秋はやはり年相応の可愛さがあっていい。微笑ましい気持ちが沸き上がりながらシーザーサラダをフォークで掬い頬張った。
そうして暫く他愛ない話をしながら時は過ぎ、食事も落ち着いて来た頃合いを見計らって店員に声を掛ける。すると幾分も待たない内に蝋燭に火が灯されたカット済みのバースデーケーキのプレートが運ばれてくる。皿にはHAPPY BIRTHDAYとチョコで書かれていた。
「わ……智也さんこんな事まで」
「さぁ、蝋燭を」
「はい……ありがとうございます」
秋がふう、と息を吹きかけると蝋燭の火が消えて一筋の煙が一瞬立ち上る。
「そこそこのホテルのケーキなんて食べる機会無いでしょ秋」
「初めてかもしれません」
「まぁこれもお勉強の一環て事で」
「ホイップクリームきめ細かいし甘みも抑えてあって美味しいです。掛かってるブルーベリーソースも良いアクセントですし」
ふむ、と真面目に吟味しながら秋がケーキの感想を述べていく。それだけでも本当に洋菓子に拘りがあるのだろうと伺える。
「でもオレさ、秋のケーキが一番好き」
「っえ!?」
「昨日昼過ぎにロールケーキ食べたんだけど、やっぱ秋の作ってくれたケーキの方が美味かった」
「……滅茶苦茶照れます」
「ご立派なカフェとかコーヒーショップとか、そういう所で食べるケーキも良いけど……秋と一緒に食べるケーキは何かトクベツって感じ?」
ワインをのんびり飲みながら、ホスト紛いの怪しい大人と爽やかな好青年がケーキをつつく異様な光景を改めて思い浮かべて笑いが込み上げる。
「また幾らでも作ります。智也さんの為のケーキなので」
「秋には立派なパティシエになって貰わないと」
ケーキを平らげた秋がグラスの中のワインを飲み干す。最初は複雑そうな顔をしていたが慣れたらしい。
「美味しかったです、ご馳走様でした」
「いいえどういたしまして、で終わると思った?」
「えっ?……あ!!!」
ジャケットの胸ポケットから一枚のカードキーを取り出して見せる。このホテルの客室フロアの鍵であると察した秋が目を見開く。今日秋よりも早く来ていたのはチェックインする為で、スイート程ではないが夜景の美しい部屋を取っておいた。
「オレが欲しいんでしょ?」
「その……本当に?」
「秋の好きにしていいよ」
「……心臓破裂しそうです」
ククッと笑いながら席を立ちバッグを持つと仄かに顔の赤い秋も慌てて付いて来る。受付で会計を済ませて客室へ繋がるエレベーターフロアに向かった。
ともだちにシェアしよう!

