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二章 内緒のプレゼント

 愛を確かめ合ったクリスマスイブから、また日は過ぎて時期は2月上旬。街中はハートやピンクの可愛らしい装飾で彩られ来る一大イベント、バレンタインデーに向けてパティシエ見習いの秋も占い師である自分も忙しない日々を送っていた。此方は此方でテレビ取材や雑誌等のメディア関係の仕事も増えて日夜大忙しだ。  今日も今日とてオープンから若い男女の恋の相談が絶えない。実る様にと応援の気持ちを込めてタロットを捲り、そして言葉巧みに導く。  占いの合間の休憩中、スマートフォンでカレンダーを開いてからバレンタインか……とぼんやり天井を見詰める。秋の事だから何でも喜ぶだろうが折角ならば特別にしたい。チョコレートもいいが通年使えそうな物の方がいいなと思い至り服かアクセサリー系でまた迷う。  しかし秋が本当に喜ぶ物、となるとやはり違う気がして不意に大切そうにしていたクマのマスコットを思い出した。今重要なのはマスコットではなく鍵の方。合鍵を渡せば面倒な待ち合わせもせずに済む、というかもう秋が引っ越して来てしまえばいい。悩み抜いた結果そう判断した。  こういった行事が重なってどんなに忙しくとも合鍵さえあれば夕飯を共にし一緒に寝る位の事は出来るだろう。我ながら良いアイディアだと自賛する。 「さて、残りも頑張りますか……」  時間を確認すると思考を切り替えて一流占い師ステラの仮面を被る。人の良い笑みと穏やかな口調、今は東智也ではなくプロとしてのステラだ。  休憩が終わりまた続々と迷える人々の占いの時間が始まる。と言ってもその殆どは占いの結果だけでなくステラの助言に満足して去って行くパターンが多い。これが人気の秘密でもあった。  仕事も終盤に差し掛かり、年若い女性を占い終えた所で店仕舞いの時間となる。受付には早めに客を切る様にと伝えてあるのでイレギュラーが無ければこれで終わりだ。  受付に連絡を取って店仕舞いの確認をすると、コートを着込んでバッグを持ち早速合鍵を作りに占いの館を後にした。  帰りに隣町のホームセンターに行き早速作ったばかりの合鍵をポケットの中で握り締めて秋の反応を想像する。よもやすると喜び過ぎて泣き出すかもしれない。そう思うと自然に笑みが零れた。  渡すのはバレンタインデー当日、それまでに手頃な入れ物でも探しておかねばと駅に向かう途中通りがかった雑貨屋に足を向けた。女性受けする可愛らしいグッズや今話題のバズっているキャラクター商品が立ち並び、店内を進めば文房具や小物が続けて現れる。  小物や生活雑貨が立ち並ぶ一角に進むとプレゼント用の小箱を発見しそれを手に取った。ついでに何となく店内を見回すと犬モチーフと猫モチーフのペアのマグカップが目に留まり、そういえば秋用のマグカップが無い事に気付く。それらも一緒に手に取るとすぐにレジへと向かって会計をした。  買ったペアのマグカップとプレゼントボックスの入った紙袋を手に店を出ると外は静かにふわりふわりと冷たい風に乗って雪が降り始めていて、これは早めに帰った方が良さそうだとすぐ傍の駅前でタクシーを拾って乗り込む最中ポケットの中でスマートフォンが震えた。  行き先を伝え発進してからスマートフォンを取り出すと秋からのメッセージで『もう家です?』という一文が届いている。『今帰る所』、と送れば『夕飯の買い物したんで遊びに行っても良いですか』という律儀な返答。『いいよ』とだけ送って降り注ぐ雪の中をタクシーが走っていくのに身を任せた。  家に着くとまずは合鍵で問題無く開くかを確認する。ポケットから取り出したそれを鍵穴にさして捻るとガチャリとロックが外れた。それに安堵して家の中に入り後ろ手に鍵を掛けると照明のスイッチを入れてテーブルに紙袋とバッグを置き、こっそりプレゼントボックスに合鍵を入れてチェストの一番上に仕舞い込んだ。  コートを脱いでラックに掛け、暖房のスイッチを入れ続けてマグカップの入った箱を二つ開けてキッチンへ持っていくと手を洗いがてらマグカップもさっと洗って水切り籠に裏返して並べると少しだけ気分が浮かれる。  程無くしてまたスマートフォンが震え、秋から『着きました』とメッセージが飛んでくるとすぐにインターホンが鳴る。それに応じると秋がモニターに映し出された為エントランスのロックを解除して中に入れる様にし、すぐに玄関の鍵を開けた。 「おじゃまします」 「お疲れ、秋」  少し待つと扉を開けてそろりと秋が家に入って来る。それに声を掛ければ満面の笑顔で靴を脱いで寄って来た。扉の鍵を再度掛けて、秋がキッチンにエコバッグを置くと共にマグカップに気付いた様でキラキラとした眼を向けられる。 「智也さん、これもしかして……!お揃いのマグカップってやつですか!」 「秋の分のマグカップ無かったし、まぁ気紛れ」 「恋人っぽくて滅茶苦茶嬉しいです」 「ぽいも何も恋人だし」  急いで手を洗った秋が、もし犬なら今にも走り出して喜び回りそうな勢いで抱き着いて来て喜びをダイレクトに表現する。それがなんだかむず痒くて、でも秋の体温は暖かくて心地が良いのでされるがままになってしまった。 「あ!俺カレー作りに来たんです!二日くらい持ちますし」 「秋の家庭の味ってやつ?」 「基本は市販のルーですけどね。中辛で大丈夫でした?」 「大丈夫、いける」  秋が我に返ってパッと離されると少し物寂しくも感じたが、特にすることも無いのでエコバッグを漁り出した秋をぼんやりと眺める事にした。  出て来たのはにんじん、じゃがいも、たまねぎ。それに豚の細切れ。そして市販のルーの箱と使い切りサイズの牛乳。特に変わったものが出て来る訳でもなくいたってシンプルなレシピらしい。  まずは鍋に水を少なめに計って入れ、火に掛ける。換気扇の電源を入れその間に細かく刻んだたまねぎと銀杏切りにしたにんじんと豚の細切れをフライパンで炒め始め香ばしい匂いがキッチンに漂った。  玉ねぎがほんのり色付いた頃に沸き出した鍋へフライパンの中身と共にひとくち大にカットされたじゃがいもも共に投入される。暫くぐつぐつと煮える鍋を覗き込んでいると秋がルーを細かく割って鍋に入れた。その後すぐに牛乳を目分量注ぎ、インスタントコーヒーを一匙とケチャップを少々。成程ここで差が出るかと興味深く眺めているとルーが溶けだしてカレーの香りが充満した。 「腹減った」 「もう出来ます!お米盛って貰ってもいいですか?」 「おっけー」  すっかりとろみのついたカレーのスパイスの香りは空腹の胃を刺激してくる。丁度良さそうな皿を食器棚から二枚出して炊飯器から米を盛り付け秋に手渡すと、火を止めてからその皿にたっぷりとカレーを掛けた。  それを二回繰り返してスプーンふたつと買ったばかりのマグカップに水を注ぎ共にテーブルに持っていくと二人並んでソファーに座り早速頂く事にした。 「さぁどうぞ」 「頂きます」 「口に合うと良いんですけど……」 「……滅茶苦茶うまい」  早速手を合わせてからスプーンを手に取りひと掬いして息を吹き掛け頬張る。ケチャップと牛乳の隠し味がコクになって非常に美味だった。これが秋の家庭の味かぁと少し感慨深くなりながら黙々と食べ進めるのを見て安心したらしい秋も手を合わせて「頂きます」と食べ始める。 「一晩寝かせるともっと美味しいですよ」 「明日が楽しみじゃんそれ」 「残念ながら俺はバレンタインチョコの量産で明日は来れないかもなので、作り置きです」 「成程そういうことね」 「寂しいですか!?俺は一日でも会えないの寂しいです!」 「アハハ、子どもじゃあるまいし」  秋と居ると自然と笑みが出る。いつも真っ直ぐに何でも伝えて来るコイツはやはりオレにとって唯一無二の可愛い存在で胸が温かくなった。  コイツがパリに行った時に比べれば一日や二日位どうという事は無い。寂しくないかと言われればほんの少しは寂しいが。 「智也さん、朝早いんで何もしませんが……一緒に寝ても良いですか?」 「秋あったかくて湯たんぽ代わりになるしいいよ」 「じゃあ智也さんの専属湯たんぽになります。他の湯たんぽ使わないで下さい」 「そもそも使った事無いけどね」  冗談を交えつつ笑い合いながらその日は楽しい夕食の時を過ごした。明日はオレも雑誌の取材が控えている為朝はゆっくり出来ないが、一緒に眠れるだけ良しとしよう。  事前に聞いているのは写真撮影とちょっとしたインタビューだが、さてどんな取材になる事やらとカレーを頬張りながらぼんやり頭を巡らせた。

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